中国各地で進む「スマートシティ産業」の現状とは--中国・深センで活動する川ノ上氏が解説 - (page 2)

中国がスマートシティ産業を推進する背景

 中国スマートシティ産業の現状とこれからを把握するにあたって、まず注目すべきは「都市化率」だという。中国の都市化率は、1990年代から2000年代にかけて急速に高まり、2020年には60%強に達している。ちなみに北米や日本の都市化率は80%だ。

 中国では農村から都市へ、特に2000年以降は一気に人が流れ込んでおり、今後もその傾向は続くとみられる。こうした都市の成長力を国別に比較すると、2020年から2030年の10年間においては、中国とインドが牽引役になることは間違いないという。

 
 
 
 

 そして、都市を人口別に比較すると、100〜500万人規模の都市が、ボリュームゾーンになっている。2030年には、中国では人口100〜500万人の都市が、160ほどまで増える見通しだという。この数は、米国よりもずっと多く、現時点では農村部の人口が大半を占めるインドと比べても、中国における都市化がいかに凄まじいかが窺える。

 
 

 「中国はグローバルで見ても他国に比べ圧倒的に、農村から都市部に人がどんどん流れてきていて、インフラを急速に変えていかなければ都市がパンクする、それがひいては経済の鈍化につながるという課題があり、中国がスマートシティに力を入れる背景になっている。中国のスマートシティ関連のプロジェクトは約500あると言われていて、世界全体のスマートシティプロジェクトの48%が中国に集中しているというデータもある。いかに中国のスマートシティの市場が大きいかがわかると思う」(川ノ上氏)

 川ノ上氏は、中国が国策としてスマートシティを推進しなければならない背景を共有したうえで、次に国策の動向についても解説した。

中国のスマートシティ産業の現状

 中国でスマートシティという概念が出現したのは、約10年前。その前段として、2008年から2012年にかけて、デジタル化への取り組みを強化していたという。そして、2012年に初めて、国家レベルでスマートシティに関するトライアル拠点を作って取り組んでいくことが発表された。

 それからの4年間で、日本でいうところの国土交通省など、さまざまな国家機関が連携しながら、8つの部門でスマートシティを推進するための方法論について意見が交わされ、中国全体としていかにスマートシティ産業を創出していくかという方針が策定された。

 そして、2015年から2020年にかけて、中国式スマートシティのモデルを作り、それをベースにしながらも各都市別にテーマを設定して、いろいろなテクノロジーの組合せを都市ごとの主要産業に関連させ、バランスを調整した“新型スマートシティ”を各地でトライアル実装しているという。

 
 

 「2008年から2012年の4年間は、既存産業から、建築技術や都市設計などの領域に広げていく、いわゆる拡張型の動きが多かったが、中国の技術が洗練されてきた2012年から2016年の間は、新技術をいかに都市へ導入するかという観点へと変化した。つまり、技術ありきで、それが都市でどう生きるのかという研究が進んだ。そして、2020年にかけては“データ駆動”がキーワードとなり、デジタルエコノミーの中で都市にはどのような役割が求められ、より良い社会基盤になっていけるのか、という観点へ移行した。都市発展におけるそれぞれ異なるフェーズで実用性かつ拡張性のあるテクノロジーが、産官連携で実装されている印象だ」(川ノ上氏)

 都市別にテーマを設定し、必要となるテクノロジーを組み合わせて活用していく“新型スマートシティ”が中国のスマートシティ産業の柱になる中、各地ではすでにさまざまな事例があるという。

 たとえば、大気汚染がひどい北京では、ビッグデータ分析技術を活用した環境対策のプロジェクトが立ち上がっている。環境都市としてのブランディングを強化している天津では、エコフレンドリー路線を推し環境負荷の小さな都市作りを進めている。杭州は、アリババが本社を置く都市で交通渋滞が深刻だった。都市管理AIシステムを導入して信号などをセントラルコントロールすることで渋滞の解消に成功した。

 また、消費活動が活発で高度教育環境もある上海では、食品安全情報を管理するシステムや教育環境を向上させるテクノロジーを都市生活といかに結びつけていくかという観点が強い。重工業が盛んな重慶では、全国でも先駆けて自動運転の実証実験に公道を解放する施策を講じているという。川ノ上氏が拠点とする深センは、30年前は漁村だったほど新しい街であり創業支援に積極的で、行政手続きの効率をあげてより円滑にするためのデジタルガバメントの取り組みが強化されているという。

