気候変動対策で世界をリードする北欧。2017年にフィンランド・ヘルシンキにオープンしたレストラン「Nolla Restaurant(ノラ・レストラン)」(以下:Nolla)は、その象徴ともいえる存在だ。
「ゼロ・ウェイスト」をテーマに掲げる同店にはダストボックスが存在せず、リユース、アップサイクル、リサイクルが基本。どうしても出てしまう生ゴミは、店内のコンポスター(生ごみ処理機)を使って土に変える。
「進化する北欧イノベーションの今」を現地から届ける本連載。今回は先進的なサステナブルモデルを貫くNollaに訪問し、同店のサービスを体験。加えて、創業者のひとりであるCarlos Henriques(カルロス・エンリケス)さんに、ごみゼロを叶える工夫と展望を聞いた。
筆者がNollaを訪れたのは、クリスマスの雰囲気が漂う12月9日。すでに週末は満席で予約が取れず、平日に早めのクリスマスディナーを楽しむことに。店内は北欧らしさを感じるインテリアで、どの世代の人も居心地よく過ごせそうな空間。適度なラグジュアリー感があり、気持ちが高揚した。
もし、何も知らずに訪れたとしたら、同店のコンセプトが「ゼロ・ウェイスト」であることに気づかないかもしれない。しかし、いたるところにさり気なく、その要素が散りばめられているのだ。
テーブルに置かれた水が入ったボトルは、ワインボトルを再利用したもの。水を汲むグラスはジュースのビンを、キャンドルを置く皿はワインボトルの底を使っている。これは、廃棄物に新たな付加価値を与えるアップサイクルの実践だ。バターを入れる器にも、ワインボトルの底が使われている。言われなければ気づかないほど、アップサイクルが自然に溶け込んでいる。
料理は、アラカルトとコースから選ぶことができ、今回は5品をアラカルトで注文。欧州のスタイルを取り入れた創作料理で、おしゃれでありながら、どこか素朴さも感じられる。
筆者は北欧の料理はあまり好まないが、Nollaの味付けは好きだった。同席したフィンランド人も「おいしい」と喜んでいた。地元の旬の食材をメインにした料理は、毎月メニューが変わるため、訪れるたびに発見がありそうだ。
Nollaでは、野菜の皮やヘタなど普段は捨ててしまう部分も極力使って、生ごみの量を減らす努力をしている。それでも発生する生ごみはコンポスターを通して土に変え、取り引きのある農家に還元している。店内の隅に置かれた業務用サイズのコンポスターは、Nollaの「ごみゼロ」を実現するために欠かせないものであり、象徴ともいえるかもしれない。
Nollaの訪問では、店内の醸造所でつくられたオリジナルのクラフトビールを飲むのも、また楽しみだった。定番のラガーやIPAのほかに、トマト&チリ、ルバーブ、ラズベリー、チョコレート&サルミアッキなど、その種類はバラエティに富んでおり、なかなか他店では出会えないようなものばかり。
このクラフトビールの背景にも、ごみゼロを達成するための数々の工夫がある。ビールをつくる工程で出た穀物の残りを洗浄してパンなどに再利用するほか、普段は捨てられてしまうカカオ豆の殻をチョコレート工場からもらってビールに使うなど、環境において最良の選択肢を常に探している。自社に醸造所をつくり輸送を減らすことで、二酸化炭素の大幅な削減にもなるという。
これらのエピソードは後日、カルロスさんへの取材を通じて判明したことであり、店内で飲食しただけでは環境対策の詳細までは見えてこない。これは、顧客に向けて大々的に環境対策をアピールするより、「純粋に食事とレストランの環境を楽しんでほしい」という思いがあるためだ。
せっかくなので、飲んだことがないルバーブとブラックカラント(カシス)をオーダー。どちらも非常に飲みやすく、爽やかな風味がある。アルコール度数が低め(3〜5%)ですいすい飲めて、ある程度アルコールが飲める筆者はまったく酔わなかった。
「サルミアッキ」とは、塩化アンモニウムとリコリスという香草から作られた黒いお菓子の総称で、サルミアッキ味の飴は「世界一マズい飴」とも言われる。以前、サルミアッキのリキュールを飲んだとき、トラウマになりそうなほどマズかったので、サルミアッキ&チョコレートを頼む気にはなれなかった。ただ、一口試飲させてもらったところ、意外にも飲める味だった。サルミアッキを毛嫌いする人でも、これなら飲めるかもしれないので、興味があればトライしてみてほしい。
