NTTドコモ、NTTコミュニケーションズ、NTTコムウェアが2022年1月に経営統合し、「新ドコモグループ」が誕生すると報じられた10月25日、NTTグループは再編にともない中期経営戦略の見直しを発表した。新ドコモグループはR&Dをさらに強化する方針で、R&Dイノベーション本部直下のイノベーション統括部はその牽引役になりつつある。
というのも、イノベーション統括部のトップに、元NTTドコモ・ベンチャーズ社長の稲川尚之氏が就任したからだ。稲川氏は、米シリコンバレーでベンチャー企業との連携や出資を手がけ、老舗CVCであるNTTドコモ・ベンチャーズでは社長をつとめた経験を持つ。8年に渡りオープンイノベーションや新規事業創出の領域で手腕を振るってきた人物だ。
「イノベーション統括部が運営してきた39worksという独自ブランドを基盤に、新規事業創出におけるゼロからイチを生み出す営みを強化していく」と話す稲川氏。39worksのこれまでの実績や、稲川氏の体制になってからの変化、今後の方針などを聞くとともに、新ドコモグループの新規事業の未来を紐解いた。
——まず最初に、イノベーション統括部の活動について教えてください。
イノベーション統括部は、ドコモにおけるコアビジネスとは離れたところで、5年先の未来のビジネスを創出するべく、新規事業を連続的に創出していく役割を担っています。メインの活動は「39works」という独自ブランドを基盤に、社内起業やベンチャー企業とのオープンイノベーションを推進することです。
われわれのビジョンは「未来の“あたりまえ”を創る」、ミッションは「世の中の最前線で、変化に挑む人とともに、顧客視点で事業を創出し続ける」です。リスクを段階的に潰していきながら、ハイリスク・ハイリターンの仮説を立て、アイデアを実際のマーケットに出したうえで分析、改善していく「リーン開発」を行って、数多くの仮説を効率的に検証していくことを目指しています。
——39worksの取り組み内容や、これまでの事例などを教えてください。
39worksは、社外のパートナーと一体になって、アイデアの事業化を小さく、早くスタートして高速PDCAを回すことを目的に、2014年7月に立ち上がったビジネスプログラムです。現在は、顧客課題確認、解決策検証、収益性検証、事業化という、仮説検証ステップの枠組みの中でプロジェクトを動かして新規事業を創出する、社内起業プログラムとして機能しています。
7年間の活動実績は、企画数1161件、検証件数115件、事業化プロジェクト数41件で、子会社化したのは、プログラミング教育サービスやスクールを手がける「e-Craft(イークラフト)」と、MRデバイスを使って熟練工のスキル伝承をお手伝いしている「複合現実製作所」の2社になります。
スマートパーキングの「Peasy(ピージー)」は、しばらく39worksという枠組みの中で事業を展開して売上が上がってきたところで、法人ビジネス部門に移管した事例になります。
——新規事業のアイデアは、どのようにして生まれ、39worksのフローに乗っていくのでしょうか。
アイデアは個人の想いから起案されます。アイデアの創出から、いきなり39worksのなかで事業化に突き進む人もいれば、LAUNCH CHALLENGEという社内ビジネスピッチイベントを経てアイデアを叩いてもらう人もいるし、子会社化を前提とした社内ベンチャー制度に応募する人もいます。LAUNCH CHALLENGEとは、ドコモの人事部とパートナーリングして、年に1回、約4カ月かけて行うイベントで、いまもまさにやっているところですね。
さらに、そこまでは行っていないけれど新規事業に取り組んでみたいという人に対しては、docomo academyという、新規事業を創出するための知識を習得できる研修プログラムを、人事部とタッグを組んで用意しています。ここで学びを実践するなかから、LAUNCH CHALLENGEへ移行する人もいるし、持ち帰ってアイデアを温めていく人、自らの業務のなかでその知識をいかす人もいます。
最終的には、社内ベンチャー制度を経て子会社化をするイグジットもありますが、これだけではなく、ドコモの事業部門の1サービスとして移管されるもの、自治体連携によって実用化していくものなど、さまざまですね。とにかく、アイデアを実用化するための営みを、39worksという仕組みのなかで頑張ってやってもらっています。
