なぜメタバースに学校を作ったのか--VRChatのコミュニティ「私立VRC学園」を振り返る

 Facebookが社名を「Meta」に改名したり、Web3.0によって大きく注目されることになった「メタバース」。しかし、その言葉が話題となる以前からメタバース空間には数々のコミュニティや独自の文化が育っている。メタバース空間に集まってダンスをしたり、学問について語り合ったり、VR睡眠(※VRヘッドセットを被ったまま眠ること)をするような文化も存在する。数あるメタバース空間のコミュニティから、今回は、筆者が共同創立と副学長を務めた「私立VRC学園」という学園コミュニティについて取り上げる。

メタバース空間のVRChatで始まった学園コミュニティ「私立VRC学園」

 前述のように、メタバース空間には数多くのコミュニティや文化が存在するなか、異彩を放っているのが学園型コミュニティである「私立VRC学園」だ。2020年に、当時学園長であるタロタナカさんと、本連載筆者で当時副学園長である大将)が協力し、VRChat初心者向けのコミュニティとして創設。参加したユーザーと共に運営を行なってきた。

右:タロタナカさん、左:筆者
右:タロタナカさん、左:筆者

 「VRChat」とは、VR空間内にアバターでログインし、多人数でコミュニケーションできる無料のソーシャルVRアプリとなっている。 

 ちなみに、実社会において学校とは、個人と他者、社会と非社会、コミュニティ形成、そしてチュートリアル的な役割を果たしている機関である。決して、ただ授業を受け、勉強をするだけが学校ではないだろう。学校生活を通して、友人を作ったり、コミュニティを形成したり、部活などの新たな活動に挑戦したりと、社会をいかに創造するかということが大事である。

 設立当初は、いま以上にVRの市場が出来上がっておらず、すでにVRChatに参入しているユーザーは、アーリーアダプターのコアな人たちばかりだった。VRでなにができるのか、VRそのものについても世間的には認知されておらず、どんな人たちがいて、そこでなにをしているのかもわからない。新しく始めた人にも、実際なにをすれば良いのかがわからないというユーザーが多かった。筆者もそのうちの一人だった。

 その中で、学校というコミュニティがあれば初心者も入りやすく、またクラスや学年という概念が、メタバース上で友人を作りやすいのではないかとアイデアが、議論の末に浮かんだ。そして「多種多様のバックグラウンドをもった人たちが集まり、交流し、生み出すインフラ的存在の空間を作る」という目的のもと、私立VRC学園はスタートした。

 メタバース空間に建築された校舎で、教室では通常の学校のように授業が行われる。1コマ30分から1時間ほどの授業で、開催期間中(一学期二週間程度)の平日は毎晩授業が行われる。

 授業内容もユニークかつVRならではのものが多く、これまでにも、
・VRダンス講座
・VRで使える英会話
・VRで使えるコミュニケーション講座
・モデリング講座
・ボイスチェンジャー講座
・VR DJ講座
などを開催してきた。

 先生と生徒も、定期的に新学期を開き、そのたびに募集をしている。VRChat初心者が基本的には対象だが、長くVRChatをプレイしている人たちも、参加可能である。あくまで、新入生としての役割を参加者には割り当てるが、慣れているユーザーは、新しくVRChatを始めた新入生たちを案内したり、使い方を教えたりして、自然と支え合うような循環が作られている。

 逆に、自分がなにか教えたり、話したいというトピックがあれば、先生として参加することも可能である。タロタナカさんと筆者は、二人とも海外在住経験があり、英語が話せるため運営としてだけでなく、VR英会話講座を先生として担当した。

 私立VRC学園を創設して、約1年半代表を勤めたタロタナカさんはこう語る。

 私立VRC学園というのは、現実の高等学校をモデルとしたVR空間上のコミュニティ。大人になっていくと、自分の身の回りにあるさまざまな事柄が、「自分好み」にデザインされていくのを感じる。それは、何を食べるかであったり、誰と話すかであったり、何を学ぶかであったりする。しかし、自身の手で選択できることというのが必ずしも自由につながるとは限らない。

 学生の頃の我々というのは、選択権がないという理不尽のなかに住みながらも自由だった。なぜなら、その理不尽さの中にこそ自身の偏見や偏った視点を批判的に捉えるための要素が散りばめられているからだと考える。

