上場企業の社員を「そそのかして」起業させる異色のVC--デライト・ベンチャーズ渡辺氏に聞く

藤井涼 (編集部) 日沼諭史2022年01月01日 09時00分

 企業内にいる社員に起業を“そそのかして”支援している異色のVCがある。ディー・エヌ・エー(DeNA)からスピンアウトした独立系VCということもあって、DeNA出身の起業家への支援から始まったものの、最近では他の大企業の社員にも起業支援の幅を広げている。

 企業にとっては人材流出にもつながりかねない支援の仕方にも思えるが、一体どのようなVCなのか。DeNAの代表取締役会長である南場智子氏とともに2019年9月にデライト・ベンチャーズを立ち上げた、マネージングパートナーである渡辺大氏に話を聞いた。渡辺氏は、シリコンバレーを拠点として活動している。

デライト・ベンチャーズのマネージングパートナーである渡辺大氏
デライト・ベンチャーズのマネージングパートナーである渡辺大氏

日本のスタートアップエコシステムに感じる「圧倒的弱さ」

——はじめに、デライト・ベンチャーズを設立することになった経緯から教えていただけますか。

 私がDeNAに入社したのは2000年で、上場後、2006年から海外事業を立ち上げるための最初の要員として、各国に出向きました。中国に2年住み、2008年からは米国のシリコンバレーで2019年まで海外事業に携わった後、同年の9月にDeNAを退職し、デライト・ベンチャーズを設立しました。

 それまで10年以上シリコンバレーにいて、いくつか見えてきた景色がありました。まず、DeNAは新しいビジネスをどんどんインキュベートしながら成長していて、シリコンバレーのスタートアップエコシステムを内包しているような会社だと感じていました。

 しかし、会社の事業1つが1000億円単位、時価総額も数千億円規模になってくると、インキュベーションの優先順位を安定的に維持しにくくなってきました。戦略的に意義のあるものを作ろうと思うと注力範囲がある程度限られてしまうし、本業の戦略や業績によってそれに対する力の入れ具合、人材の割り当ての優先順位も変わってしまう。大企業における典型的なイノベーションの課題みたいなものにぶつかるようになってきたんです。

 一方でシリコンバレーにいる私の方では、普段からスタートアップやVCの方と触れ合ったりデータを見ていたりする中で、日本のスタートアップエコシステムはいろんな指標で世界最下位である事実に衝撃を受けていました。その要因はいろいろありますが、たとえば新卒一括採用や終身雇用の制度が原因で起業がしくにいこと、それでいながら日本の経済規模が世界第3位と今でもなまじ大きく、孤立したエコシステムになっていることなどが挙げられます。

 そこから脱するために日本のスタートアップエコシステムをブーストさせようと考えたとき、DeNAは、それに必要なたくさんのアセットが詰まっている会社だと思いました。それを会社という閉じたエコシステムの中で使っていくよりも、開放してしまって、日本のスタートアップエコシステムを伸ばすことに使った方が社会的にも意義があるし、会社にとっても国にとってもいいのではないかと。そうして2018年頃からDeNA創業者の南場(南場智子氏)を中心に経営陣と話をし始めて、できあがったのがこのデライト・ベンチャーズです。

——日本とシリコンバレー周辺を取り巻く状況は、ここ10年を見るとどのように変化してきたのでしょう。

 シリコンバレーは常に進化し続けていて、私が来た14年前に比べると、投資環境も働き方も変わっています。例えば2008年頃、サンフランシスコはまだその経済圏に入っていなかったし、ストックオプションで大金持ちになっている人も統計的にも感覚的にもほんの僅かでした。投資プラクティスについても今よりずっと投資家有利な状況でした。

 その後、10年でお金の動きも文字通り桁が変わって、CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)や大企業とスタートアップの付き合い方も進化して、自然淘汰も進んだ。アクセラレーターやCVC、VCの投資契約の手法などで、さまざまなプラクティスが出現してきましたが、成功したスタートアップに用いられたプラクティスが生き残り、そうではないプラクティスは消えていきました。

 そんな中、DeNAの海外事業では、シリコンバレーのエンジニアを採用したり日本のエンジニアをシリコンバレーに送ったりもしていましたが、明らかに日本のエンジニア、日本のビジネススタッフは個人レベルでシリコンバレーのタレントに全く引けを取らず優秀でした。

 しかし、世界の企業の時価総額を見ると、トップ10社のうち6社がシリコンバレーをはじめ米国のベンチャーキャピタルやスタートアップのエコシステムから生まれていて、世界経済を引っ張っている。驚くほど優秀な人が日本にはいるのに、日本企業はDeNAを含め、テック系企業も、非テック系企業も海外では苦戦していて、世界での相対的な存在感がどんどん薄くなっていった。

 シリコンバレーのエコシステムは約半世紀かけて進化してきました。日本に同じ時間をかける余裕はありません。日本のイノベーションの力を取り戻すためにも、日本のスタートアップエコシステムの急激な成長を支援していかなければならないと考えました。

