衣類廃棄物ゼロの実現へ--古着から新たな繊維をつくる、フィンランド発「Infinited Fiber」の新技術

 近年、世界的な社会問題に発展している衣料廃棄物。日本総合研究所の調査によれば、2020年の衣類の国内新規供給量は計81.9万トンに対し、51.0万トンの衣類が廃棄されるという。捨てられた衣類は焼却施設で処分され、燃やせないものは埋め立てられる。このような背景から、サステナブルファッションという言葉も聞かれるようになってきた。

衣料廃棄物から新たな繊維「インフィナ」ができるまでの工程
衣料廃棄物から新たな繊維「インフィナ」ができるまでの工程

 「進化する北欧イノベーションの今」を現地から届ける本連載。今回は、衣料廃棄物やダンボールなどの紙ゴミ、稲や麦のかすを分解・再生して、コットンのような手触りの新しい繊維「Infinna(インフィナ)」をつくる特許技術を開発したフィンランドのスタートアップ「Infinited Fiber Company(インフィニテッド・ファイバー・カンパニー。以後、インフィニテッド・ファイバー)」を取材した。パタゴニアやアディダスをクライアントに持つ同社の革新性とビジネスモデルを聞いた。

シャツにジーンズも--多様に使える革新的な繊維

 今回は、フィンランドのイノベーション都市・エスポー市にあるオフィスを訪問。同社の創業者のひとりでありCEOのPetri Alava(ペトリ・アラバ)さんが出迎えてくれた。

取材に応じてくれた共同創業者/CEOのPetri Alava(ペトリ・アラバ)さん
取材に応じてくれた共同創業者/CEOのPetri Alava(ペトリ・アラバ)さん

 廃棄物から新たな繊維をつくる特許技術は、バイオマテリアルを研究するVTT(フィンランド技術研究センター)で、2010年に発見された。その後、商業化を目的に2016年にインフィニテッド・ファイバーが設立され、さまざまな分野での経営経験を持つペトリさんがCEOに就任したそうだ。

 同社では、衣類廃棄物、ダンボール、紙類、稲や小麦のかすといった複数の廃棄物から、まったく新しい繊維「Infinna(インフィナ)」をつくる技術を事業化。原料になる衣類はセルロースを多く含む綿が中心で、原油を原料とするポリエステルやナイロンなどの繊維は使用していないとのこと。

ペトリさんは「インフィナ」ができるまでの工程をサンプルを用いて説明してくれた
ペトリさんは「インフィナ」ができるまでの工程をサンプルを用いて説明してくれた

 インフィナが誕生するまでのプロセスは、5段階に分かれる。まず、ボタンやファスナーなど再利用できないパーツを取り除き、廃棄物を細かく切り刻む。続いて、染料やポリエステルなどの非セルロース系素材とセルロースを分離する(非セルロース系素材はインフィナに含まれない)。次に、セルロースを尿素で活性化させて粉末にする。さらに、これを溶かして液体にする。最後に、この原液を多数の小さい穴から押し出して糸状にする湿式紡糸(しっしきぼうし)という方法を用いて、完成だ。

完成した状態の「インフィナ」はふわふわとした手触り
完成した状態の「インフィナ」はふわふわとした手触り

 完成したインフィナをよくよく見ても、素人目では一般的な繊維との見分けはつかない。衣類として生まれ変わったインフィナもまた自然な手触りで、見た目も美しい。Tシャツ、ブラウス、ドレスなどのほか、ジーンズにも利用できる万能繊維で、「廃棄物を利用した衣類」だと言われても、違いがわからなかった。

「インフィナ」を利用してつくられたTシャツ
「インフィナ」を利用してつくられたTシャツ

 そのうえ、インフィナ100%でも、他の繊維とブレンドしても使える、綿よりも染料の取り込みが良い、天然の抗菌作用を持つ、一般の綿より水を節約できる、役目を終えたら再びリサイクルできるなど多数のメリットも。機能性が高く、持続可能性にも考慮された有益な新素材といえる。

パタゴニア、H&Mとの長期契約も

 現在、インフィニテッド・ファイバーの生産拠点は、フィンランド国内にある2つのパイロットプラントのみで、年間生産量は150トンと少ない。にもかかわらず、パタゴニア、H&Mグループ、BESTSELLERといった有名企業と複数年にわたる契約を交わしている。

 というのも、同社のビジネスモデルにはライセンス販売が含まれ、クライアントとなるアパレルメーカーなどが自社で工場を建設して、インフィナを生産することで供給量を増やしていく見込みだ。