 川ノ上氏は、「主要都市だけ見てもこれだけバリエーションがある。2018年のデータにはなるが、地方政府によるスマートシティに関するプロジェクトの公募案件数は全国で1万を超えていると言われている。全国の各都市で大小様々なスマートシティ建設が同時並行的に行われているということだ」と強調した。

 このようななか、改めて注目されているキーワードがあるという。「新基建」だ。訳すと「新型インフラ」。注目の背景には、「2020年から国家戦略として、新型インフラにさまざまな投資をしていく」という大きな発表があったためだ。新型インフラとは、たとえば5G、データセンター、モノのインターネット(産業インターネット)、鉄道、送電線、エネルギー車の充電設備などを指し、こういったものに莫大な投資をしていこうという方針が打ち出された。

 
 

 川ノ上氏は、「新型インフラへの投資は、スマートシティ構築の伏線だ」との見方を示す。実際に、データセンターや5G基地局、人工知能などのプロジェクトは、2019年から2020年代、特に2025年に向けて勢いよく伸びると予測されているという。

 
 

明確な指針、地方都市のスマートシティ産業を加速

 このようななかで川ノ上氏が注目するのは、中国のスマートシティ産業においては「新型インフラの上に多様なアプリケーションを載せていく」という明確な指針が示されているという事実だ。

「一番下に新型インフラ、その上でスマート医療、交通、住居コミュニティ、ファクトリーオートメーション、教育、セキュリティ関連、環境保護、スマート物流、エネルギーといったアプリケーションが動き、それをスマホ、PC、カメラ、センサーなどのさまざまなデバイスや機器からデータを取得・活用しながら構築・運用していく、とスマートシティを構成する各要素の全体の関係性が分かりやすく示されている」(川ノ上氏)
 
 

 中国のスマートシティ産業構造にどんなプレイヤーが関連しているのかを俯瞰してとらえるのに、カオスマップも役立つという。

 「平台と書かれたプラットフォーム分野には、ビッグデータ領域にバイドゥ、アリババ、テンセント、HUAWEIといういわゆるBATH企業があり、ほかにもブロックチェーンやクラウドコンピューティング領域の技術サプライヤーもプラットフォームの構築に関わっている。さらに、アプリケーションを開発するプレイヤーが教育・交通・医療・環境保護・物流・製造・セキュリティなどカテゴリ別に存在し、それらを支えていく中国電信などの通信・ネットワーク分野のプレイヤー、その通信設備を支える多種多様なIoTデバイスを提供するサプライヤーがいる」と、川ノ上氏は産業構造を整理した。

 
 

 最後に川ノ上氏は、中国で最貧省といわれていた内陸部の貴州省にある貴陽市という都市を、「リープフロッグが現在進行形で起こっている都市のひとつ」だとして紹介。

 「2018年12月まで電車もなかった町に、地下鉄1号線が開通して半年後には顔認証システムの導入実証が始まった。中国のテクノロジー実装都市としては最先端といわれる深センと、同じタイミングだったので、まさにリープフロッグ的スピード感。さらに、貴陽では自動運転技術を搭載したモビリティプラットフォームを開発するスタートアップも生まれており、各種サービス環境を搭載した自動運転モビリティをベースにした都市とは?というテーマを掲げ、現地政府のサポートも受けながら事業開発を進めている」(川ノ上氏)

 
 
 
 

 中国のイノベーションというと深センに最先端技術が集結しているように思われがちだが、貴陽のように経済規模が小さな地方都市でも、その土地環境に応じたスマートシティ産業が確実に育ちつつある。川ノ上氏は、「新たに都市化を進めていく街が、さまざまな技術を持つ大企業やスタートアップを呼び込み協業しながら、すでにインフラが整っている大都市とは異なる切り口・スピード感で成長している。この傾向は今後も続いていくだろう」と、考察を示して講演を締め括った。

 筆者は「モビリティ×都市」という切り口での貴陽の事例を聞いて、日本でも買い物弱者問題が叫ばれる過疎地で、人や物の移動に新たなモビリティを活用していこうという動きがあるなか、非常に参考になると感じた。川ノ上氏が冒頭、「今日は、話を拡散させていく」と宣言した通り、質疑応答では参加者からさまざまな角度からの質問が飛び出したのだが、読者の皆さんはどのような感想や意見を持つだろうか。膨大なインプットからはじまる企業や組織の垣根を超えた対話こそ、日本の産業界に求められていることかもしれない。

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