CNET Japanは、2月21日〜3月4日の2週間にわたりオンラインカンファレンス「CNET Japan Live2022」を開催した。テーマは「社内外の『知の結集』で生み出すイノベーション」。社内の知恵を募集する社内ビジネスコンテストや、複数企業の強みを掛け合わせるオープンイノベーションなどに、今まさに取り組んでいる挑戦者たちをスピーカーとして迎えた、全18のプログラムで構成されたオンラインイベントだ。
最終日となる3月4日のNTTコミュニケーションズ(NTT Com)のプログラムでは、同社の新規事業創出ビジネスコンテスト「DigiCom(デジコン)2021」で上位に選ばれた3つのプロジェクトの概要を改めて紹介。プロジェクトをリードしてきたそれぞれの担当者が、大企業のなかで既存事業をこなしながら、新規事業を手がけていく際の進め方や苦労などを語った。
2016年に前身となるイベントが発足し、2021年度で7回目となったNTT Comの「DigiCom」は、同社やNTT Comグループの社員によるアイデアを、実際の事業へと発展させていく新規事業創出プログラムだ。
事業化までのノウハウとリソースの提供を含めた伴走支援をする「BI Challenge(ビジネスイノベーションチャレンジ)」や、社内アセットを活用して社外パートナーとの共創を図るオープンイノベーションプログラム「ExTorch(エクストーチ)」と並ぶ、同社の新規事業創出に向けた取り組みである3本柱の1つ。これら新規事業創出施策の事務局を務める斉藤久美子氏によると、DigiComは「単なるイベントではなく、検証を繰り返しながら事業化へと進めていくための入口」と位置付けられている。
前年度からは“新規事業創出にシフト”する形でリニューアルしたという今回の「DigiCom2021」。アイデアだけで予選審査をしてしまうと参加者が納得感を得られないだけでなく、「審査側も世の中のニーズを確かめられずに評価することになる」ため、ユーザーインタビューによるアイデアの課題検証も行ったうえで評価するルールに変更された。
今年度は、69チーム・224人が参加。そのうち予選を通過した10チームがさらに仮説検証などを繰り返してアイデアのブラッシュアップを図り、1月25日の社内オンラインイベント「Demoday」でその成果を発表した。そこで優秀賞として選ばれたのが、「中古品売買市場のDXを狙うアイデア」と、「患者が納得して治療に臨める環境づくりを目指すアイデア」、そして「Saas型運用サービスでIoT/AIソリューション導入を促進するアイデア」の3つだ。
2021年度の最優秀賞を受賞した「中古品売買市場のDXを狙うアイデア」は、“人や社会を豊かにしている無数のコアな趣味”に向けて、より没頭・深掘りするためのプラットフォームでウェルビーイングを目指すというもの。プロジェクトを立ち上げた茶谷勇三氏は、そのファーストステップとして「アナログレコード」にフォーカスし、日本国内や世界中で眠っている中古レコードのオンライン売買を可能にするプラットフォーム構築を目指している。
具体的には、各地の個人店舗や中小規模のレコード店に眠っていて、状態確認や楽曲情報を整理する手間がかかるためにデータ化が進んでいない中古レコードの情報を、AIを活用して容易にデータ化できるようにする。それをオンライン上で公開し、売買可能にすることを考えている。プラットフォーム化することにより、レコード以外の商材への展開や外部企業へのプラットフォームの販売も想定しているという。
続く2位に選ばれ、イベント視聴者の投票による「オーディエンス賞」も同時に獲得したのは、「患者が納得して治療に臨める環境づくりを目指すアイデア」。がん宣告されたという有馬千秋氏の実体験から、がん患者の不安を和らげる方法として、患者自身の行動履歴に応じた適切な情報が得られ、専門家にオンライン相談できるプラットフォーム「患者ペディア」を発想するに至ったという。
がんの検査結果がわかるまで3~4週間かかるにも関わらず、その後の検査結果を知る診察時間はわずか3~10分ということが一般的だという。検査結果を知るまでの長い時間で不安になり、さらにがんとわかった後も、生活面での不安が次々に顕在化してくる。
多忙な医師が患者の不安を解消してくれることはまれで、がん相談センターのような支援組織もあるものの、専門家として常駐している人数は少なく、地方格差も大きい。「病院や行政を通さずとも患者と家族の生活をサポートしていく必要がある」との課題感から、患者本人に合った情報の提供と、患者自身の気持ちの整理を支援するプラットフォームを検討してきた。
3位となった「Saas型運用サービスでIoT/AIソリューション導入を促進するアイデア」は、システムエンジニアとして働くNTTPCコミュニケーションズの大野泰弘氏が、普段の業務のなかで気付いた課題から生まれたもの。IoT/AI業界で技術力やノウハウを蓄積し、50社を超えるパートナーを獲得してきたのは同社の強みとなっている一方で、それらパートナーからは、IoT/AIソリューションの顧客への導入検討時に、PoC(実証実験)止まりになってしまうという悩みがあった。
