安全で便利な社会インフラをさまざまなシステムソリューションで支えてきた、OKI(沖電気工業)。同社が2020年度に策定した「中期経営計画2022」では、「モノづくり」と「AIエッジ」技術の強みを活かした成長戦略が明記された。OKIがもつさまざまな技術を、各所に配置するAIエッジデバイスと連携して強化していくことにより社会インフラを高度化し、安心・安全で持続可能な社会、つまり同社のキーメッセージである「社会の大丈夫をつくっていく。」の実現を目指すものだ。
そんな「中期経営計画2022」も、2022年が最終年度となる。同社では、新規事業の創出、既存事業の革新の仕組みとして、イノベーション・マネジメントシステム(IMS)ISO 56002に則った「Yume Pro」を2018年から取り入れている。その活動の一環である社内ビジネスアイデアコンテスト「Yume Proチャレンジ」を通じて「AIエッジ」に関わるプロジェクトも誕生させてきた。
この2年で同社がAIエッジを通じ、どのような成果を上げてきたのか、そして今後AIエッジはどう発展していくのか、OKI 執行役員 イノベーション責任者(CINO) 兼 技術責任者(CTO)の藤原雄彦氏に伺った。
——OKIではYume Proという仕組みで「全員参加型のイノベーション」活動を展開しています。それを通じて、世の中にさまざまにある社会課題にどのようにアプローチをしていこうと考えているのか、改めて教えてください。
われわれは「中期経営計画2022」の中で、解決すべき社会課題として「自然災害」「環境問題」「交通問題」「老朽化問題」「労働力不足」「労働生産性」「感染症拡大」の7つを挙げており、「社会の大丈夫を作っていく。」ことをキーメッセージに掲げています。特徴は、7つの社会課題それぞれに対してゴールを設定し、そこからバックキャストして、いま何をしなければいけないのかを考えて取り組んでいくということを明確化して進めています。
たとえば自然災害や交通問題、インフラの老朽化などは、秒単位の状況変化を把握すべき課題です。それこそ自然災害は人命に関わるものですし、数十分後に情報が得られても遅いですし、交通問題も危険を察知した次の瞬間には起きてしまうので、リアルタイム性が非常に重要です。そういったリアルタイム性が必要とされる現場において、切迫した社会課題を解決していくことに軸足を置いています。
そうしたところから、「センシング領域」「インテリジェンス領域」「ネットワーク領域」「ロボティクス領域」「ユーザー・エクスペリエンス領域」という5つの領域において、現場の課題解決に直結するもの技術として、AIエッジに注力してきました。
——5つの領域の中身について簡単に教えていただけますか。
まず、「センシング領域」は、センサーを使って「現場を確実に見る」ことが提供価値となり、「インテリジェンス領域」では、現場にAIエッジコンピューターを置き、なるべく早く一次処理して現場に結果として返すソリューションです。
処理すべきものには数値データだけでなく映像データもあるので、いくら高速なネットワークでもクラウドと現場を往復させると時間がかかってしまいます。先ほど例として挙げた自然災害や交通事故、インフラ老朽化も、リアルタイムに情報伝達することが重要であることを考えると、現場、エッジ側で処理することが不可欠です。
「ネットワーク領域」は、無線も含めて品質良く情報を届けるというところ。通信キャリア各社とこれまで一緒に仕事をしてきたこともあり、OKIの得意分野です。「ロボティクス領域」は、労働力不足や感染症拡大に対処するために人に代わってロボットが働くこと、あるいはロボットと協調して仕事ができるように遠隔でコントロールする高度遠隔支援にも取り組んでいます。
「ユーザー・エクスペリエンス領域」については、昨今、新型コロナウイルスの影響で多くの人の健康意識が高まっていることや、個人が健康であり続けられるようにするためのウェルビーイングに関する開発・研究に取り組んでいます。
——「中期経営計画2022」を策定してから2年が経ちますが、振り返ってみて手応えはいかがですか。
社会課題の解決は1社ではできないので、多くのパートナー様やお客様と共創していかなければいけない、というのはわかっていました。そういったエコシステムの構築の第一歩として、OKIのAIエッジの技術に魅力を感じてくれたパートナー様との取り組みを進めています。PoC(実証実験)中のものも含めると約100社との共創を進めているところで、われわれの考え方に共感し、一緒に活動していただける企業が増えてきたのは、やはり大きな手応えを感じるところです。一部は商用化が始まっていますし、少しづつ成果としても表れてきています。
ただ、AIエッジによって目的を達成していくには、当然のことながらPoCを繰り返さないといけません。また、現場で求められる性能もシーンによって異なるので、開発側としては性能や品質をどのようにして上げていくか、現場にフィットさせていくかといったところで、試行錯誤を続けています。
