「不動産共通ID」でスマートシティを暮らしやすく--不動産データをオープンソースでAPI連携する狙い - (page 2)

国主導を待ち続けた15年を経て

 このようななか、国は何も手を打ってこなかったのかというと、そんなことはないという。「米国のMLSなどに倣った、データベースが必要だ」という議論のもと、レインズを中心としたデータベースの構築に予算を取って取り組んだ例もある。しかし巻口氏は、「レインズマーケットインフォメーション、都市総合情報システム、全国土地価格マップなど、全然連携できていないシステムをどんどん作っていった」と苦言を呈して、過去の取り組みを振り返って紹介した。

既存データベース
既存データベース

 まず、2005年の不動産登記法改正で、登記簿謄本には不動産番号が振られるようになった。これが「不動産共通ID」になるのではと期待したが、法務局の回答は「これは、ただの整理番号。不動産共通IDとして使うことは全然想定していない」だった。

 2008年には国土交通省が、不動産ID・EDI研究会を立ち上げて、不動産の電子的取引を促進するためにはIDが重要だという議論が持ち上がったが、課題の整理にとどまり、その後の取り組みは進まなかった。

不動産データ公開検討の変遷
不動産データ公開検討の変遷

 風向きが変わったのは、2010年の民主党政権下。2011年に不動産流通市場活性化フォーラムが発足。その提言を受けて、2012年に情報整備のあり方研究会が立ち上がった。このなかで、不動産の情報ストックシステム基本構想が打ち出されたのだ。

不動産データ公開検討の変遷
不動産データ公開検討の変遷
不動産データ公開検討の変遷
不動産データ公開検討の変遷

 これは米国のMLSのような、消費者がボタン1つで不動産に必要な情報を閲覧したり、データ分析できるシステムを、レインズを中心に作ったらよいのではという構想。これによって、米国のように透明性の高い環境で不動産を判断できるようになる。

不動産データ公開検討の変遷
不動産データ公開検討の変遷

 2014年に構想されたストックシステムが、2015年に不動産総合データベースという形で、初年度と次年度は9000万、3年目から6000万の予算で構築開始された。2015年に横浜市と共同で、試験運用を始めたところまでは順調だった。

不動産データ公開検討の変遷
不動産データ公開検討の変遷

 しかし、計画では2018年に不動産総合データベースを正式運用開始する予定だったところ、蓋を開けてみると2020年、この動きは「一旦ペンディング」になっていた。国土交通省に理由を尋ねると、「民間のサービスがいろいろ充実してきているから、それを圧迫するわけにはいかない」と回答があったという。

 2020年に内閣府の成長戦略ワーキンググループで、また不動産共通IDが必要だと議論が始まった。巻口氏は「デジタル庁もできたので、各官公庁のデータがデジタル化されれば、ある程度進む可能性も出てくると思うが、一事が万事そういう状況」と指摘して、このように想いを打ち明けた。

不動産データ公開検討の変遷
不動産データ公開検討の変遷

 「私は27年前から不動産業界にいて、データの整備の課題は常々実感してきたし、我々はずっと待っていた。でも、長いこと待っても、なかなか実現しない。だったら我々不動産テック協会が、中立的な立ち位置で、不動産共通IDを皆さんに使ってもらえるように整理しようと、2020年7月から取り組みをはじめた」(巻口氏)

「不動産共通ID」とは何か

 話題は、不動産テック協会が推し進めている「不動産共通ID」に移った。その前段として巻口氏は、2008年に国が発足した不動産ID・EDI研究会のレポートを引用して、不動産共通IDがあれば、投資分野、不動産管理分野、行政など、市場全体が大きなメリットを享受することを紹介した。

不動産共通IDの社会的貢献
不動産共通IDの社会的貢献

 現在、GEOLONIAと不動産テック協会が共同で、不動産共通IDを開発しているという。不動産共通IDとは、「住所と建物名を叩けば、同じIDを返す」という仕組み。「不動産の総合データベースを作る」という、国交省のみならずいろんな民間企業が着手して、ことごとく失敗してきた取り組みとは、一線を画するものという。