パートナーの悩みは大まかに「セキュリティ」「端末等の一元管理」「デバイスのキッティング」「現地対応」という領域に分類され、つまるところ運用フェーズにおけるコストと要員の確保が最も大きな壁となっていた。そこで大野氏は、運用における悩み解決に的を絞り、リモート運用に対応でき、運用費用を定額化することでコスト減を図れる、「運用省力化サービス」を思いついたという。
同サービスでは、NTT Comが強みをもつ閉域網サービスでセキュリティを担保し、ウェブポータルで端末等の一元管理を可能にする。また、デバイスのレンタル提供や、端末を設置し電源を入れるだけで稼働開始する「ゼロタッチプロビジョニング」の導入など、「本当に必要な汎用的な機能に絞ることで低コストで導入できるように」したサービスとする方針だ。
予選通過後、ユーザーインタビューなどを通じて仮説検証やアイデアの軌道修正をするなどしてブラッシュアップを図ってきた3者は、いずれも悩みをもつ企業や個人などの当事者とのコミュニケーションを通じて、アイデアを磨き上げていくヒントを得たと話す。
1人あたり平均90分ほどの時間をかけてユーザーインタビューを重ねてきたという有馬氏は、「仕事や趣味など、1人1人が大切に思っているものが病気になって継続できなくなると、絶望的な気持ちになる。悩みをすべて1人で抱え込まなければならないのは負担が大きい」と改めて感じ、今はまだ社会にそれを支えるものがないこともよく理解できるようになったとのこと。
大野氏も、すばらしい技術をもつパートナーであっても、多くの場合、運用部分が課題になり、PoCで終わってしまう深刻な悩みがあることを実感。それだけに、「提案したアイデアにはいい反応をいただけて、業界が求めているサービスだと感じた」とし、2022年度内のサービスリリースを目標に進めているところだという。
しかし、自分が実現したいと思ったアイデアとはいえ、本業とは別に、新しい事業まで手がけるのは覚悟のいること。プロジェクトを進めていくなかでは、特にモチベーションの維持や時間の確保に3人とも頭を悩ませていたようだ。
なかでも、有馬氏はほぼ1人きりで取り組んできただけに負荷も大きかったようだが、「社外の別のプロジェクトにも応募したりして、自分自身で負荷をかけてきた」と打ち明ける。「いつまでに何をするという目標を決めてしまうと、こなさなければならないという気持ちになる」とし、あえて自分を追い込んでいくことでモチベーションを保ってきたという。
NTT Comグループでは、業務時間のうち一定の割合をこうした新規事業などの活動に充てて良いとなっているそうだが、有馬氏は「業務時間内も時間外も、医療従事者や患者さんなどにインタビューしていた」。さらには大野氏も、本業以外のことに使える時間割合を超えないようにしつつ「メンバーと週1で集まって議論しながら進めた」と話し、その時間内でアイデアをブラッシュアップしていくのは間に合わないため、「お風呂に入っている間にも考えを巡らせていた」のだとか。3人とも、本業はきっちりこなしながらも、新規事業にかなりのエネルギーをかけていたことがわかる。
今や多くの企業がイノベーションに向けてさまざまな取り組みを行っているが、NTT Comグループのような大企業のなかから新規事業にチャレンジするような人は、たいていが「エース級人材」。所属している既存事業の部署としては、その能力を手放すことになるのは避けたいところ。社内からの反発もありそうだ。
ところが斉藤氏によれば、それ以上に会社の価値として跳ね返ってくることが期待できると話す。「Demodayには社長と副社長、組織長にも参加してもらっていて、社内浸透を図っている」ことが、社内での理解が得られる後押しになっており、「会社としてこの取り組みが意義あるものだということを、社内外に宣伝していく」ことが社内にもポジティブな影響を与えることにつながっていると見る。
そして、共創の一番の価値は「多様性」にあるとする斉藤氏。「DigiComは社内のいろいろな部署の人たちが参加している。グループ会社からの参加者もいるし、さまざまな部署の人同士がチームを組んでいる。新しい文化、異なる文化が混ざり合うことで、いい刺激や反応が出てくる」と語る。
3つのプロジェクトは、事業化に向けてこれからより詳細な検証や本格的なシステム構築が進められていくことになる。斉藤氏によるとサービスリリースの時期は「会社の戦略的なタイミングと世の中に求められるタイミング、それが一致すると早い」とし、「2020年度のDigiComのアイデアのなかには、1年たたずにサービスリリースしているものもある」とのこと。今回の3つのアイデアが実際に一般のユーザーや企業が利用できるようになる日も、そう遠い将来ではなさそうだ。
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