NTTドコモ・ベンチャーズとRoute Xは12月16日、スタートアップ支援の1つとして専門家からのナレッジ共有を目的に先進セミナーをオンラインで開催。中国深センを拠点に活動する日本人起業家で、エクサイジングジャパン代表取締役社長の川ノ上和文氏が登壇した。
先進セミナーとは、NTTグループ各社との事業シナジー創出やスタートアップ投資などを手がけるCVCであるドコモ・ベンチャーズと、海外のスタートアップエコシステムのリサーチを中心にコンサルティングサービスを提供するRouteXが、定期的に共催しているイベントだ。
この日のテーマは、「中国各地で進むスマートシティ産業の現状」。川ノ上氏は、「世界全体のスマートシティに関するプロジェクトの約48%が中国に集中しているというデータもある」と話しつつ、中国ビジネスを紐解くための「3つのポイント」を紹介したのち、中国のスマートシティ産業の現状について詳しく解説した。
川ノ上氏は、2005年の北京留学から約16年間に渡り、中華圏におけるさまざまなビジネスを渡り歩いてきた。そのうち8年間は、中華圏に在住。北京、上海、台湾、深センと拠点を移し、ときにはバックパッカーとしても現地に入り込む、“叩き上げ”のトリリンガル起業家だ。
「エクスプローラー(探索)」と「アグリゲーター(事業構想)」を掛け合わせるという行動指針に裏付けられた目利き力は、日中企業や行政機関からの信頼も厚い。2019年からは、自ら起業した翼彩跨境科創深圳有限公司及びその日本法人(エクサイジングジャパン)の社長と、日本のドローンスタートアップ企業で深セン法人の現場責任者を務めている。
“中華圏”で活躍できる日本人のロールモデルに--深センにたどりついた究極のジョブホッパー(2019年7月27日掲載)
川ノ上氏は、「中国という国、そして市場はとても大きく、カントリーリスクも指摘されるが、ビジネス的にはすごく面白い変化を生み出している」と話し、中国の産業やビジネスを紐解くためにずっと意識してきた「3つのポイント」について紹介した。
1つ目は、さまざまな情報が溢れるなかにおいて、どのように情報を処理し思考を深化させるかという、「思考・探索のフレームワーク」。2つ目は、「リープフロッグ」と呼ばれる現象について。3つ目は、中国のグローバルにおけるルールメイカーとしての巻き込み力についての考察だ。
1つ目の「思考・探索のフレームワーク」とは、「ITや振興産業」「現地環境」「2つのそうぞう力」という3つの項目について、多角的に情報を集め、客観的に分析し続けることだという。
「ITや新興産業」のなかにも、さまざまな視点がある。たとえば、どのような起業家が牽引役になっており、その人がどのようなビジョンや構想を持っているのか。そこに対して政府がどのような政策を作ろうとしているのか。新たな技術がどのような時間軸で進化しているか。どういった技術的なボトルネックが突破されれば、技術やサービスが全国レベルに広がっていくか、などだ。
川ノ上氏は、中国では個人が自分の個人情報を提供することへの心理的ハードルは低く、それによって得られる利便性がより優先される、という点についても言及し、「これはスマートシティ産業が成長していく背景としても重要な視点だ」と説明した。
「現地環境」については、短期間でさまざまな変化が起こるために、約5年で社会インフラやITのインフラが変わってくる、その現地環境を定点観測することが重要だという。中国では、80後(80年代生まれ)、90後(90年代生まれ)、00後(2000年代生まれ)と呼ばれる年代属性や、キャッシュレスネイティブ、スマートシティネイティブといった“○○ネイティブ”が、ビッグトレンドの中で生まれやすい。
このため、世代別の考え方やライフスタイルの相違、一級都市、二級都市、三級都市というエリア特性が掛け合わされて、考え方などに差異が生まれる。川ノ上氏は、「それが現地環境に反映されている点も要注目だ」と付け加えた。
そして、「ITや新興産業」「現地環境」といった客観的な情報に加えて、「2つのそうぞう力」が重要だという。1つは「想像力」。いまあるものをいかにアップデートしながら、未来を見ていくのかというフォアキャスティング的なアプローチだ。
もう1つは「創造力」。よりビジョナリーなことを考えて、そのビジョンを実現するためには、どういうギャップがあって、どういうブレイクスルーが必要かというバックキャスティング的な考察だ。
