朝日インタラクティブが、スマートシティをテーマに開催した「不動産テック オンラインカンファレンス2021」。9月1日には「スマートな暮らしや働き方は地方にも--自然豊かな山や島×ワーケーションの可能性」と題して、日本各地でワーケーション普及に向けて取り組むキーパーソンたちによる熱い議論が交わされた。
当日は、和歌山県情報政策課長でワーケーション自治体協議会事務局なども務める桐明祐治氏、長崎県五島市でワーケーションを推進する一般社団法人みつめる旅代表理事の鈴木円香氏、神戸市 医療・新産業本部新産業部 チーフ・エバンジェリストの栗山麗子氏の3人が登壇した。モデレーターはCNET Japan編集長の藤井涼が務めた。
トップバッターは、和歌山県の桐明祐治氏。和歌山県と長野県がリードして設立した「ワーケーション自治体協議会」の事務局や、観光庁「新たな旅のスタイル」検討委員会に唯一自治体からの委員として参加している立場から、「ワーケーションとは何かについて、アイスブレイクと認識合わせとして説明させていただきたい」と挨拶した。
桐明氏は、「ワーケーションとは、Work+Vacationの造語。いつもと違う場所でいつも通りの仕事をしながら、いつもと違う経験や体験をすることだ」と整理したうえで、ワーケーションの価値をこのように説明した。
「コロナの影響で在宅ワークなどのリモートワークが一気に進んだが、『滞在する地域で、いつもと違う経験や体験をすること』こそ、ワーケーションならではの価値。Vacationのみならず、企業、個人、地域、それぞれにとってのさまざまな価値を提供することが重要。価値があるからこそ、コストを払ってでも足を運ぼうということになる」(桐明氏)
日本は、海外と比べてフリーランス人口が少なく、サラリーマン人口が多い就労構造だと桐明氏は説明。そのため、ワーケーションが世の中に浸透しにくい傾向にあったが、現在は企業からもワーケーションの可能性や価値が注目されていると話す。
「企業が抱える課題解決に向けた手段として、ワーケーションを活用してみてはどうか。ES(従業員満足度)向上、コロナ禍で希薄化するチームビルディングの強化、地域に対するCSV(共通価値の創造)やESG(Environment、Social、Governance)投資、機能分散という観点もあり得る」(桐明氏)
桐明氏は、和歌山県でも企業向けに、和歌山ならではの価値あるワーケーションを提供していることにも触れつつ、国内ワーケーションの動向へと話題を移した。同氏はワーケーション自治体協議会の活動の中で、「地方側のワーケーションへの関心の高まりを強く感じている」という。
ワーケーション自治体協議会は、和歌山県と長野県の両知事が呼びかけて、2019年11月に設立された。目的は、地方がリーチするべき“都市部の企業”への、情報発信力の強化だ。当初の参加数は65団体だったが、2020年7月には当時の菅官房長官の「政府としてもワーケーションを推進する」という発言もあって、参加団体が一気に増加。2年間で3倍に増えたという。
同協議会では現在、政府要望活動、「Facebook」を活用した情報発信、会員自治体向けのオンラインセミナーや情報交換会の開催などを行っているが、今後はさらにワーケーション推進に向けた動きを加速するという。
「官民で地域課題を解決していくアイデアソンといった、実際に中央省庁の方々にもワーケーションを体験いただき、企業の方々ともその地域で混じり合っていくイベントを、2021年9月から11月にかけて実施したいと考えている。また、2020年10月には企業を送り出す側の経団連、日本観光振興協会と、受け入れ側である自治体協議会と、三者で覚書も締結しており、両輪での推進に取り組む全国的な動きもある」(桐明氏)
続いて登壇したのは、2018年より民間事業者の立場から、長崎県五島市のワーケーションを推進してきた鈴木円香氏。「4年前に旅行で訪れた五島があまりに素晴らしかったので、五島をPRしたいといろいろ始めた。結果的にワーケーションの企画運営が、ライフワークになっている」と挨拶した。
鈴木氏が代表理事をつとめる一般社団法人みつめる旅は、4人の理事全員が“五島ファン”。「年1回、イベントという形で、大きな尖った企画をやるようにしている」という同氏は、これまでに手がけた3つの事例を紹介した。