——社内ではどのような研究開発に注力しているのでしょうか。
2021年度は、5つの領域に対して約50テーマの研究項目を設定していました。たとえば「センシング領域」や「ネットワーク領域」では、リアルタイム性や省電力を意識したセンサー開発に注力しています。特に省電力は脱炭素にも関わってくるので重要度も高くなります。とくに電源を確保しにくい場所に設置するようなインフラ向けの機器については、電池やソーラーパネルで動くような製品をいち早く市場に投入できるよう進めているところです。
ただ、どのテーマも技術ありきのテーマではなく、Yume Proのプロセスに則って設定した社会課題起点のものです。いずれもお客様のお困りごと、現場でのお困りごとの解決に資する技術として何があるだろうと考えながら、パートナーとの共創を図っているものです。テーマのなかには基礎研究段階のものや、初期実験レベルのものもありますが、10テーマ強はお客様とPoCを始めていたり、一部商用化したものもあります。
ここで挙げているのはわれわれイノベーション推進センターがアプローチしているものです。基本的には、われわれとお客様との間で仮説検証を繰り返してPoCを終え、商用化に向かう段階で、事業部が引き継いで事業化していくことになります。
——イノベーション推進センターから既存事業部にスムーズに引き継いでいくために工夫されていることはありますか。
まず、われわれの取り組みを常に事業部に伝達するため、2カ月に1回は互いの活動を報告する情報交換をしています。
また、Yume Proのプロセスの中では「事業シナリオ」というドキュメントを作っています。これはIMSでいう「機会の特定」「コンセプトの創造」「コンセプトの検証」というコンセプトの構築プロセスのアウトプットです。お客様にとっての提供価値、市場規模、予測される事業規模などが書かれたドキュメントであり、事業部引き継ぎへのインプットとなります。日頃から、引き継ぎ先となる事業部と連携し、コミュニケーションして、何をやっているのかをきちんと伝え合っておくことが大事だと思っています。
——すでにPoCなどが進められている具体的な取り組みの事例について、いくつか紹介していただけますか。
1つ目はAIを活用した荷物の配送計画の最適化です。配送業者では倉庫に届いた荷物をチェックして、どれをどのトラックに載せるか、といった配送計画を1日の始まりに30分~1時間ほどかけて作成していました。それに対してわれわれが考えた仕組みでは、荷物の配送先住所などをAIで分析し、適切に複数のトラックに荷物を分割して、最も効率的な輸送ルートで配送できるようにします。配送計画の作成にかかるのはわずか数分で、燃料消費を削減でき、脱炭素にも貢献できます。
次に「高度遠隔運用」を可能にするAIエッジロボットです。OKIがもつネットワーク技術と遠隔運用の技術、それに先ほど話したAIエッジを組み合わせることで、ロボットや周囲の状況を監視し、1人のオペレーターが複数台のロボットを運用できるようにするもので、社会課題の1つである労働力不足の解消にもつながります。
ほかには、高速道路の工事規制エリアに置くラバーコーンの転倒や位置ズレなどを確認したり、ズレを直すなど規制エリア作業の高度化に向けたAIエッジロボットの適用可能性の検証をNEXCO中日本様と一緒に進めています。
またALSOK様とは、「フライングビュー」という360度の俯瞰映像機能を備えた警備・監視用のロボットや4K画像・5Gなどを駆使した高度遠隔警備システムの実証実験などを行っています。
それと老朽化問題。インフラ設備は電源を取れないことが多いので、太陽光発電を使った「ゼロエナジーゲートウェイ」と「無線加速度センサー」を用意して、橋脚の傾きや床版のたわみなどを測定してゲートウェイ経由で映像も含めてデータ転送します。また、橋梁が塩害劣化で生じるコンクリート中の鋼材腐食状況を遠隔で監視するシステムも開発しており、このシステムは、建設総合コンサルタントの日本工営さんと一緒にやっているところです。
——2022年度がスタートしますが、今後のAIエッジやYume Proについての展望をお伺いできますか。
AIエッジについては、AIを使える技術者を増やしていくこと。単にAIの開発技術だけでなく、法律的な側面からの理解も進められるよう、AIを使いこなすための教育も社内で始めています。Yume Proはもちろん継続していきますが、2022年度は「IMS」をいわばOS、イノベーションの基礎として捉え、そのプロセスに従って全社的に行動できるレベルに落とし込む作業をしているところです。新規事業の創出、既存事業の革新を進めるときには必ずIMSのプロセスに従う。そのための規程、ガイドラインを作り上げるのが2022年度の重要なタスクです。
今後もお客様やパートナーと共に、現場の困りごとを発見し、課題解決していけるような「提案型企業」を目指して、全社のイノベーション活動を牽引していきます。
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