川ノ上氏は、「中国では、構想力を体験させていくアプローチが、数多く見られる。これが1つの材料となって、未来の世界にワクワクする若い人たちを惹きつけている」と話し、事例を紹介した。
たとえば、青島には屋内全体がスクリーンで覆われ、青島が実現したいスマートシティ像を没入型で体験できるような施設がある。また、深センには商業施設内に設けられたEVスタートアップのショールームで、未来の乗り物として実証中のフライングカーと呼ばれるVTOL(垂直離着陸機)をEV車と並べて展示し、実際に試乗(飛行はしない)できるそうだ。
2点目の「リープフロッグ」とは、単純に訳せばカエル飛び現象。あるテクノロジーが、新興途上国において社会インフラとして一気に導入され、先進国とは異なる進化の過程を経てライフスタイルや価値観を変化させていくというもので、中国におけるキャッシュレス決済はその分かりやすい事例だという。
「特に中国の地方都市や内陸部の方にいくと、リープフロッグを肌で感じる」と、川ノ上氏は言う。身近な事例では、出張で訪れた青島では、地元の餃子屋ですら、机の上のQRコードを読み込んで電子メニューを開き、そこから注文して支払いまで行えるようになっている。すでに数年前からこのような仕組みは中国の主要都市では一般的になっているが、こうした風景が、青島どころか三級四級都市でも普通にみられる。中国において社会インフラがスピーディに変容する背景をこのように指摘した。
「中国では、満席時などのレストランでは店員さんを呼び止めるのが大変。ちゃんと注文が入っているのかも心配だし、そもそも運ばれる料理が違うことも過去にはザラにあった。最新でなくとも簡単なテクノロジーで、このような煩わしさから一気に解決されることを考えると、いかにリープフロッグによって利便性が高まり、ライフスタイルのクオリティが高まっているがよくわかる」(川ノ上氏)
ちなみに右側の写真は、駅の構内にあるケンタッキーの朝ごはんボックス。アプリで注文した朝ごはんを、入れておいてくれるサービスだ。通勤電車を最寄駅で降りたら、店舗に寄ることなく、朝ごはんを受け取って出社できる。「私が住んでいる深センでは見たことがなかったのに、青島で初めて見た。これはプチリープフロッギングだなと感じた」と川ノ上氏は補足した。
3つ目については、「特にこの1年間、米中の競争が激化していく中で、中国がグローバルにおけるルールメイカーとしてのポジションを、強化していることを感じる」と話した。国際機関の要職の獲得や、国際標準策定への関与、一帯一路はもちろんRCEP・TPPなどの広域経済圏への布石も着々と進めているという。世論形成も然り。分かりやすい事例は、中文メディアのグローバル展開だ。世界中で37カ国、5大陸を制覇しているという。
川ノ上氏は、「当然、アフリカ、南米にも、中文メディアがある。つまり、世界中にいる華僑に対して、情報を提供しているし、グローバル規模で世論も作ることができるというパワーを持っているということ。ここは、脅威として感じないといけない部分ではないか」と指摘した。
講演前半の総括として川ノ上氏はこのように話して、本題である「中国スマートシティ産業の現状」へと話題を転換した。
「いま、中国製のスマホは世界中でシェアを拡大しているが、次にEVで同様の流れがくる。住居やオフィスのデジタル化も進んでいくなかで、スマートシティとは多様なインフラやデバイスの集合体だ。中国の市場を形成して社会に実装していく力を、スマートシティという新産業においていかに発揮していくか、注目している。また、スマートシティはある種のソリューションであるため、アフリカやインドなどの途上国へ、中国式スマートシティが輸出されていく可能性が高い。加えて、カーボンニュートラルや半導体などの分野における、技術競争だけではないロビー活動も含めたルールメイキング競争において、中国が西欧諸国にいかに対応していくのかは、日本にとっても重要なトピックである。都市部だけでなく、地方(ローカル)におけるスマートビレッジ化においても事例が出てきているなか、ライフスタイルのみならず価値観やマインドセットのリープフロッグは進むのかという点も興味深い。そして、そもそも中国式スマートシティは、ディストピアなのかユートピアなのか。これは事実をどういう視点で見るかによって変わってくるので、議論していくこと自体が大事なのではないだろうか」(川ノ上氏)
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
「程よく明るい」照明がオフィスにもたらす
業務生産性の向上への意外な効果