Netflixで配信された「ブラック・ミラー:バンダースナッチ」は映画でありながらも、ゲームでもあるという新しいエンタメの形だった。ファイナルファンタジーをはじめとした、「映画のようなゲーム」は、いまや世間一般にも浸透したが、「ブラック・ミラー:バンダースナッチ」はその逆であり、「ゲームのような映画」と言えるだろう。
日本でも1996年に発売したLeafの「雫」をはじめとする、「ビジュアルノベル」と呼ばれるノベル寄りの美少女ゲームが、1990年代後半あたりから高い人気を保っている。海外におけるビジュアルノベルへの理解は、キャラクターと背景、そこにセリフを記したテキストボックスを組み合わせたスタイルというものが強いが、日本では、全画面にメッセージが出るタイプのイメージで、特定の主人公を操作するというよりは、プレーヤー自身が冒険するタイプが多いだろう。対話を中心にストーリーを読みとき、ときにはプレイヤーの選択によって、物語が分岐していく。しばしば文学性を感じることもできる。
一方で、「ブラック・ミラー:バンダースナッチ」はアドベンチャーゲームのように選択肢が出てくる映画だった。ゲーム要素が混じった映画であり、映像の途中で選択肢が10秒ほど表示され、そのどちらかを選び、物語の展開を視聴者自身で選択していく。映画の中に選択肢が登場するという仕組みは、ゲーム的でインタラクティブだが映画であるという、映画とゲームの二つの世界の境界線が薄れた、新しい価値観の提供になったのではないか。
そして現在、この「ゲームのような映画」あるいは「映画のようなゲーム」がxRの技術によって、また新たに拡張されている。
元来のビジュアルノベルは、キャラクターの立ち絵とテキストで構成された画面でストーリーを読み進める「絵と音のついた小説」のようなものだ。それを、VRで表現したVRビジュアルノベルがいま注目されている。VRビジュアルノベルは、キャラクター視点、あるいはプレーヤー自身が物語の中に入って進めていくため、より自身の体験としてコンテンツを楽しむことができる。
元来のビジュアルノベルのようにテキストは目の前に表示されるが、それだけでなくキャラクターに動きがあったり、等身大で触れ合うようなことができるため、よりインタラクティブな仕上がりになっている。ただ、あくまでビジュアルノベルに近いため、キャラクター自体の動きは控えめであり、テキストを読ませたり、キャラクターの音声を聞かせることに重きを置いているように感じる。
VRビジュアルノベルの代表作と言っていいのが、MyDearestが提供する「東京クロノス」。本作では上記のように、キャラクターの滑らかな動きで魅了されるというよりは、テキストや音声使って物語にひきこまれていくという印象を持った。また、キャラクターの音声やテーマ音楽には人気の声優や歌手が起用され、より臨場感があり興奮する。女性キャラクターと2人きりで会話をするシーンでは、実際に隣にいるように感じがするため、すごくドキドキしてしまった。
スクリーンショットでは伝わりにくいが、東京クロノスを実際にプレイしてみると、これはいわゆる日本風のビジュアルノベルを、見事にVRの世界に拡張したものと感じられる。ミステリーのジャンルであり、そのシチュエーションや空気感などがかなり作り込まれており、主人公や登場キャラクターの心情や目まぐるしく変わる状況の説明が、自分の視界に字幕で表示される。コントローラーで次のテキストに進めていくと状況やセリフが変化していき、それに応じてシーンや音楽が差し代わる。ストーリーの途中では、選択肢が与えられるときもあり、その選択の結果でストーリーが分岐していく。また、一度ストーリーをクリアしてもう一度プレイすると、1回目とは異なった展開になったりもするため、どんどん東京クロノスの世界に引き込まれていく。
本作では最初にオープニングが演出として挿入されているが、元来のPCやスマホの二次元のビジュアルノベル的な演出から、途中でVR空間への次元拡張がされる演出がある。この演出を体験したとき、二次元から三次元へのビジュアルノベルの拡張により、人々はバーチャル空間へ自然な形で接続する時代に突入したというメッセージ性を感じた。これに関しては、実際にVRで体験したいただかないと感動が伝わらないため、ぜひ一度体験していただきたい。
MyDearestが東京クロノスに続いてリリースしたのは、「ALTDEUS: Beyond Chronos」である。東京クロノスが現代の渋谷を舞台としたミステリー系青春群像劇だったのに対し、ALTDEUSは2280年を舞台としたロボットアニメSFである。地球を襲撃した異生物「メテオラ」によって人々は地球の地下への避難を余儀なくされ、主人公たちは軍隊組織「プロメテオス」に所属する軍人として巨大ロボットに乗ってメテオラと戦うアクション性のあるVRビジュアルノベルだ。
東京クロノスは二次元的ビジュアルノベルをVRに拡張したような形で、他のVRストーリーゲームのようなキャラクターのモーションが多いものではなく、基本的にはモーションを取り入れず、カット割りでテキストとシーンで物語に引き込む感じだった。そのため、ビジュアルノベルとして当然ではあるが、受動的な体験であることは否めない。