——稲川さんの体制になってから、変わったポイントはありますか。
イノベーション統括部としては、部ができてから少し時間が経っていて、私は組織長としては3代目になります。この部署を立ち上げたのが、私が米シリコンバレーでベンチャー企業との連携や出資をやっていたときの日本サイドの上司でして、DNAというか思想自体は受け継いでやっているつもりです。
とはいえ、新規事業創出の考え方は、私独自の色合いが濃いのではないかと思います。たとえば、先代のときは、とにかく事業を創って2桁億円の収益を目指そうといった方針がありましたが、ベンチャー企業でそれは相当大きな額です。いまは「もっと原点に戻って、ゼロからイチの事業創出をスピーディに成し遂げよう」というメッセージを強く打ち出しています。
——ドコモ・ベンチャーズでのご経験が、まさに反映されているということですね。稲川さんの「新規事業創出の考え方」について、改めて聞かせてください。
私の新規事業創出の考え方のベースは、ドコモ・ベンチャーズ時代に培ったもので、「技術進化の予測をフックに、予測困難な事業創出に挑戦していく」ということになります。
「予測可能な未来」とは、たとえばこれまで3G、4G、5Gと、計画通りに通信ネットワークが進化してきたなかで、モバイルウェブが当たり前になって、普通にYouTubeを見るようになって、発信やSNS投稿は動画が主流になり、YouTuberという新しい職業が生まれてきました。今後は、2030年を目標に6Gを開始する計画を発表していますが、インフラとは時代によって作っていく人たちが発表して、実際に作り上げられてきた歴史があるので、本当に計画通りに始まるはずだと予測できるということです。
「予測困難な未来」については、技術進化を予測できる一方で、世の中にあるニーズをいつ、どうやってビジネスに変えるかは、やはりアイデアの世界だということです。たとえば、5Gが始まったからといって、いきなりUberEatsが出てきたわけではありませんよね。ビジネスセンスのある人が、ビジネスモデルを構想したり、タイミングを見計ったりして、戦略的に進めてきたわけです。
そして、このようなビジネスセンスのある人たちを組み合わせて、新たな事業創出の機会を生み出していくことこそオープンイノベーションだと捉えています。予測可能な部分が8割、予測困難な未来が2割というパワーバランスのなかで、この2割をいかに掴んでいくかは、非常にセンスがいるところだと思っています。
新規事業創出の考え方の、もう1つのポイントはDXです。この1年半はコロナの影響で、AIの導入が進み、DXが非常に推進されました。われわれの立場でDXというと、通信インフラの中にAIが入って、通信中に付加価値をつけて皆さんに便利な情報をお届けするということですが、DXとは何かと分解すると、アナログ情報をデジタイズし、その情報をAIが読み、結果をコンバージ(集約)することで、よりパーソナライズ(個人最適化)が高度化していくことだといえます。
つまりDXとは、実直な、泥臭い世界であって、実は「予測可能な未来」に含まれるので、これを逐一やっていって、新たな相関性を見出すことで、予測困難な未来に立ち向かおうと考えています。
たとえば、購買体験や教育体験などが分かりやすい例です。いままで「ヒト中心」だった感覚的なおもてなしを数値化することで、さまざまな相関性を捉えながら、パーソナライズしていくことで、「デジタル完結」のおもてなしに向かっていくのだろうと思います。
DXはAIによって実現されるものであり、同時にAIの精度を上げるためのチューニングそのものが、データを読み込んでパーソナライズするための相関を読み取るということ、つまりDXなので、「デジタル完結世界」へ向かうにあたって、人が面倒くさいと思う分析を自動化していくところこそ、今後のビジネスの肝になると捉えています。
いまはまさに、イノベーション統括部のメンバーと話し合いをして、僕の新規事業創出の考え方を部内に浸透させながら、39worksのフレームのなかに取り込んでいって、新しい体制を作り上げているところです。ここは、いま起きている大きな変化です。
——ドコモのコアビジネスとのシナジーも、ある程度は求められるのでしょうか。