独自の起業家支援プログラム「ベンチャー・ビルダー」と「スプリングボード」

——デライト・ベンチャーズではスタートアップの支援の仕方として、純粋な投資のほかに、「ベンチャー・ビルダー」や「スプリングボード」といったユニークなプログラムも用意しています。これらが具体的にどういうものか教えていただけますでしょうか。

 デライト・ベンチャーズで一番マンパワーを割いているのはベンチャー・ビルダーです。これは普通のVCの支援とはちょっと異なります。その背景から説明すると、先ほど日本には優秀な人が多いという話をしましたが、そういう人の多くは大企業に取り込まれていて、新卒一括採用と終身雇用の中で、一生かけて登る出世のはしごをコツコツ登っている。なので、そこから「失敗するかもしれないけれど、とりあえずやってみよう」と考えて新しいことにチャレンジするリスクを負う人はほとんどいません。

 特にスタートアップは立ち上げ後の一番最初が失敗の確率が高い。取り組もうと思っている課題が本当に存在するのか、課題が存在したとして考えているプロダクトが本当にワークするのか、基本的なことがわからないからです。大企業から外れるリスク、起業して失敗するリスク、その2つが組み合わされると、とりあえずチャレンジしてみようか、という一歩を踏み出せないわけです。

 僕としては、終身雇用制度は変わるべきだし、企業の人材は解放されるべきだと思っています。それをまずDeNAからやっていこう、というのがベンチャー・ビルダーの背景にありました。そのために何を始めたかというと、DeNAで特に活躍している人たちを、起業するように「そそのかす」ことでした。

 DeNAは終身雇用制ではないので、活躍している人の多くはやがて転職、または起業していきます。むしろ社内で活躍している人たちにこちらから声をかけて、スタートアップとしてのビジネスを一緒に作っていく。企業内での新規事業開発とは異なり、その人の自分の会社を立ち上げることが目的です。プロトタイプの開発やマーケティング、資金調達もサポートすることで起業のハードルを下げるのです。

 事業をつくる初期段階で、DeNA社員としての本業を続けながらやっている人もいれば、DeNAからデライト・ベンチャーズに完全に出向してやっている人もいます。失敗したときはもう一度他のことにチャレンジしてもいいし、自分に合わないと思えばDeNAに帰ってもいい。挑戦のためのセーフティネットがあるわけです。

 もしビジネスが立ち上がりそうな場合は、そのビジネスは独立したスタートアップとしてスピンアウトしていきます。外部VCからのリード投資を引っ張ってくると同時に、そのビジネスをリードしてきた個人やチームに、ビジネスの75%のエクイティを譲渡します。DeNAはその時点で退職してもらいます。デライト・ベンチャーズはその後、一般のVCと同じようなサポートに切り替える。つまり、起業家にとって一番最初の、ハードルが高く失敗率が高いところのビジネスの立ち上げと独立を、一貫して支援するのがベンチャー・ビルダーになります。

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「ベンチャー・ビルダー」と「スプリングボード」

 こうした仕組みがDeNAのみならず他の大企業でも始まれば、優秀な人たちがいる日本の大企業からスタートアップにどんどん人材が流れていくので、日本が変わるだろうなと考えています。この形はいわばEIR(Entrepreneur In Residence:客員起業家制度)ですが、実際、DeNA以外の企業の人で、デライト・ベンチャーズが引き受ける形で起業することを検討している人も続々集まってきています。実はすでに数十人いるEIRの圧倒的多数がDeNA以外の方でして、ベンチャー・ビルダーの手法が起業家候補のニーズにフィットしてきた手応えを感じているところです。

——いまは大多数がDeNA以外の人なのですね。では、スプリングボードの方はいかがでしょう。

 ベンチャー・ビルダーは最初にビジネスを私達の中で作って、それを株式として渡して独立してもらうパターンですが、スプリングボードの方は、ビジネスをデライト・ベンチャーズの中で作らず、自分でプロダクトづくりやゼロからのチーム作りをすすめる起業家向けの支援プログラムです。調査や資金調達支援など必要に応じてデライト・ベンチャーズがサポートします。

 会社の立ち上げから関わっているという意味ではベンチャー・ビルダーもスプリングボードも同じです。ちなみにデライト・ベンチャーズの純投資の方は、一般的なVCの投資モデルと同じで、既存のスタートアップに対して投資させていただくものです。

——渡辺さんの長いシリコンバレー生活で培ったエッセンスも含め、デライト・ベンチャーズがもつノウハウは米国や海外に事業展開したいスタートアップ企業にとっても心強いのではないかと思います。

 デライト・ベンチャーズはスタートしてからまだ2年で、投資先の海外進出はまだ一部です。海外のVCを紹介したり、海外のエコシステムに関する情報を提供したり、といった支援は始めています。

 日本の場合、欧米に比べてスタートアップの資本政策や投資契約には独特なところもあります。投資家保護の要素が強かったり、米国では見られない、株式上場を事業の長期的な成長よりも優先するような条項があったりもします。私達は「単に海外進出を助けます」というのではなく、海外でうまくいきそうな大きなビジネス積極的に投資すると同時に、資本政策の作り方や投資契約のあり方なども、日本のスタートアップエコシステムの進化を見据えて、先取りした手法をアドバイスしています。

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