トヨタ自動車(トヨタ)は、「ヒト中心のもっといい街をつくる」というビジョンのための実証都市「Woven City(ウーブン・シティ)」の開発を進めている。
東日本大震災で被災した方々の雇用を創出するために東北へ移管した、トヨタ自動車東日本(TMEJ)東富士工場の跡地となる静岡県裾野市へ建設される予定で、2月には地鎮祭を実施した。
Woven Cityの開発の中心となるトヨタ子会社のウーブン・プラネット・ホールディングス(ウーブンHD)は、東京の日本橋にあるオフィスツアーを兼ねた、報道向けの会社説明会を開催。Woven Cityが目指す理想像、コンセプトや文化と、開所を目指した同社の取り組みなどを公開した。
Woven Cityは、暮らしを支えるあらゆるモノやサービスが情報でつながる時代を見据えた、さまざまな観点からの技術、サービスを実証するための都市だ。
HRでBusiness Partnerを務める縄船剛志氏は、「『ヒト中心の街』『実証実験の街』『未完成の街』の3つがコンセプト。何千人というヒトが実際に生活するリアルな街でありつつ、さまざまな技術の開発、実証というサイクルをクイックに回していく」と、概要を述べる。多岐にわたる分野で革新を続け、新たな価値やビジネスモデルを創出し続けるという思いが込められた街になると説明する。
実証対象となるサービスは、モビリティやエネルギー、物流のほか、教育、ヘルスケアといった12分野。さまざまなパートナーが実証実験のパートナーとして手を挙げており、引き続き募集を続けるという。
当面の目標は、2022年に建築工事に着手、2024~2025年に開所するという「Phase1」。子育て世代の家族や高齢者、発明家など、さまざまなバックグラウンドを持つ約360人が居住し、自動運転、カーボン・ニュートラル、ロボティックス、食や農業といった領域の実証実験を実施予定だ。
現在は日本橋のほか、ニューヨーク、ロンドンなどにある拠点をリモートでつなぎ、さまざまな観点から準備を進めている。
開発を担当する各プロジェクトは、実証実験と街作りを両立させるべく、「ビジネス」「テック」と、実際に街で暮らすヒトの観点から考える「UX」という三つのチームから構成。それぞれの要素が抜けないよう、常に三すくみの体制でスクラムを組む点を特徴としている。
街で実証予定のさまざまなシステムやサービスは、“作る”“検証する”という二つのプラットフォームを中心に開発が進んでいるという。
“作る”プラットフォームとなる「Most Programmable City」は、あらゆるデバイスを街のネットワークに接続し、さまざまな機能やデータをAPI経由で自由に活用できる状態にするという、“ハブ”の役割を持つソフトウェア。
例えば、あるメーカーのハードウェアでしか動かない製品やサービスが、そのハードウェア以外でも活用できるようになる、といったことを目指している。R&DでDirectorを務める大石耕太氏は、「多くの種類のクレジットカードやポイントカードを持っていたとしても、ネットワークにつなげて(データを活用できれば、)まとめることができる」と表現する。
また、実際にインターフェースとなる部分のサービスやソフトウェアは、複数を組み合わせて構築するマイクロサービス形式で開発。Most Programmable Cityを中心とするだけでなく、各ソフトウェアの“再利用性”も向上させることで、さまざまな組み合わせを容易に試せる仕組みの構築という狙いがある。
“検証する”プラットフォームは、物理的な“モノ”をデジタルでコピーしてシミュレーションする「Digital Twin(デジタルツイン)」だ。
街作りには一度完成してしまうと簡単に変更できない要素が多いため、サービスやプロダクトはソフトウェアファーストで構築。シミュレーションと検証をデジタルツインで実施するという流れを基本としている。
大石氏は、「姿や形が伴うハードの場合、デジタルツインが特に重要になる。例えば、“ヒトが通りかかったら待つ”といった非線形の要素が加わると、数値のシミュレーションの場合は、さまざまな解析が必要になってしまう」(大石氏)と説明。不特定要素が入る可能性が高ければ高いほど、デジタルツインの有効性が高くなると語る。
「何でもソフトウェアで検証できるかといえば、もちろんそうではない。しかし、デジタルにはさまざまな調整を加えることができるため、試作のプロセスを減らせる可能性が高い。よりよいハードウェアを作るために重要な要素」(大石氏)
デジタルツインは随所に活用しているものの、実際のハードをないがしろにしているわけではない。LogisticsでManagerを務める政田盛拓氏は、「トヨタでは、通常改善活動をする場合、必ず現場がある」と現場主義を強調する。「しかし、(Woven Cityは)まだ現場がない。そこで、いったんオフィス内に仮の現場を構築し、検証を重ねている」のが現状だ。
実際にオフィス内に構築した現場の例として、街全体に張り巡らされた物流システムの模型を見ることができた。ウーブンシティでは、すべての物流は地下を通る予定で、トラックの積み荷を「エスパレット」と呼ぶロボットが回収。仕分けしたのち、地下道と各居住棟のエレベーターを通り、各部屋の前に設置したポストまで届けるという仕組みだ。同様に、インターネットなどへの出品物、ごみといった収集物もロボットが対応するという。
そういった一連の流れの立体的な把握に模型は欠かすことはできず、試行錯誤を重ねて検証を進めている状況だ。しかし、「物理的なものには限度がある」(政田氏)と話す。
「刻一刻と変わっていく流量を実際にシミュレーションしようとすると、設備やコスト、人手はもちろん、何よりも時間が足りない。そこで生きてくるのがデジタルツイン。(模型で)検証し、デジタルツインでシミュレーションし、また(模型で)検証する。トヨタのDNAであるTPS(Toyota Production System)とデジタルツインの融合を、まさにここで図ろうとしている」(政田氏)
Woven Cityの開発の中核を務めるウーブンHDは、2016年に先端研究の拠点として米国のシリコンバレーに設置されたトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)の日本における拠点、トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント(TRI-AD)が前身となっている。
縄船氏は、「ウーブンHDには、先端研究と日本のクルマ作りの架け橋になる、という役割がある」と説明。日本とシリコンバレーのマインドセットを融合すべく、教育制度、オフィスなどを設計していると語る。
例えば社内には、シリコンバレーのマインドセットにソフトウェア技術、言語を加えた3つの観点から教育プログラムを準備する部署となる「DOJO」を設置。
社内の公用語となる英語の学習機会はもちろん、外国籍の従業員が日本語を学ぶ機会など、キャリアや技術の向上をさまざまな観点からサポートする“道場”の役割を果たしているという。
オフィスの設計という観点では、シリコンバレーのイノベーション文化を持ち込むべく、コミュニケーションが自然と生まれるオープンな環境を志向。コミュニケーションの促進につながる食堂、カフェなどの設置に加え、社内の至る所にホワイトボードを設置。問題や課題などが発生した場合にはすぐに集まって議論できる体制を整えている。
オープン志向は組織の考えにも反映されている。例えば、トップレベルが相談や意思決定をする場は、従業員全員が参加できる場としてリモートで設定。直接話し合う人間だけで終わらない、高い透明性で運営するというマインドがあるという。
大石氏は、「情報伝達を早くできることに加え、それぞれのコンテキストを統一できるというメリットもある。モチベーションの維持、向上につながっている」と述べる。
そのほか、疲れた時に休めるリチャージルーム、リフレッシュできるシャワールームなどを揃えるほか、進化し続けるオフィスであるため、従業員の要望を受け付ける「WISH STORE」という仕組みも用意する。クルマに触れる機会が欲しい、マッサージが欲しい、プロテインバーが欲しいといった要望を実現してきたという。
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