「インシュアテック企業」に生まれ変わったイーデザイン損保--桑原社長に聞く変革の手応え

 東京海上ホールディングスは2021年11月に、イーデザイン損害保険を新たにグループのデジタルR&D拠点として位置づけ、インシュアテック保険会社へ変革させることを発表した。あわせて、 スマホだけで最短60秒で保険料の見積もりができる共創型自動車保険「&e(アンディー)」を発売した。

 それから間もなく半年が経とうとしているが、“インシュアテック企業”への変革の手応えはどうか。組織や今後の保険のあり方なども含め、同社の取締役社長である桑原茂雄氏に話を聞いた。

イーデザイン損保の取締役社長である桑原茂雄氏
イーデザイン損保の取締役社長である桑原茂雄氏

商品と組織を変革する「狙いと進捗」

 インシュアテックとは、保険(インシュア)とテクノロジーを掛け合わせた造語だが、イーデザイン損保がインシュアテック企業への変革を志した背景について、桑原氏は「保険が生まれてから100年以上経つが、従来のビジネスモデルが変わっていない。これからの時代は、消費者の気持ちの変化に寄り添い、ものに対する考え方や価値観なども踏まえながら、テクノロジーを活用して展望していく必要がある」と語る。

 イーデザイン損保は、2009年設立の東京海上グループ企業だ。なぜ、新たにインシュアテック企業として法人を設立するのではなく、イーデザイン損保は自らが“変革”する道を選んだのだろうか。

 その理由は2つあるという。1つは内部変革の重要性だ。「当社は比較的若い企業だが、縦割り組織が定着し、ミニ大企業みたいな状態になっていた。スタートアップみたいな組織へ変わる、そのプロセス自体が大切だと考えた。変革は可能なのだ、と示すことに意味がある」(桑原氏)

 そしてもう1つは、これまで積み上げてきた信頼だ。「これまでお付き合いしてきたお客さまからの信頼や、テレビコマーシャルなどで積み上げてきたブランドがあるため、テクノロジーを使った新たなビジネスもやりやすい」(桑原氏)

「手応え上々」の&eだが改善ポイントも

 &eは、前述したようにスマートフォンだけで最短60秒で保険料の見積もりができる自動車保険で、保険証券を撮影してアップロードすると、AI画像認識機能により、見積もりや申し込みに必要な項目の入力が大幅に削減される。

共創型自動車保険「&e(アンディー)」
共創型自動車保険「&e(アンディー)」

 また、すべての契約者に、無償で小型のIoTセンサーを提供。事故が発生した場合、IoTセンサーが自動で衝撃を検知し、スマートフォンから1タップで事故の連絡ができる。その場で、提携修理工場での修理の希望も入力可能だ。さらに、IoTセンサーが検知した衝撃やGPSデータを基に、事故状況を動画で再現するという。

小型のIoTセンサーを無償提供
小型のIoTセンサーを無償提供

 事故にあわないためのサポートにも力を入れる。IoTセンサーが検知したデータから判定した急ブレーキや急ハンドル、急加速などの情報や、それらを基に算出した運転スコアなどを「運転特性診断レポート」として&eアプリで確認することで、ドライバーは自身の運転傾向を把握できる。運転スコアは家族で共有することもでき、安全運転に関する対話を促している。

 
 

 安全運転を続けるとハートがたまり、それをコーヒーやスイーツなどと交換できるというリワード機能もある。また2週間に1回、安全運転TIPSを配信中だ。ここには、グループのデータ中核企業である東京海上ディーアール社の専門家の知見も生かされており、「そもそも事故にあいたくない」というニーズに多角的に応えている。

 さらに、同社が取得したデータと、他社が保有するデータを掛け合わせて、「事故がない世界の創出」を目指す取り組みも始めたという。たとえば、Apple Watchとの共創では、心拍数、眠気、疲れ、苛立ちといったヘルスケアデータと、&eの運転挙動データを掛け合わせて、「眠気を感じているときに急ブレーキを踏む傾向があるから、こまめな休憩を促すプッシュ通知を送る」など、個別最適化された安全運転支援サービスの開発を目指している。

 「事故時の不安解消は大事だが、そもそも事故にあわない方がいい。遠くに離れて住んでいる両親が、事故にあわないでほしい。もっと深めていくと、そもそも事故がない世界をみんなで作れたらいいよね、みたいな潜在的なニーズがある」(桑原氏)

 
 

 このような形で社内外のデータを膨大に蓄積することで、事故そのものをなくすための取り組みを、社会全体で推進することを目指している。その受け皿の1つとして、ガードレールや歩道橋などの交通インフラを改善するなど「より安全な交通環境・社会の実現」に資する取組みへの寄付プログラムも用意した。

 &eがローンチしてから約半年。「理念に共感した」「入力の手間が省けた」など、反響は上々だという。「事故のない世界をつくるという、社会貢献に一役買えることに、共感してくださる方や、自分の運転特性をデータで客観的に把握できて、結果としてリワードをもらえるという、まだ保険にあまりない取り組みに好意的な方など、アンケートからいろいろな声をいただいている」(桑原氏)

