角氏:東さんが先行事例となったのであれば、みんな同じようにすればいい、とはならなかったのですか?
東氏:その時は駆け出しで、異端児的に動いていたので会社としてくみ取ってもらえる状況ではなかったですね。僕も自分のことで精いっぱいでしたし。その後結果として、やはりはみ出し気味にはなってくるわけですけど。
角氏:はみ出し気味になったんですね(笑)
東氏:ならばということで、販売に近い営業開発のようなところ、直接お客様に技術提案をするセールスエンジニアという部署の東京の担当になったんです。お客様ともいろいろとやり取りができる部署で、そこから本格的にいろいろなことをやり始めたわけです。
角氏:開発と提案ができるからいろいろとやってみようと。たとえばどんな?
東氏:2014年に窓のふるさと、本場であるドイツのイベントに出展しました。フェンスターバウという大きなイベントなのですが、iPhoneみたいなガラストップ型の窓を出展したんです。向こうは日本みたいに横にスライドする引違い窓の文化がないので。
角氏:ドイツは押す感じ?
東氏:「外部から攻めてくるものは入れない。押す」という文化ですね。ドレーキップ窓という、内側にも開くし、上側が換気用にも倒れる機能的な窓が一般的です。
角氏:出展してどうだったんですか?
東氏:反応が良かったですね。日本からもお客様が見に来ましたし、ドイツにはその後R&Dセンターも設置されました。そして実は、その出展した窓が今進行中の新しい取り組みにつながっているんです。詳しくは言えませんが、裏側で新規事業に挑戦していて、それが先般の配信番組でもお話ししたものです。つまり家を建てる建築業界における人材不足と高齢化の話、大工さんが不足しているという話ですね。メーカーとしては、現場作業を工業化するための取組み(商品化)を検討したり、他方でその工業化された商品を施工するための人材育成も検討しています。今本当に大工さんがいないので、ある程度工場で家の壁面を工業化した状態にして、少人数でかつ安全にも配慮して対応できるものをやってみたいと思っています。それが、これからYKK APというメーカーとしての軸になってくるのです。
角氏:プレハブ的な家づくり?現場の負担を軽くできるような工夫をしているのですか?
東氏:いま世の中の家は、8割を大工さんや地域の工務店、2割をハウスメーカーが作っているんです。その8割のところで、実は今大工さんも基礎屋さんもどんどんいなくなってしまっている。そこを工業化して何かできないかと考えています。
角氏:基礎は工業化できるんですか?普通現場で職人さんが打設をしますよね?
東氏:今はいろいろなやり方があって、工場である程度工業化して現場に設置する方法や型枠を残置する方法など数多新技術が存在しています。住宅の基礎のほとんどは、のれんや看板のない専門の基礎屋さんが下請けで作っています。その人たちは基礎会社という組織のもとで仕事をしているのではなく、ほとんど材料と技術、経験だけで仕事をしていて、そこにはメーカー色が全くありません。つまり協会もないし、基準もあいまいなのです。
そこで、基礎職人さんでなくてもできるモノづくりができないか?職人さんがいないわけですから他の全く異なる職域の人でもできたり、身近なところで工務店の社員さん達でもできるような形にできないか?考えています。
角氏:大工さんが担っている部分はどうなるのですか?
東氏:基礎ができた後、上物は窓と断熱材付きのパネルで作れば工期が物凄く縮まります。いま他企業と一緒に取り組んでいる商品で「未来パネル」といって、パネルに窓も断熱材も入った工場生産の複合パネルユニットをつくって、大工さんはそれを含んだ家一棟キット化された住宅部品として組みあわせて家を建てます。
角氏:パネルの中に全部組み込まれているんだ!
東氏:パネル化されているので、家の外皮施工が1日でできてしまいます。内側からビスを決められた間隔で打って留めていくだけで、初めての大工さんでも対応できます。また大工さんも高齢化しているので、内側からの作業は凄く喜ばれるんですよ。普通だったら、足場を作って外側から重い窓を付けますから。ちなみに、窓ガラスも3層で性能が高いんですけど、その分重くなってきています。
角氏:これは凄いなあ。
東氏:これで作業が10日くらい縮まります。軸を入れて、内側は下からパネルを入れていって、夕方になったら屋根まで仕上がります。次の日からは、大工さんが1〜2人で内装をやっていけばいい。
角氏:工期短縮すると人件費も浮きますしね。
東氏:その建築スタイルをこれから普及させようとしていて、その一環としてYKK APが中心となり、先日神奈川県真鶴町に「真鶴の家」という最新のモデルハウスをオープンさせていただきました。真鶴の家は、われわれが考えている未来の家の姿のある意味完成形です。建物自体はそのコンセプトで作られたキットハウスで、未来ドアや未来窓などのYKK APが提供する商材に加えて、AIスピーカーを始めとする最新テクノロジーが入った未来の家の在り方やライフスタイルを提案しています。
角氏:真鶴の家のコンセプトを実現するためには、当然1社ではできませんよね。未来パネルもそうですし。そのための仕掛けや仕組みづくりも東さんがされたのですか?
東氏:はい。それでYKK APの新規事業統括部長のほかにもいくつかの肩書を持っているんです。なかなか会社の枠組みの中だけで進められる話ではないので。
後編では、東氏が描く壮大なビジネスモデルとそれを実現するために既存の枠をはみ出しながら前に進める活動について、そしてそれがどうYKK APの新規事業につながっていくかという話をお届けします。
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
住環境に求められる「安心、安全、快適」
を可視化するための“ものさし”とは?
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」