 H&Mグループでは、同社の若者向けブランド「Weekday」で2021年2月にインフィナを使った女性用ジーンズを発売、また米国のデニムブランド「Wrangler」も2021年9月にインフィナを使った男性用ジーンズとデニムジャケットを発売している。

米国のデニムブランド、Wranglerが発売した「インフィナ」を使ったジーンズ
米国のデニムブランド、Wranglerが発売した「インフィナ」を使ったジーンズ
同じくWranglerが発売したデニムジャケット
同じくWranglerが発売したデニムジャケット

 さらに、同社が主導する「EU New Cotton Project」では、アディダスやH&Mグループを含むアパレルブランドや製造者などアパレル市場のステークホルダーと協力して、商業用衣料品生産におけるサーキュラーエコノミーの実証を目指す。このプロジェクトの一環として、参加ブランドはインフィナを使用した衣類を発売する予定だ。

 実は、すでに日本の複数企業ともやり取りがあり、テストを終えた実績があるとのこと。現段階では企業名は伝えられないが、非常にポジティブな反応が返ってきているそうで、近くコラボレーションが実現する可能性もあるかもしれない。

 最大のネックとなりえる価格については、もっとも安くもなく、もっとも高くもないとのこと。ペトリさんは、近年アパレル業界で注目される「持続可能性」を踏まえると、競争力のある素材だと語る。

 「これまでは繊維の強さや伸縮性といった機能性が価値を決める基準でしたが、近年は明らかに持続可能性に注力するブランドが増えている。特に弊社のクライアントでもある、アディダスやパタゴニアといった有名ブランドは、その傾向が強い」

「インフィナ」がつくられる工場の様子(写真提供:Infinited Fiber)
「インフィナ」がつくられる工場の様子(写真提供:Infinited Fiber)

 同社では、今後フィンランド国内に年間生産能力3万トンのフラグシップ工場を建設し、2024年に稼働予定だと発表している。生産量が増えれば、いずれは現状の50%ほどまで価格が下がることもありえるようだ。

2023年までに「衣料廃棄物ゼロ」を目指すフィンランド

 EUでは、加盟国に対して2025年までに衣類のリサイクルを義務付けている。それ以降、衣類は可燃ゴミや不燃ゴミとして、他のものと一緒に捨てることができない。そのため、衣類の修理と再利用のためのシステムを設定することが奨励されているそうだ。フィンランドとフランスでは、一足早く2023年に衣料廃棄物の分別収集が実施される予定とのこと。

 インフィニテッド・ファイバーが創設する予定の新工場では、フィンランドの家庭で収集される衣料廃棄物を処理する予定だ。しかし、フィンランド市場が小さすぎるために、必要な原料が十分に供給できない課題も。そこで、フィンランド以外の国からも衣料廃棄物を調達するという。

 100%廃棄物からつくられた新たな繊維を生み出す同社の技術は、非常に社会貢献度が高いといえるだろう。現状は、セルロースを多く含む衣料廃棄物のみを原料としているが、技術的には古紙やダンボールゴミ、稲や麦のかすなども原料に変えることができるわけで、将来的に活用範囲が広がることも十分に考えられる。

「インフィナ」を使用して作られたサンプルの数々
「インフィナ」を使用して作られたサンプルの数々

 何より驚くのは、その品質の高さ。「機能性がいい」と「環境にいい」のどちらもいいとこ取りできて、消費者が妥協する必要がない。価格が高いという課題はあるかもしれないが、供給量が増えれば解消できる見込みがある。

 衣料廃棄物の課題解決においては、私たち一人ひとりが廃棄を減らす工夫も求められる。長く着用する、余計なものは買わない、着なくなった衣類は中古販売するなど。そのうえで、インフィニテッド・ファイバーのような新技術を用いることで、フィンランドでは、衣料廃棄物ゼロの世界がまもなく実現しようとしている。

(写真撮影:小林香織)

小林香織

「自由なライフスタイル」に憧れて、2016年にOLからフリーライターへ。【イノベーション、キャリア、海外文化】など1200以上の記事を執筆。2019年よりフリーランス広報/PRとしても活動をスタート。2020年に拠点を北欧に移し、現在はフィンランド・ヘルシンキと東京の2拠点生活。北欧のイノベーションやライフスタイルを取材している。

公式HP:https://love-trip-kaori.com

Facebook :@everlasting.k.k

Twitter:@k_programming

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画特集

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]