 新しい気づきや、新しい出会いなど、我々を思わずハッとさせる出来事というのは、いつもそういった我々の見える世界の少し外側にあるような気がする。そしてそのような環境は、大人になるにつれて非常に貴重なものになってしまうのではないだろうか。

 私が表現したかった世界は、今の自分が見ている世界の一歩外側の景色を見せてくれる、そんな「学校」という社会空間だったのである。

「空間」「時間」「人」の複合的なコミュニティ

 始まり当初は5人程度だった講師や数十人程度だった生徒数も、今では何百人と伸びており、コミュニティの大きさは拡大している。

 最初は参加側だったユーザーが、生徒会や部活動を立ち上げ、運営に関わってくれるようになると拡大のスピードは加速していった。さまざまなユーザーが巻き込まれ、新しい授業やコミュニティが発生し、コミュニティが自主成長を始めた。

 これは、コミュニティやムーブメントを作り上げるにおいて、重要なことである。まずアクションを起こすメンバーがいて、そこに最初に反応を示す嗅覚の敏感な人たちがいる。そして、人が人をよび、コミュニティがコミュニティを生み出す。分裂や吸収を繰り返し、コミュニティは指数関数的に成長し、自主性を持ち始める。この状況下では、舵取りをすることはもちろん困難になってくるが、予期せぬコンテンツが生まれたり、主体性をもった人たちが一緒に盛り上げてくれたりと、大きな相乗効果が生まれる。

 コミュニティというものは、誰か限られた人たちが勝手に作り、それを押し付けるものではなく、そこに反応し、参加してきた人たちが自由に成長させる 「場」 に過ぎない。むしろ、舵を握る必要なんてない。カリスマ的リーダーがなにか革命を起こすのではなく、ひとりひとりが主体性をもった個として、新たな文化を発展させていく。このように、メタバース空間には、「私立VRC学園」をはじめとして、ユニークなコミュニティや文化が多数存在する。

 私立VRC学園は、ゲームというよりは、あくまでインフラ的存在のコミュニティだが、その中で「なんでもできる」として制約がなかった場合は、なにかするためのステップアップのプロセスデザインが十分ではない。

 あくまで学校として誰でもイメージがしやすい空間であり、授業や時間、ルールがあり、入学して卒業するまで学校生活をしてもらい、卒業者には卒業証書のように報酬がある、という点おいては、結果論ではあるがうまくデザインされていたコミュニティとなっていた。

 重要なのは、ほとんど意識しないうちに楽しみ方が提示される点である。生徒と先生という役割がスタートと同時に与えられた瞬間、それぞれの参加者は、意識しなくてもその役割を楽しむ。クラスメイト、部活動、放課後という意識しなくても発生していくイベントを楽しんでいくなかで、コミュニティに対しての帰属意識が生まれることも多かった。

双方向性のメディアとしてのメタバース

 紙にせよ映像にせよ、ニュースメディアは受け手に対して一方的に伝えていくメディアである。こうしたメディアでは、ユーザーが直接に行動を起こしてくれるネタである必要はなく、インパクトがあればあるほど良い。

 そういった点では、「私立VRC学園」は、メタバース上に構築された学校という意味で、インパクトがあると考えている。

 「ネタ消費」という点では、ユーザーが何度も同じサービスを使うことは考えづらい。ネタ消費やメディアに載るための物語で、人の注目を一瞬集めることができても、そのあとは冷めてしまう。私立VRC学園のようにメタバースで発生するモノやイベントが一瞬のネタ消費で終わらないためには、一方的なメディアとしての機能ではなく、双方向性のメディアとしての機能が求められるかもしれない。

 つまり、参加者がコンテンツ作成とインタラクションの機会を備えた共通の社会的な空間を探索し、その空間にユーザーが「影響を与えられる」ことが大切である。また、その世界の中で独自のアイデンティティを生み出し、育てられることが必要だ。さらに、その世界で作業するときは、より大きな図、すなわち段階的に難しくなる挑戦に次々に取り組む機会と、より大きな結果に向けて長期にわたって作業を続ける機会の両方が見えることが必要になるだろう。

 今後はメタバース空間で、より多くの文化やコミュニティ、サービスが発生していくことが考えられる。これまでの古参のVRユーザーたちが築いてきた文化や歴史は、今後のメタバースの発展の基盤となるだろう。

齊藤大将

Steins Inc. 代表取締役 【http://steins.works/

エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究。バーチャル教育の研究開発やVR美術館をはじめとするアートを用いた広報に関する事業を行う。

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