一方でALTDEUSは、基本的にビジュアルノベルの形式となっているものの、ミニゲームや細かい会話、ストーリーの分岐がよりふんだんに取り入れられたことで、受動的な体験が苦手な人でもストーリーとゲームに没頭しやすくなった。本作のバトルシーンでは、ロボット操縦席にいるようなシーンで操作をするため、より臨場感の高い演出である。
このような「立体感」とそれに応じた「よりインタラクティブなゲームのアクティブ性」より、2次元と3次元の狭間にいるような感覚に陥る。VRビジュアルノベルは、プレーヤー自身が物語のキャラクターの視点で360度バーチャル世界のなか、ゲームを進めていくため、3次元としての体験に近いが、テキストを読み進めたり、キャラクターデザイン、カット割りなどのUXは2次元的な感覚に近い。
おそらくキャラクターに声を吹き込む声優や演者、シーン制作は3次元的なUXも考慮しつつ、2次元コンテンツ制作にも近い感じかもしれないが、実際にプレイするユーザー自身にとっては3次元的な体験になるのかもしれない。シーン作成をする際、プレーヤーの視点誘導などを考えると、平面ではなく球体でUXを作り込む必要があると思うが、カット割りやテキストは二次元のビジュアルノベルのようなUIにも近いため、そういった意味では「2.5次元的なコンテンツ」とも言えそうである。
「ある朝、目覚めたら虫に変身していた」
この衝撃的な一文は、フランツ・カフカの小説「変身(Die Verwandlung)」の冒頭である。そのカフカによる「変身」をモチーフにしたVRインスタレーション「VRWandlung」が、2016年に発表。日本でも2018年には展示された。チェコのアーティスティック・ディレクター、ミカ・ジョンソンが中心となって製作したというこの作品は、「変身」の小説に入り込んで巨大な虫に変身するというものだ。体験者は、小説の主人公ザムザと同様の視点で、変貌した体となって物語を体験する。VR空間は小説の記述に倣ってザムザの部屋が作られており、その外ではザムザの家族と上司が部屋に入れてくれと騒いでいる。この作品を通して、カフカが小説で取り扱った「疎外」というテーマを、身をもって体験するものとなっていた。
これは小説をVRに拡張した具体例になるだろう。今までの「文学を読む」という常識を完全に覆し、「文学を体感する」という新しい価値観を提供した。もちろん読むことで想像力が育ったり、読む人の人生経験によって感想が異なるというのが、文学を読むことの一つの醍醐味ではあるが、文学を体験するということで、新しい文学の楽しみ方や追求の仕方ができるのではないだろうか。
スウェーデンのゲームスタジオ「Cortopia Studio」が制作したVRアドベンチャーゲームに「Down the Rabbit Hale(ダウン・ザ・ラビットホール)」というものがある。こちらは、「不思議の国のアリス」が題材となったVRゲーム。「不思議の国」へと迷い込んだ少女を主人公の一人称視点と三人称視点の両方で手助けしながら、行方不明のペットを探すというストーリーとなっている。ジオラマを覗き込むようにしてパズルを解きつつ、ときに主人公視点に切り替わり会話を読み解いたりして、ストーリーを追っていく点が特徴。基本的には左スティックを使ってアリスをミニチュア世界の中で移動させていくので、その点は二次元RPGらしいインタラクションであるが、特定のシーンでキャラクターに話しかけると自動的に一人称に切り替わる。このときは三次元的な体験であり、ある意味ビジュアルノベルに近いと感じる日本人も多いだろう。
VR業界の盛り上がりを見ると、今後市場はより拡大していくだろう。それにあわせて本記事で紹介したような、VRを通じたインタラクティブな物語の創作も広がっていくものと思われる。その進化のなかで、今後は映画とゲーム、そしてアニメの境界線がどんどん薄れていくのではないかと感じている。それだけでなく、2次元と3次元がおり混ざったような作品も生まれてくるため、全く新しい価値観や概念が生まれてくる可能性も考えられる。選択を通じて、鑑賞者自身がストーリーや世界に干渉することができるようになった。そしてキャラクターへの干渉も可能になってくるわけで、今ままでのような物語を外から眺めるという感覚ではなく、物語の中に入って内側から外側を覗き込むような世界が当たり前になってくると想像すると、ワクワクが抑えられない。
齊藤大将
Estify Consultants OÜ 代表
テニスコーチを辞め、エストニアのタリン工科大学へ入学。在学中に現地案内・コンサルで起業。エストニアでのハッカソンでの受賞歴や、登壇多数。大学院での研究テーマは文学の数値解析と小型人工衛星研究開発。現在、フリーランスのクリエーターチーム(nurumayulabs.com)で、DXコンサル、アプリやIoT、データサイエンスなどの開発業務を行いつつ、VR学習アプリやバーチャル×芸術の創作を行っている。
Twitter @T_I_SHOW_global
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