上場企業の社員を「そそのかして」起業させる異色のVC--デライト・ベンチャーズ渡辺氏に聞く - (page 2)

藤井涼 (編集部) 日沼諭史2022年01月01日 09時00分

DeNA以外のテック企業との連携もフェアに判断

——デライト・ベンチャーズにそういった仕組みがあることは、DeNAのなかでは周知されているんですか。

 デライト・ベンチャーズでは南場が私とともにマネージングパートナーを務めていますので、南場を通じてDeNAとの強力なパートナーシップを構築できています。

 加えてDeNAのSlackに特別に設置してもらったデライト・ベンチャーズチャネルや、社内イベントを通じて、ビジネスアイデアやデライト・ベンチャーズに関する告知をしています。このSlackチャネルはDeNAで一番参加者の多いチャネルの一つと聞いています。DeNAの人事部とも連携して、起業を志す社員をどうサポートするかについて相談いただくこともあります。常に協力関係にあります。

——南場さんは経団連の副会長もされています。

 それも実は関連しています。日本のスタートアップエコシステムを盛り上げるためには、ステークホルダーが経団連や政府と連携していくことが重要です。大企業が起業時代にどう向き合うかというところに加えて、法律や税務にかかる政策など、政府が価値を出せることは山ほどあります。

 米国も欧州も、スタートアップエコシステムの急成長には政府が大きな役割を果たしてきました。デライト・ベンチャーズとしても南場とともに政府・経団連と密に連携・対話を続けています。国家戦略としてもこれ以上重要ことはないほどだと思っています。

——デライト・ベンチャーズには、DeNA色が強く感じられてしまうところもあるんじゃないかと思います。それが反対にVCとしての活動においてデメリットになることはないでしょうか。

 DeNAはさまざまな事業を運営していて、スタートアップと提携することも競合することもあります。ですので、デライト・ベンチャーズが独立のVCとして100%スタートアップ側の立場に立つことが、デライト・ベンチャーズ自身にとってもDeNAにとっても非常に重要なポイントです。

 たとえば私自身はDeNAの役職員ではなく、個人としてデライト・ベンチャーズのマネージングパートナーを務めていること、投資先や投資を検討しているスタートアップの情報にはファイアウォールを敷いて、許可なしにDeNAには伝わらないようにしています。投資する際やVBで事業を立ち上げる際にはその事業がDeNAと競合していても構いませんし、DeNAとの提携を前提にした戦略投資を行うこともありません。

 デライト・ベンチャーズの役割は、とにかくスタートアップの成功確率を上げることが最優先で、CVCのような事業戦略の一貫という観点はゼロです。 DeNAにとってのデライト・ベンチャーズの戦略的意義は、スタートアップエコシステムの成長支援を通じて、優秀な人材がDeNA内外で活躍して行き来する、循環的経済圏を作ること、そして将来買収の対象になるような成功したスタートアップを支援すること、だと理解しています。このためにも、デライト・ベンチャーズがCVCではなく、独立したVCとして活動することが必須なのです。

——あくまでも日本発のスタートアップを支援する、というのがメインだとは思いますが、シリコンバレーにいて、海外の魅力あるアイデアやスタートアップも日々たくさん目にするかと思います。そういったところをサポートすることは考えてはいませんか。

 長期的な視点ではありえますが、いまはフォーカスはしていません。日本人か日本人ではないかに関わらず、とにかく日本出自のスタートアップ、日本のスタートアップエコシステムを盛り上げることが一番重要で、そこは個人的にもすごく熱意のあるところですので。

 米国のスタートアップに投資するにしても、シリコンバレーのVCと競争する上で特にデライト・ベンチャーズに強みはありません。逆に、日本のスタートアップを海外に展開していくときに、海外のVCに次のラウンドをリードしていただくような協力関係を、今後大いに強めていくことになると思います。

——日本に進出したい米国のスタートアップに対する支援についてはいかがですか。

 それを強みにしているVCはすでにいくつかありますし、もしデライトがやるとしても、大事な視点としては、本当にそれが日本のスタートアップエコシステムを盛り上げるのに役に立つのか、そこでデライトが新しいバリューを出せるのか、というところになってきますね。しかし、いずれにしてもフォーカスするのはやはり日本発の起業家やスタートアップです。

 日本のスタートアップエコシステムはまだ小さいし、大きく変わらないといけない。そこにビジネスチャンスがあるとも思っています。私達はスタートアップに対して、集中・フォーカスの重要性についてお話することが多いんですが、それと同じで、私達も一番重要で得意とするところにフォーカスしたいですね。

日本の社会や大企業の経営者も「そそのかし」ていく

——現状、デライト・ベンチャーズから生まれた、あるいは支援したスタートアップについて、DeNA出身とそうでない人の比率はどのようになっているでしょうか。

 2021年12月現在、投資先全体では31社ですが、今のところベンチャー・ビルダー経由でスピンアウトしたスタートアップはDeNA出身者が圧倒的に多いですね。それでも、先ほど申し上げたように現在EIRとして事業を作っている人たちは、すでに圧倒的多数がDeNAとは関わりのなかった方になってきているので、今後スピンアウトする会社のDeNA出身者比率は下がっていくと思います。

キャプション
デライト・ベンチャーズから生まれた、または支援したスタートアップ

 もともと、DeNA以外を出身母体とするEIRの方が増えていくのはもう少し時間がかかると想定していましたが、商社や銀行など、伝統的な企業を含め他社からも起業候補者、EIRが意外なスピードで出てきました。純投資の方も半分はDeNAとは全く縁もゆかりもなかったスタートアップへの投資になります。

