近年の世界時価総額ランキングを見ると、GAFAMに代表される米国のテクノロジー企業が上位を占める一方で、日本企業の名前を目にすることはほとんどない。上位100社まで広げてみても、欧米や中国の企業が強い存在感を示しており、そこに安定的にランクインするのはせいぜいトヨタ自動車のみという状況だ。
そのトヨタ自動車にしても、自動車産業といういわば旧来からの伝統的な大企業であって、昨今の潮流であるテクノロジー企業というわけではない。新たな産業が世界経済の重要な柱になっていこうとしているなかで、大きく後れを取っている日本はどうすれば追いつけるのだろうか……。
ここに危機感を覚えた経済産業省が2020年4月に開始したのが「出向起業補助金」だ。新規事業に挑戦したいと思いつつ大企業のなかでくすぶっている人材が「出向起業」という形で会社を設立し、資本独立性のあるスタートアップとして活動していけるよう支援する仕組みを提供している。現在は、次回の応募締め切り予定時期である2022年4月に向け、事前相談を幅広に受け付けている。
自分のアイデアを信じてチャレンジしたい社員と、優秀な人材を手放したくない大企業。双方の思いや立場を尊重しながら「出向起業」を可能にするには少なくない苦労がありそうだが、その実情はどうなのか。同事業を主導する経済産業省 産業人材課の奥山恵太氏に話を聞いた。
経産省が発足した出向起業補助金は、大企業に所属する「出向起業」を希望する社員を、補助金などによって支援する事業。PoC(実証実験)など、新規事業開発を行うにあたり必要となった費用の2分の1を上限に補助する。通常は最大500万円が上限額となるが、ハードウェア開発が関わる事業については最大1000万円となる。
この支援事業を開始した背景について奥山氏は、「世界ではイノベーションの主体がスタートアップになってきているにもかかわらず、日本ではそういった動きがまだ十分に活発ではない印象。経産省としては、イノベーションを起こすスタートアップの数をなんとか増やしたいと考えた」と説明する。
そこで最初に目をつけたのが大企業だ。「起業家教育も、多くの人に起業に関心をもってもらうことも重要」だとしつつも、自身の起業失敗経験やヒアリングを通じて「日本の大企業の中に、会社を辞めてまで起業はできないと感じる人材が多くいることがわかってきた」のが大きかったという。
「大企業の社員が新規事業を立ち上げたいと思っても、経営側からの決裁がなかなか下りない。だからといって退職して起業するのは、家庭があったり、住宅ローンがあったりして難しい。そこに大企業からの出向という形のセーフティネットを用意することで挑戦しやすくし、イノベーションを起こすスタートアップを増やしていく」狙いがある。
2020年~2021年の計4回の公募で支援が決まったのは24名。当然ながらいずれも大企業の社員で、出向起業により24社のスタートアップが立ち上がっている。大企業の社内ベンチャー制度や新規事業コンテストなどで評価されたものの、社内新規事業や100%子会社化では満足できず資本独立性のあるスタートアップとしての展開を望み、事業化にあたって資金的な援助を必要としている人が多いようだ。
しかしながら、いくら有望な新規事業だとしても、すんなり支援事業の対象になるわけではない。補助金を支給する条件の1つに、すでに「出向起業していること」というものがあり、これが一番の難関となるからだ。
出向起業まで至るにはいくつかの壁があるが、なかでも大企業側の理解をいかに得て、出向の了解を獲得するかが大きなハードルとなっている。奥山氏いわく「出向起業を希望する方はたいてい行動力があって、既存事業もしっかりできている人。つまり、エース級社員」であり、大企業の経営側としては「抜けられると困る」人物でもある。
主軸事業を担っているエース級社員が、籍としては大企業に置いているとはいえ、出向してスタートアップで新規事業にかかりきりになってしまえば、大企業の営業利益、ひいては時価総額をも左右しかねない。そんな懸念をもたれてしまうのは仕方のないところだろう。
それに対して経産省では、大企業の経営陣や人事部に対して、主に4つのメリットを提示する形で積極的に説得にあたっている。
1つ目は「人材育成」の観点だ。まず大前提として、スタートアップとして成功する確率は低く、「成功するのはよくて7%、それ以外の93%は倒産して大企業に帰ってくることになる」という実情がある。
そのうえで「スタートアップのCEOとして新規事業を手がけるということは、経営マインドを急速に身につけるということ」だと同氏は説明している。倒産して戻ってくる場合、「その失敗体験が人を大きく成長させる」という視点も重要だろう。
それこそエース級社員であれば、将来の経営幹部たりうる人材でもある。出向起業で事業をゼロ・イチから立ち上げる経験を積んでもらうことが人材育成につながるというのは納得感のあるストーリーで、大企業の人事部にも受け入れてもらいやすいという。
2つ目は「キャピタルゲインと新規事業創出の加速」。たとえば大企業側がエース級社員の出向起業を認める条件として、スタートアップとして成功した際には、大企業側が有利な条件でその株式の一部を買い取る権利をもつ「優先買取交渉権」を保有する契約を結ぶパターンもあるという。
「いわゆるスピンイン戦略というもので、事業が成功した場合だけその営業利益の一部を連結する手法」もとれると奥山氏。また、「成功するかわからないリスクの高い新規事業に対して、大企業側が100%出資するのではなく、VC(ベンチャーキャピタル)など社外資金で試すことで新規事業の開発を加速させる」という考え方もできるとする。
3つ目は「大企業の評判の向上」。エース級社員が出向起業することでマスメディアに取り上げられるケースも多く、そうすれば新卒採用市場に対する高い訴求力も期待できるとのこと。
そして最後の4つ目は「社内新規事業コンテストの活性化」。同氏によれば、大企業で新規事業コンテストなどを実施しても、応募が多いのは1年目か2年目だけで、それ以降は応募が少なくなってしまった、という相談が大企業の担当者から来ることがよくあるのだという。
「1年目や2年目で優勝・入賞したチームでも、結局は既存事業部に吸収されるか、100%子会社になるぐらいしか出口がなく、既存事業のガバナンスがかかってしまう」。それよって本業とのシナジーや、既存事業を基準にした大きな売上高を要求されることになる。最終的には「チームが分解するか、チームメンバー全員退職して起業するか、ということになりがちで、3年目ぐらいでそのパターンがわかってしまうので応募数が減る」のだとか。
しかし、そこに対して優勝・入賞者に出向起業によるスタートアップという明確な出口があることを提示できれば、社員のモチベーションアップにもつながる。経産省ではこうした4つのメリットを説明するなどして、大企業と出向起業を望む社員との間のある意味調整役としても関わっている。
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