Nollaは、スペイン出身のAlbert(アルベルト)さん 、ポルトガル出身のカルロスさん、セルビア出身のLuka(ルカ)さんによって創業された。以前3人は、ヘルシンキのあるレストランで一緒に働いており、レストラン業界の廃棄物の多さに不満を感じていたという。
「同じ情熱や理念を持っていた私たちは、最終的にゼロ・ウェイストのコンセプトにたどりつき、それを実践すると決めた。ゼロ・ウェイストの実現には、周囲の協力や商習慣の変化が不可欠であり、簡単なことではない。しかし、手探りでガイドラインを作りながら、一つひとつ変化させてきた」(カルロスさん)
Nollaは単純にごみをゼロにするだけでなく、二酸化炭素の削減にも大いに配慮している。食材の多くは国産のものを使って輸送距離を最短にするほか、農作物の仕入れは週に1度としている。生産者には使い捨てのパッケージを使わないように依頼し、理解して実践してくれる生産者のみと提携する。
生ごみの量を減らすために、廃棄物管理ソフトの導入も。廃棄した生ごみの種類や量、日付などの情報を細かく入力し、顧客数やメニューと照らし合わせ、廃棄物を削減するためのトライアンドエラーを重ねているという。これは、ごみを減らすだけでなく、ムダな経費を減らすことにもつながる。一方で、すべての生ごみを管理し、仕入れや調理の戦略を随時変更する手間が発生する。
「ゼロ・ウェイストをとことん追求するなら、やるべきことが多くある現状を受け入れ、継続できる体制をととのえる必要がある。理念に共感する仲間を集めることも重要だ」と、カルロスさんは、その難しさにも触れた。
ゼロ・ウェイストのコンセプトとセンスのいい料理でたちまちメディアや業界から注目され、20〜70代までの幅広い層が訪れる人気レストランとなったNolla。そのコンセプトは海外からも注目されており、ニューヨークのポップアップレストラン「ゼロ・ウェイスト・ビストロ」で、Nollaが監修を務めたこともある。
筆者が訪れたのは、ちょうどクリスマスシーズンでレストランが混み合うタイミングということもあってか、ほぼ満席で「さすがの人気ぶりだな」と感心した。以前から注目していたものの、実際に足を運んで、より一層ファンになった。素材の良さや繊細な味付けだけでなく、スタッフのフレンドリーな接客も気持ちがいいものだった。
この地で一定の評価を得ているNollaだが、それでも飲食業界は茨の道のようだ。カルロスさんは、フィンランドでレストランビジネスを成功させる難しさにも言及した。
「フィンランドの飲食業界で、長く生き残るのは簡単ではない。5年前に比べると、確実に外食が盛んになっているが、それでも高級感のあるレストランにひんぱんに出かける文化は薄い。加えて、パンデミックで営業規制がかかったり、人々の外出機会が減ったりする不安定さもある。当面の目標は、生き残ること」(カルロスさん)
フィンランドの外食の価格帯は日本の1.5〜2倍で、やや高級感のあるレストランに行って、軽くお酒を飲めば7000円ほどになる。「たまのごほうび」という感覚で、気軽に行きづらいのが本音だ。フィンランドの人たちもまた、似たような感覚なのかもしれない。
「他の地域に新しいレストランをオープンする計画もあるが、まずはヘルシンキで生き残ることが先決。ゼロ・ウェイストのコンセプトは、環境への配慮だけでなく、より多くのコストを節約できるメリットもある。すばらしい仲間と共に、この理念を浸透させ、飲食業界のトップを目指す」(カルロスさん)
「顧客の幸せ」と「環境への配慮」、どちらも追求するNollaの姿勢は、誰もが見習うべきものではないかと感じた。ゼロ・ウェイストは、知識や努力、周囲の協力あってこそ達成できるものだが、不可能ではないのだと希望も湧いた。一ファンとしてNollaのサービスを楽しみつつ、環境との付き合い方を学んでいきたい。
小林香織
「自由なライフスタイル」に憧れて、2016年にOLからフリーライターへ。【イノベーション、キャリア、海外文化】など1200以上の記事を執筆。2019年よりフリーランス広報/PRとしても活動をスタート。2020年に拠点を北欧に移し、現在はフィンランド・ヘルシンキと東京の2拠点生活。北欧のイノベーションやライフスタイルを取材している。
公式HP:https://love-trip-kaori.com
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