 私達としては、このスキームが日本全体に広がってほしいと願っていたので、嬉しい驚きですね。もちろん、大企業からもDeNAからも今よりももっと起業家が出てくるべきと思っていますので、出身に関わらず、起業家の絶対数が、近い将来急増することを期待しています。

——先日、経済産業省の方に「出向起業補助金」について取材しました。DeNA出身の2社もその制度を利用されていましたね。

 経産省さんの事業について共感していますので、制度を応援したい気持ちは大きいです。スタートアップにとっては補助金がもらえる制度ですから使わない理由もないですよね。

 私達がDeNAの社員に対してやっていることは、実は出向起業支援の一歩先を進んでいるような、いわゆる「押し出し起業制度」なんです。ただ、実際に押し出すまで一時的には出向という形をとることが多いので、その部分はまさに同じ仕組みです。

 それでも、大企業の社員が起業した別会社で新しい事業を始めることも、起業意欲を高めるきっかけになると思いますので、この出向起業支援の制度は私達としても断然応援していきたいと思っています。

——経産省の施策もそうですが、VC、CVCによる支援・投資なども含め、日本でも起業の仕方の選択肢が増えてきたように思います。いずれは優秀人材の取り合いや囲い込みのような動きさえ生まれそうですが、大企業やスタートアップ界隈は将来どんな風に変わっていくのか、あるいはどう変わっていくべきなのか、そのあたりはどのように考えていますか。

 20年前を思い返すと、日本で伝統的な企業をやめてスタートアップやテック系企業に転職することは少しクレイジーな選択だと思う人もいました。10年前だと、同じ転職はアーリーアダプターのすることで、起業はまだクレイジーかな、というくらい。でも今や転職は当たり前になり、起業がアーリーアダプターのすることになってきたと思います。特にDeNAなどのテック系企業出身者は、続々起業しています。

 この流れは不可逆的です。理由の1つは、これまで転職してスタートアップに行ったり起業したりしてうまくいかなかったという場合でも、そういう人材の市場価値が多くのテック系企業に認められて、結局リスクを取った人が職に困ることはないし、むしろ本当にいい仕事に就けることが明らかになってきたことです。実質的なセーフティーネットが目に見えるようになってきた。シリコンバレーの起業家も、そういったセーフティーネットが現実的に存在するので、キャリア的に背水の陣を引いているわけではない。日本もそうなってきたといえます。

 加えて、成功した起業家がロールモデルとしてメディアに登場することも多くなり、スタートアップに転職してストックオプションで潤った人も、少しずつ身近にも現れてきて、多くの人にとってアップサイドのイメージがつくようになって来ました。日本のテック系企業の社員なら、すでに知り合いに成功者が続々でてきていると思います。そういうこともあって、テック系企業出身者の起業は増えているし、商社や銀行など伝統的大企業の社員も、起業までしなくても、スタートアップに転職する人は、確実に増加していると思います。

 近い将来、伝統的大企業の終身雇用が、こうして実質的に崩れてくると思います。失敗しても必ず次のオポチュニティがあるし、成功したときのアップサイドは、大企業の出世コースに比べて遥かに大きい。加速度的に社会全体がそうなっていくので、これはもう大企業が給料を上げたり、働きがいがどうとか言って、優秀人材を引き止められる流れではなくなります。

 キャリア感に対するアーリーアダプターの間で起こっている流れに目を向けて、それに応じた制度改革をしている企業、たとえば起業を促進しているとか、事業モデルを変えているとか、イノベーティブで先進的だと感じられる会社にしか優秀な人が行かなくなってしまうと思います。伝統的大企業にとっては、今がその流れに乗れるか、乗り遅れるかどうかの瀬戸際だと思います。

——最後に2022年の展望を聞かせていただけますか。

 デライト・ベンチャーズのように、大企業の社員をそそのかして起業させる取り組みは、世界でも珍しいんです。米国だけでなく中東などの企業からも、なぜ、どんな風にやっているんだと問い合わせが来るくらいです。コーポレートイノベーション、オープンイノベーションで多くの企業が新規事業開発の手法に頭を悩ませていますが、DeNAとデライト・ベンチャーズの関係のような、社員をどんどん辞めさせて起業させる、ある意味短期的には社員を失うことを促進するような、振り切った取り組みは世界でもまだユニークです。

 DeNAはもともと出身者が起業することが多い組織で、この流れを止めようとするよりも、むしろ前向きにサポートすることで一歩先に出て、戦略的にも役に立てよう、という非常に先進的な考え持った会社だからできたことかもしれません。

 ただ、これまでやってきて、思った以上にDeNA以外のいろいろな日本企業の中に起業したい人がいることもわかり、キャリアに対する考え方の変化が加速していること、デライト・ベンチャーズの取り組みが正しい波に乗っていることを、身を持って感じました。2022年は、DeNA以外の企業出身者によるスタートアップをスピンアウトすることによって、伝統的大企業の社員の方に対して、新しいキャリアの選択肢について、1つのヒントをお見せすることができればいいなと思っています。

渡辺大
デライト・ベンチャーズ マネージングパートナー


1999年京都大学文学部卒業、大手銀行を経て2000年ディー・エヌ・エー入社。国内での新規事業開発や営業・提携業務の後、2005年から海外事業責任者を担当。2006年DeNA北京総経理。2008年に渡米し、DeNA Global, President、DeNA Corp., VP of Strategy and Corp Devなど。日本発テック企業による海外進出の厳しさを思い知る。2019年にDeNAグループを退社し、デライト・ベンチャーズを立ち上げ。シリコンバレーと日本を行き来して日本発スタートアップの成長と海外進出をサポートしている。

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