 「データを集めれば便利になるから、みんなのデータを私にください、というのはうまくいかない。不動産業界では、データは虎の子。いくら便利になると言われても、反発を生む。なので我々は、データそのものを取得するのではなく、各社が必ず持っている住所と建物名を叩いてもらって、揺らぎがあっても人間が見て物件を特定できるレベルであれば、同じIDを返すという仕組みを構築した。利用者は、不動産テック協会を介することなく、勝手にデータ連携することができ、そのほうがただ便利だという世界観を作っている」(巻口氏)

不動産共通IDの取り組み
不動産共通IDの取り組み

 不動産共通IDを使えば、仲介会社、銀行、管理会社、ディベロッパー、不動産リフォーム会社、さまざまな企業間でデータ連携できるようになる。利用者が増えることで価値も高まるというわけだ。基本は無料公開だという。住所と建物名という誰もが登録をしているデータを使うため、新しいシステムを開発する必要もない。ただし、正規化住所や正規化建物名などのデータを取得できるAPIは、有償の予定としている。「アクセスが増えれば増えるほどサーバー代の運用代が積み上がるので、それをペイするくらいは有償化で回収したい」(巻口氏)。

不動産共通IDの取り組み
不動産共通IDの取り組み

 不動産共通IDのシステム構成についても説明があった。基本的には地図をパネル構造にして、そのパネルにIDを振っていく形。いくつかの技術的な課題もあるが、2021年4月から100社以上の企業がベータ版を利用中で、10月以降に正式版をリリースする予定としている。システムはオープンソースなので、APIの仕様などもすべて公開されている。

不動産共通ID システム構成
不動産共通ID システム構成
不動産共通ID API仕様
不動産共通ID API仕様

「不動産共通ID」活用事例とメリット

 最後に、不動産共通IDの活用事例を紹介した。たとえばイギリスでは、地方行政団体が不動産に割り振っていたIDを国単位で取りまとめた。そして、国立公園の管理、郵便集配のためのデータ分析、課税のための評価、緊急時の経路整備など、各種住民のサービスのために活用している。不動産のIDを活用して課税評価額を算出できるようになったことで、効率が上がり、税収が増えた事例もあるそうだ。

英国での不動産ID活用例
英国での不動産ID活用例

 日本でも、不動産共通IDを活用する、さまざまなメリットが明らかになりつつある。たとえばスマートロックを手がけるライナフは、ヤマト運輸と組んで、スマートロックを使った置き配システムを実現している。

 昨今よく聞く「空き家問題」も、現地調査かアンケート調査に依存するという性質上、実際に空き家がどれくらいあるかが分からないのが現状だが、国土交通省が保有する大量の衛星画像データから夜間光を特定し、不動産共通IDを活用してガス、電気、水道の使用データと連携させて分析すれば、高精度で空き家を特定できるという。

 ほかにも、修繕履歴情報を開示したほうが高額で販売できると判断した事業者が、不動産共通IDを使ってデータを管理することで、修繕履歴データの売買や情報開示請求が可能になる。そして、今までどこにも集約されていなかった物件の修繕履歴を蓄積していくことが見込めるという。

不動産ID活用例
不動産ID活用例
異業種とのデータ連携事例
異業種とのデータ連携事例

 スマートシティという文脈における、不動産共通IDの有用性についても言及。「さまざまな場面でデータを分析することによって、住みやすい暮らしや、利便性を高めるための各種サービスを開発していかなければと思うが、不動産共通IDを使えば、先ほど話した運送の事例だけでなく、ヘルスケア、見守りサービス、民泊、犯罪抑止にも活用できる」(巻口氏)。

 行政からの活用ニーズも出始めているという。東京都からは「不動産共通IDを活用することで、たとえばオレオレ詐欺の拠点になっている物件の特定に活用できるのでは」という声かけがあることを明かした。

スマートシティにおけるデータ利活用例
スマートシティにおけるデータ利活用例

 このように、不動産共通IDは無限の発展性を秘めている。巻口氏は、「いかに多くの人に使ってもらえるかが重要。APIでデータを連携する世界観が作れれば、スマートシティの利便性をより高められるインフラになる。そういう思いで、我々は無償で不動産共通IDというものをつくっている」と話して、講演を締めくくった。

Real Estate Data Exchange Market
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