「不動産共通ID」でスマートシティを暮らしやすく--不動産データをオープンソースでAPI連携する狙い

 朝日インタラクティブ主催の「不動産テック オンラインカンファレンス2021」が、8月25日から9月22日の毎週水曜日、5週連続で開催。最終セッションでは、不動産価値分析AIクラウドサービスGate.(ゲイト)を開発・提供するリーウェイズ代表取締役CEOで、不動産テック協会代表理事もつとめる巻口成憲氏と、スマートフォンで開閉する鍵など不動産管理会社向け業務効率化システムを開発・提供するライナフの代表取締役で、不動産テック協会理事の滝沢潔氏が登壇した。

登壇者であるリーウェイズ代表取締役CEOの巻口成憲氏(左下)、ライナフ代表取締役の滝沢潔氏(右下)。モデレーターはCNET Japan編集長の藤井涼(右上)が務めた
登壇者であるリーウェイズ代表取締役CEOの巻口成憲氏(左下)、ライナフ代表取締役の滝沢潔氏(右下)。モデレーターはCNET Japan編集長の藤井涼(右上)が務めた

 前半は不動産テック協会が押し進める「不動産共通ID」について、巻口氏が包括的に講義。後半は、滝沢氏がモデレーターをつとめる形で、両氏が視聴者からの質疑応答に回答した。本稿では、「データ利活用型スマートシティの基盤となる不動産IDについて」と題して巻口氏が語った、前半の内容を中心にレポートする。

 不動産とテクノロジーの融合の促進を目指して、さまざまな活動を行う不動産テック協会では、不動産テック企業73社、事業会社42社が加盟しており(2021年2月現在)、不動産テックカオスマップを定期更新する業界マップ部会など、6つの部会で精力的に活動を行っているという。「不動産共通ID」は、情報流通部会の取り組みの一環である。

不動産テック協会 部会・活動
不動産テック協会 部会・活動
不動産テック カオスマップ
不動産テック カオスマップ

「不動産共通ID」がなぜ必要か

 これまで不動産情報には、不動産事業者や不動産テック企業が共通して利用できる通し番号やオープンデータがなく、不動産取引における情報収集には多大なコストが生じているという。そしてスマートシティの観点でみると、困りごとはそれだけにとどまらない。「データ利活用型スマートシティの基本構想」なども発表されているが、レイヤーが分かれているデータを連携させるための基盤が必要になるという。

データ利活用型スマートシティの基本構想
データ利活用型スマートシティの基本構想

 また、人流データと不動産データを掛け合わせることができれば、より高度なデータ利活用によって、人々のQOL向上を目指せるというが、“重要だがなかなか集められない”のが、不動産データとなっている。

不動産データの特定によるQOL向上
不動産データの特定によるQOL向上

 すでに、国土交通省のPLATEAUというプロジェクトで、データを利活用する取り組みも始まっており、都市のデータのデジタル化や3Dマッピングにおいて、“重要だがなかなか集められない”不動産データは、いまや必要不可欠なものだ。デジタルツイン実現において、「不動産共通ID」は、これから非常に重要な役割を担うという。

デジタルツインによるデータ利活用
デジタルツインによるデータ利活用

「不動産共通ID」のはじまり

 「不動産共通ID」の取り組みは、紆余曲折を経て2020年7月にスタート。不動産テック協会とGEOLONIAが、「共通IDの付与によって、加盟事業者間の情報連携を促進すること」を目指して着手した。というのも、巻口氏いわく「不動産には番号がついていない」ためという。

 不動産に番号が振られていないために、不動産を特定する方法がなく、いろんなところでデータをうまく連携できない。結果として、「日本の不動産のマーケットは透明性が非常に低い、と長らく指摘されている」(巻口氏)ほど、不動産業界は課題山積の状況に陥っている。

 巻口氏は、「グローバル不動産透明度インデックス」のデータを引用して、「サステナビリティ以外の項目では、全くランキング外。日本の不動産マーケットは国際的に透明性が低いことが問題視されている」と説明する。

日本の不動産マーケットの透明性
日本の不動産マーケットの透明性

 また、「国が掲げる不動産投資市場の今後の成長戦略においても、トランスペアレンシーの向上が重要だと指摘され、施策が打ち出されている。だが、日本の不動産マーケットには依然として、不動産データの透明性の低さ、データ利活用の遅れ、テクノロジーの浸透の遅れといった課題がある」と指摘した。

日米不動産テックの「差」

 対して米国では、時価総額が何兆円も超える不動産テックのジャイアントプレイヤーが、続々と生まれている。「商業物件のデータプロパイダーであるCostar、住宅ポータルのナンバーワンシェアを誇るZillow、今年上場したOpendoorでも1.6兆円の時価総額になるなど、注目を集めている。しかし、日本には不動産テックのジャイアントプレイヤーはいない」(巻口氏)。

不動産テックプレイヤーの時価総額
不動産テックプレイヤーの時価総額

 なぜ、日米の不動産テックは、これだけ「差」がついてしまったのか。振り返ると、「ウェブ化」というスタートは同時期だったにもかかわらずだ。その理由について、巻口氏はこう語った。

 「米国が進展した最大の理由は、データをちゃんと分析するフェーズを噛ませて、どんどん人工知能を活用して、データを分析していこうという機運が高まったから。一方、日本はデータを活用できる基盤がなかった。だから、ウェブ化したあと集客に走った。一括査定サイトみたいな感じで、お客さんを集客するという領域へ行くしかなかった」(巻口氏)