1つ目は、2019年に行った「リモートワーク実証実験」。30人の定員に対して140人の応募があったため、参加者63人で約1カ月間、リモートワークを行い、これが五島のワーケーションの前身になった。また、パートナー企業だったNTTドコモともこれが縁で、市との連携協定やスマートアイランド構想での協働へと発展したという。
2つ目と3つ目は、五島市主催のイベントだが、いずれも観光閑散期の冬に長期滞在でワーケーションを誘致した。五島市観光の平均泊数は1.5泊だというが、真冬にも関わらず平均泊数は4泊、6.3泊と増加傾向だったという。また、「スマートアイランド構想でお世話になりそうな企業に協賛いただいた」(鈴木氏)ことも、大きな効果だった。
「私たちのメインターゲットは、都市部のIT人材、世帯年収1000万円くらいの層。参加者の属性を分析すると想定どおりだった。スマートアイランド構想やスマートシティの観点でも、とても親和性の高い層が参加していたと思う」と、鈴木氏は振り返る。
役職別では、参加者の約4分の1が経営、経営企画、事業開発に関わるポジション、業界別では約3分の1がITや通信、組織の意思決定層は約4割にのぼった。「プロジェクトの決済者が集まるワーケーション」という成果を得られたことについて、鈴木氏は明確な戦略があったことを明かした。
「感度と熱量の高いビジネスパーソンという“個人”を入り口に、地域と化学反応を起こしていくよう設計した。課題解決や企業誘致を入り口にしたわけではない。というのも、五島市は旅費が沖縄の1.5〜2倍かかるうえに、直行便もない不便なところ。それでも現地に行って五島にコミットしたいという、ある意味少し変わっている、でも非常に優秀な“個人”を誘致することで、滞在中に地域をより好きになり、地域の課題を肌で感じて、『自分の持っているリソースで何かそこに関われるだろうか』と自主的に考えていただくことが大事。そこから、長期コミット型の企業協業へとスムーズにつなげていきたい」(鈴木氏)
五島市のスマートアイランド構想は、洋上風力発電を中心とした再エネなど取り組む分野を定め、2030年をゴールに始まったところ。すでに、マグロの養殖者の作業効率化と安全確保を実現するICT/IoTを使った実証実験や、アバターやドローンを使った遠隔医療や配送の実証実験を実施している。
最後に鈴木氏は、スマートアイランド構想におけるワーケーションの役割をおさらいした。「優秀なビジネスパーソン、特に決裁者の誘致。つながりを持ちたい企業とのネットワーク。長期滞在を通じた、地域に対する愛着の醸成や課題に対する理解促進。この3つの役割をワーケーションで実現し、島内のトップランナーをしっかりと巻き込んだスマートアイランド構想に接続していきたい」(鈴木氏)
最後に登壇したのは、神戸市役所で首都圏のプロモーションを担当する栗山麗子氏。「実は、神戸市は自然も豊か」という認知ギャップを逆手にとった訴求や、多様な働き方や企業の実証実験を支援するという取り組みなどを紹介した。
栗山氏は冒頭、「神戸市は、横浜と似たような港町で都会というイメージが強いが、三宮から30分で六甲山という素晴らしい山もあるし、里山エリアも非常に広くて農業も盛んなところ。神戸をひとことでいうと、コンパクトかつコントラストがある都市だ」と紹介。従来の神戸のイメージとは全然違う、“田舎の魅力もある神戸”を伝えるよう心がけていると話した。
そんな神戸では、「六甲山上スマートシティ構想」が始まっている。六甲山は標高931m、市街地より5度近く気温が低いため、かつては避暑地として栄えたそうだ。「都会から近いのに、密を避けて自然の中で暮らせる、働ける」という六甲山の価値を再定義して、企業や個人を幅広く誘致している。
ワーケーションをはじめ企業やビジネスパーソンを受け入れるための環境整備も進めている。2020年冬には、六甲山光ケーブルを開通。2021年春には、六甲山上のビジネス交流拠点として、宿泊もできるシェアオフィス「ロコノマド」をオープンした。栗山氏は「車で行けば三宮から30分、ケーブルカーで山上に登り歩いて行くこともできる。大自然の中を歩いている間に自然とギアチェンジして、気分転換して仕事を始められるので、ワーケーションなど長期滞在にもぴったりの場所」とアピールした。