 逆に、改善ポイントもあるという。センサーはBluetooth接続するため、複数のドライバーが運転する家庭では、ログがうまく区分できないケースが発生した。また、&eのウェブサイトを閲覧する際に、当初はスマホ利用が全体の8〜9割と想定してUIを設計したが、意外と6:4という従来通りのPC:スマホ比率だったことを受けて、スマホへの動線設計の見直しや、PC画面のリッチ化を進めているという。

「トップダウンをやめた」組織とシステムの変革

 「大きく変わった」という組織変革についても聞いた。現在の会社規模は約340名。カスタマーセンターのオペレーターまで含めると約500名規模だ。桑原氏は、「事故対応やカスタマーセンターなど現場の方々は時間的に難しい部分もあるが、メンバーがかなり意思決定に参画できている」と話す。

 これまで役員と部長だけが参加していた「営業報告会議」や「お客さまの声委員会」などは、全員参加可能とした。参加したメンバーはそこで、「お客さま体験の向上とは、こういうことか」「他部署の取り組みを真似してみよう」と、気づきを得られる。オンライン開催に切り替えたことも功を奏した。実は、こうした組織変革のきっかけが、今後の会社のありたい姿を検討するワークショップだったという。2018年に組織横断で実施したもので、このときの議論が&eの商品開発にもつながったそうだ。

 桑原氏が、組織変革の取り組みを振り返り、「トップダウンで物事を決めるのを、極力やめた。役員、部長以外に、課長や課長以下の担当者も集まって、全員で意思決定をした」と話すと、プロジェクトメンバーの1人として参加した同社社員も、「いろいろな部署が集まったこその気付きがあった」と続けた。

 「たとえば、1人のお客さまに各部署が対応するなかで、何回も同じことをお客さまに聞いてしまっていた。組織ごとの“部分最適”をつなぎ合わせてみると、実はまったくお客さまのためになっていなかった。そのことに、みんなが気づいたと思う」(同社社員)

 こうした対話の中で、システム基盤の問題も明らかになったという。「一貫した顧客体験」という目線も加味しつつ、2009年の会社設立当初から稼働していた、オンプレのシステム基盤の全面刷新に踏み切った。

 「デジタルデータを活用するため、外部サービス連携は必須だが、従来のオンプレのシステムでは対応できていなかった。そこで、AWSを使ってフルクラウドでシステム基盤を全面刷新した。また、モジュール単位でプログラムを取り替えて常に最新の状態にアップデートできるようにした。海外のインシュアテック企業にならって、システムの軽量化を図った」(桑原氏)

 その結果、保守費用は約10%削減。そもそも機器交換がなくなったため、ライフサイクルも伸びたうえに、柔軟かつスピーディな拡張が可能になり、メリットは多いという。

DXとは「会社全体を変革していくこと」

 このような変革を推進するにあたって、桑原氏は「マネジメントトランスフォーメーション」の視点を大切にしているという。「新しいデジタルサービスを追加することやシステムを刷新することがDXじゃない、と私は思っている。デジタルの頭を持ちながら、会社全体、経営全体を変革していくことが、DXのあるべき姿だと思う」(桑原氏)

 とはいえ、当然ながら大きな変革に反対する人もいただろう。桑原氏は「本当に丁寧に、丁寧に、会話を繰り重ねてきた」と明かす。また、ウィークリーアンディーというオンライン掲示板にさまざまな部署や立場の社員の情報を掲載するなど、こまやかな発信を続けたという。

 「私たちは、2021年にミッション、ビジョン、アクション、バリューを変更したが、それを浸透させる役割を、社内の有志メンバーで担ってきた。たとえば、ポスターを作って社内のいろいろなところに掲示するなど。こうした、行動に落とし込んでいくための草の根的な活動も、会社の意識統一に貢献できていると思う」(同社社員)

社内のいたるところに掲示したポスター
社内のいたるところに掲示したポスター

「デジタルR&D拠点」として、保険を再定義する

 変革を進めるにあたっては、保険分野ならではの、重要なポイントもあるという。「人とデジタルのベストミックス」だ。桑原氏は、「人間が、いかに、うまい具合に関与するかが、すごく求められているのが保険分野だ」と話し、その中でのイーデザイン損保の役割は“デジタルR&D”だと説明した。

 「人が対応するデメリットとは、サービス提供する人によって、サービスレベルにばらつきが生じること。われわれは、そのばらつきをデジタルで吸収して、サービス品質を全体的に向上させる、従来は人間でないとダメだと考えていたことをデジタルで代替する、などのデジタル実験を行ない、成果をフィードバックしていくことで、デジタルR&D拠点としての役割を果たしていきたい」(桑原氏)

 最後に、2022年度の展望を聞いた。桑原氏は「保険を再定義する。そのために打ち出したのが&eだ」と明言し、以下のように話してインタビューを締め括った。

 「まずは&eの本格販売に舵を切り、必ず成功させたい。それが結果的に、理念に共感できる、社会貢献になる、といった積極的な理由で保険を選ぶという、一般消費者の行動変容につながり、保険に対する世の中の捉え方がもっと変わるはず。そこから生まれる新たなニーズにしっかりと応えていきつつ、リスクという観点でも、自動車事故以外にも領域を広げ、(データ中核企業の)東京海上ディーアールとの連携もさらに深めて、よりリッチな幅広いサービスを提供していきたい」(桑原氏)

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