日米の不動産テクノロジーの歴史
日米の不動産テクノロジーの歴史

 米国に10年遅れて、日本でも2016~2017年頃から人工知能の査定は重要だといった機運が出てきたとしているが、データの充実具合は雲泥の差があるという。巻口氏は、米国における不動産データの取り扱い方について、こう説明した。

 まず米国における不動産取引データは、全て登録が義務付けられている。全米には、640のMLS(Multiple Listing Service)という、不動産ブローカー同士がデータ連携して情報交換をするためのデータベースがあり、ここに各社のデータが登録される。契約後、24時間や48時間以内に、必ずこのMLSに登録しなければならないというルールがある。

米国の不動産情報ストック
米国の不動産情報ストック

 そうすると何が起こるのか。登録した瞬間に、当該物件の過去取引のトラックレコードや、賃貸データ、税金データ、周辺の物件データなど、あらゆる関連データをボタン1つで簡単に取得できるようになる。つまり、ZillowやREDFINなどのビッグプレーヤーは、こうしたさまざまなデータを分析することで、消費者に対して透明性の高い不動産査定を行える。そういう環境が、米国では整えられているのだ。

住宅取引時にユーザーが確認できる情報
住宅取引時にユーザーが確認できる情報

ビッグデータを持っていない業界

 一方、日本はどうかというと、アメリカのMLSのような「レインズ」という共通データベースがあるにはある。けれども問題は、「登録が義務付けられていない取引が多い」。このため、日本の不動産業界は、ビッグデータを「持っていない」業界として認識されている。

 たとえば日本の不動産取引の形態は、専属専任媒介、専任媒介、一般媒介の3つだが、一般媒介では登録が義務付けられていない。その結果、「年間で不動産が取引される流通量の約1割しか、レインズには登録されていない」(巻口氏)と指摘。

 続けて巻口氏は「さらに言えば、データ項目が非常に少なく、税金の情報はない。不動産にとって何より重要な、修繕履歴の情報も当然ない。データ項目は約500あるが、登録必須なのは5項目だけ。このためデータは蓄積されず、分析もできない」と解説。

 ちなみに、米国では24時間以内にデータが登録されるが、日本では2週間ぐらいのタイムラグがあることも普通となっており、タイムリーなデータの連携もできない状況にある。さらに巻口氏は「もっと言えば」と、APIについても言及した。

 「レインズでは、公開されたAPIも存在せず、規約上、データの二次利用は不可とされている。データを分析するためにデータを活用できない、前近代的な規約になってしまっているのが、日本の不動産マーケットの現状だ」(巻口氏)と指摘した。

レインズの役割
レインズの役割
レインズの課題
レインズの課題

 現に、国内産業別のビッグデータ蓄積量の比較をみると、不動産業界は圧倒的に少ない。その上、保有データのほとんどが「社内」のデータであり、マーケットのデータは一切ない。つまり、日本の不動産業界はこれだけDXが叫ばれる時代において、マーケット分析すらできない環境に陥っているというわけだ。

ビッグデータ蓄積量
ビッグデータ蓄積量

最大の課題は「データ連携できない」こと

 さらに、不動産取引に関するデータが多方面に点在していることも、大きな問題だと指摘する。法務局、税務署、市役所、消防署や水道局など……オンライン化も進んでいないため、1件の不動産取引のために、いろいろなところへ行かなければならないのが現実としてある。さらには、マンション管理組合や売主への問合せが必要になることも。日本で不動産を取引しようとすると、物件の調査や査定に膨大な時間がかかるのが常だ。

不動産流通に関する情報
不動産流通に関する情報

 巻口氏は「1つの物件を査定するのに、平均調査時間は15.5時間と言われている。米国ではボタン1つ、1分でできることが、日本では15.5時間かかる。この差はいったい何なんだ」と不満を示しつつ、解説を続けた。

不動産取引における情報収集コスト
不動産取引における情報収集コスト

 「これだけ時間をかけて取得したデータを、他社に情報共有できるかというと、そういうわけじゃない。不動産会社だけでも、国内に31万社ある。同じ物件の調査を、それぞれの会社が、15.5時間ずつかけてやっている。あまりに非効率な状況だ」(巻口氏)。

不動産取引における情報収集コスト
不動産取引における情報収集コスト

「仲介会社のみならず、管理会社、建物管理会社、リフォーム会社も、同じ調査を同じ時間をかけてやっており、これが不動産業界の労働生産性を下げている。結果、米国の4割に満たない労働生産性しかない」(巻口氏)。

データ連携できない不動産業界
データ連携できない不動産業界

 さまざまな問題点の原因はどこかにあるのか。それはまさに、「データ連携できない」ことに尽きるという。

 「不動産ディベロッパーは建てたときのデータを、仲介会社は仲介したときのデータを、管理会社は運用状況のデータを、各社がさまざまなデータを持っている。ところが、共通するIDがないので、データ連携できない。だから、各社がそれぞれ同じ無駄な作業を繰り返しやるしかない。これが、日本の不動産業界の最大の課題だ」(巻口氏)

 データを連携するために住所で突き合わせたらどうか、という発想もあるかもしれないが、これは難しいらしい。同じ場所を表しても、住所や建物の書き方には揺らぎがある。このため、データ登録の仕方は、会社によってまちまちになってしまうのだ。

住所表記の揺らぎ
住所表記の揺らぎ

 ちなみに、住所の所管は総務省だが、そもそも住所は報告制で、登録や報告が義務付けられていないため、総務省も正確な住所を把握できていないという。住所は行政単位で管理され、表記に揺らぎがある上、入力時には誤字脱字など人的ミスも発生する。住所を汎用的に使用することはとても難しく、データ連携するだけでも、2~3ヶ月の処理工数がかかってしまうのだ。

不動産データ連携コスト
不動産データ連携コスト

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