また、「ワーケーション×副業」の企画も、この秋にはスタートする予定だ。いますぐ働きたい人とすぐに人手が欲しい事業者をマッチングして即日支払いするサービス「Timee(タイミー)」とコラボレーションして、より深いエンゲージメントの創出を目指す。
「神戸市は、役所で副業人材40人を採用するなど、副業についても推進力のある自治体。ワーケーション×副業のほか、新たな副業推進施策もうまく活用して、参加者にも神戸市内の企業にもメリットがあるような形で進めることで、関係人口の創出を目指したい」(栗山氏)
さらに栗山氏は、先進的な技術を活用して社会課題を解決する「Be Smart KOBE」、自治体の課題解決に民間企業をマッチングする「Urban Innovation KOBE/JAPAN」など、企業とのさまざまな取り組みにも言及した。
「企業の実証実験に対してフィールドを提供しようというのが神戸市の姿勢。都会ではできないようなことや、不便なところだからこそ実証実験する意味があることに、技術やフィールドをお互いに提供しあってやっていきたい」(栗山氏)
自治体自身が新しい取り組みに向かっていく力に、ワーケーションや副業など地域外のプレイヤーも参加しやすい施策を融合させることで、「実験都市神戸として、たくさんの掛け算の力で新しい取り組みを進めて行きたい」と栗山氏は締めくくった。
3名の講演を踏まえて、モデレーターの藤井から2つの質問が投げかけられた。1つ目は、「コロナの影響で、ワーケーションに行きたい人も行きづらい状況が続いているが、いつか必ず出口が見えてくるはず。今後のチャンスについて、どう見ているか」という質問だ。
桐明氏は、「ワーケーションのボトルネックになっていた企業側のそもそもの課題、ソフトインフラ、労災、勤怠などが、コロナ禍でリモートワークの制度整備が進んだことでクリアになってきた。地域に足を運んでいただくための魅力の発信を頑張っていけば、一気に進んでいくのでは」と話した。
これを受けて栗山氏は、「コロナ禍で人の価値観は大きく変わった。ここ数年のキャンプやアウトドアブームとは一線を画する意識改革が起き、地方の財産である自然に対する付加価値が上がっている」と付け加えて賛同した。
2つ目は、「地域のスマート化は都市部とは違う発展をするだろうか」という質問。五島市のスマートアイランド構想にも詳しい鈴木氏は、「少子高齢化が極端に進んでいるエリアは、ITリテラシーや使う頻度も都市部とはかなり状況が違う。誰ひとり取りこぼさない実証をすると意味でも、地域はよいフィールドになる」と話した。
視聴者からの質疑応答をきっかけに、ワーケーションと地域のスマート化の本質が垣間見える場面も多々あった。たとえば、「今後、多くの自治体が関係人口創出に向けてワーケーションに力を入れていくなか、自分の自治体が勝つためではなく、それぞれにいいところがあり、それぞれの人にあった場所がある、それをわかりやすく伝えるのがブランディング」(栗山氏)
「ワーケーションを推進するにあたって必要なことは、自分たちの目的や期待を明確にすること。そうでなければ、持続せず差別化も図れない。流行りに乗るのではなく、自分たちの軸を議論するべき」(桐明氏)や、「自治体がワーケーション推進に取り組むにあたり、民間事業者の協力は、行政、パートナー企業、メディアで3者の利害調整をするうまく着地させるために役立つ」(鈴木氏)といった言及もあった。
最後に、「観光資源がない地域ではワーケーションに取り組むことは難しいか」と問われると、3者とも「そんなことはない」と口を揃えた。桐明氏は、「最終的には、“その人に会いにいく”みたいな、人の魅力が人を惹きつけるのだと思う。地元にそういう方は必ずいらっしゃるので、その方をハブにしながら関係構築を目指してみては」と話した。
これに対して栗山氏は、「まさにその通り。観光地であるかどうかは、あまり関係ないと思う。地域にいる人との接点をどう持たせるかは大事」と発言。鈴木氏も「観光資源はなくてもいい。ワーケーションは、生活者の目線で、日常の延長線として行くから価値がある」と話して共感を示した。
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