コアビジネスの部分は、「スマートライフビジネス本部」など主軸のビジネス事業を抱える組織が1〜2年先に狙いを定めてイチから企画しているので、それに近しいところはやっていません。僕らは、5年先くらいまでの間で、未来の収益の種を探索しているということで、ベンチャー企業に似たようなところがあります。僕の過去の経験もこういった戦略的な組織構成の中で活かせると思っています。
——ドコモ・ベンチャーズの頃と比べて、39worksのほうがある程度はコアビジネスとのシナジーを求められるなど、自由度は少ないのかと思っていたのですが、割と自由度は高いということでしょうか。
そうですね。イノベーション統括部で手がける領域や事業内容については、「あれこれ細かいことは言わないで、アイデアがあればそれを実現してみようよ」という流れがあるので、そういう意味では自由度は高いです。事業起案の際の、事業運営に関する予算策定もしっかりと見据えながら、ビジネスアイデアを練ってもらっています。
また、39worksはドコモという大企業の中での活動になるので、社内や部内の横の連携も密にとっていく一方で、従来のやり方を壊していく役割や、ベンチャー的な時間軸とドコモとを編み合わせる役割もあるので、そういう点ではチャレンジングです。でも、このあたりは若手社員にとっては新鮮なようで、意識高く取り組んでくれたりするので、39worksの取り組み自体が将来の1つの布石になるのではないか、と感じています。
——アイデアや事業領域は自由とのことですが、39worksとしての重点領域は設けているのでしょうか。
実は、メタバースの世界につながる「教育」「RaaS(Retail as a Service)」「GovTech」の3つの領域に注力していこう、と話し始めています。いま話題のメタバースですが、ビットコインなどの仮想通貨がサイバー経済の下地を作った頃から、メタバースの世界の盛り上がりには注目してきました。
少し前までは、ドルや円などが通貨になるため、サイバー経済圏はどうしてもリアル経済に引きずられて、独立できませんでしたが、ブロックチェーンの技術で仮想通貨がうまく回るようになり、NFTというデジタルアセットを売り買いするマーケットが出来上がってくるなど、時間と空間の領域が広がっています。このような流れから、教育、RaaSなどリテールの領域には、今後もっと注力していきたいと考えています。
——メタバースはいままさに、Meta(旧Facebook)をはじめ各社が参入し始めていますね。
メタバース、僕は非常に興味があります。やはりサイバー経済の概念は、これからの大きなトレンドになると思いますので。
——そこにNFTがきて、より面白くなってきました。
ゲームの世界だけに閉じず、“自分の生きる世界”がバーチャルに広がってきた感じがしますよね。バーチャルとは、英単語としては「実質的な」という意味があるので、おそらく米国などでは、「リアル=目に見えて存在する世界」で「バーチャル=本当の実在世界」といった宗教観があるのではと思うのですが、それが実際になると「バーチャル=第2の居場所」みたいな感じで作り上げられるのだと思うのです。そうなってくると、バーチャル世界でお金を稼いで生きる、時間をたくさん使う人が、今後たくさん出てくるのではないでしょうか。
——実際に、子どもたちはフォートナイトを居場所にして、学校から帰ってきたらそこにいるという話が、すでにありますね。
そこに安らぎがあれば、そちらの方がよほどリアルな感じになってきますよね。少なくとも、お金の使い方や、経済を回すという面では、バーチャルの方がメインになる人がいてもおかしくないと思います。
——最後に今後の展望についてお聞かせください。
「メタバースの世界が来る」という概念的な方向性と、僕がいままでベンチャー投資の中でやってきた「スタートアップとの協業の営みを大企業に取り組む」という世界観を組み合わせて、イノベーション統括部と39worksというブランドを、さらに進化させていきたいです。
特に、若い人たちに向けて、新しい事業創出の機会を作り出すことが重要だと考えています。5年先くらいまでの間の時間軸の中で世の中から求められるものを、ドコモという昔からある通信事業者の新規事業という形で、ゼロからイチで創出していけるセクションとして、社内外から認知されるように頑張っていきたいと思います。
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