「東方ダンマクカグラ」アンノウンXに聞く--同人サークルと大手企業はいかにして連合軍を組んだか - (page 4)

それぞれの心の中に、自分の東方Projectというものを持っている

――みなさんから見て、東方Projectはどんな存在ですか。

JYUNYA氏: 初めてプレイしたときには20年ぐらい前ですけど、すごいシューティングゲームだと感じて。そしてだんだんと、この世界観を使って何かを作りたいと。そして二次創作が許容されていて、僕が考える東方Projectの続きを作ることができる、それが許されていることが信じられなかったです。自分が満足できる作品がきたときの楽しさ、そしてさらに原作の新作を楽しんで、また新しい作品を作るという永久機関があると。

 原作を中心とした世界観を体験するのも面白いし、その世界観の一端を担う二次創作を自分で作ってユーザーを楽しませる喜びもある。両側から楽しい体験を20年できてます。昔に比べたら、規模は大きくなりすぎたぐらいの状態ですけど、変わらず楽しめてます。ユーザーと制作者としても楽しめる何でもありな界隈だと感じてます。

上田氏: 逆に、もう20年となると距離感が近すぎて測れないところはありますよ。

JYUNYA氏: 何が楽しいのかもわからないことも多いですよ。そういえば、DeNAの取り組みのなかでも、自分から見て無茶苦茶な提案だと思った時、東方Projectの歴史や文化を考えるとZUNさんは嫌がると思ったら「それ面白いじゃん」ってZUNさんご自身が言って(笑)。何を持って東方Projectなのか、それがいいのかも未だに測りかねてます。原作者の解釈がリフレッシュされていくのも面白いですね。

上田氏: 二次創作が自由に広まっていて、いい意味での雑多な世界観が唯一無二ですね。ZUNさんという個人制作者から始まった世界観が、自由に二次創作を作ってほしいとしてこんなに広まるという。世界で見ても類がないものです。そしてそれぞれの心の中に、自分の東方Projectというものを持ってます。

 そんななかで、AQUASTYLEは「俺たちが信じる東方Projectはこれ」というものを制作して提示するという、プロダクトアウトするチームで、DeNAはみんなが望んでいるものを提供するマーケットインのチームです。複数の正解が存在するという環境でマーケットインを考える難しさと面白さ、そしてプロデューサーとして関わることができる幸せを感じました。

 嫌われないことも大事だけど、無難にいくと尖ってなく引っかかりもないゲームになるので、いろんなものの最大公約数を見極めて絶妙なバランスを取るようにやってきましたし、そこが東方Projectの面白いところですね。

田中氏: 作品やIPについては、2人がお話したことがほぼ全てかなと。それで思ったのは、20年以上JYUNYAさんが制作してきたことや、上田が感動しているところを見たときに、東方Projectは、本当に多くの人にチャンスと創作の機会を与えてくれた存在だと。日本でのUGC(ユーザージェネレーテッドメディア)における、太陽みたいなものだと思っていて。二次創作の音楽も同人誌もゲームもそうですけど、東方Projectに関わって人生が変わった人はたくさんいます。

 それに僕自身も関わって人生が変わるような楽しい思いをさせてもらっているんですけど、それぐらいすごいもののお仕事をさせてもらっていることが嬉しくもあり、刺激的なものだなと感じてます。

JYUNYA氏: 自分の信じた東方Projectを信じ切れる、その環境があることが熱量の高さを生んでますね。

田中氏: ファンが熱心なのは、なんらかのいい影響を受けているからです。そもそも嫌な思いをしたものに、ここまで熱心になることはないので。すごく楽しいし“何かをやっている感”を感じられる作品はそこまでないと考えると、それぐらい自由で、ZUNさんという神主が与えてくれたフィールドが楽しいから、これだけみんな熱心なんだと思います。

上田氏: 受け手になるより、作り手になるほうが熱量がいるんですよ。東方Projectの界隈は、みんな何かしらの意味で作り手なんです。原作が作り手を刺激するようなものになっていて、いろんな空白が存在してる。そして自分で妄想したり想像することができるんですね。受け手であるのと同時に、作り手にもなれるみたいなところが、熱量を生み出しているところだと思います。

田中氏: 実際、ハードルが高く感じる方もいらっしゃると思います。東方Projectについて説明するとなると、すごく難しい。原作をプレイすればわかるかと言われると、その一端にすぎないですから。界隈でやっていることが、ある意味全部正解でもありますし。

 そのなかで我々がやっていることは、こういう面白さがあるという動画やライブを配信することで、少しでもこの世界を知ってもらって引き入れるということですね。DeNAでもすごく詳しいメンバーと、社内的にも知らない人に知ってもらうという2つの環境があるからこそ、こういうことができているところがあります。

JYUNYA氏: 自分たちが、東方Projectを知らないある開発会社に「東方ってなんですか?」と言われたとき「えっ……東方です」としか言えなかったんです。いわゆる「ご飯ってなんですか?」と言われているようで。20年以上東方Projectに親しんできて、それが好きな人たちばかりだったから、空が青いのは青いからだとしかいいようがないところもありましたね。

田中氏: 「東方Projectは大きいコンテンツで、熱心なファンもいるからお金になりそう」と、外側からはイメージされるかもしれません。でも、JYUNYAさんというパートナーを得たことによって、すごく柔らかい部分を持ちつつも、自分たちが信じた世界がある。そういう信念を持っている人たちがみんなで作ってきた世界なので、これを荒らしてはいけない。これは大きいIPだからビジネスになるとは、絶対に言ってはいけない世界だと。これがプロジェクト初期にDeNA側で広めた思想でした。

――長く東方Projectに親しんでいくなかで、ファンの人たちの変化を感じることはありますか。

JYUNYA氏: 国際化はあるかな……。ゲームに中国語と英語を入れたら、購入者は半分ぐらいが海外ユーザーということもありましたし。ただ、国内では見えてなかっただけで、昔から潜在的に存在していたんだと思います。言語翻訳がしやすくなったり、Steamでの販売するようになったりして海外にも届けやすくなったことで手に取るハードルがさがって、規模感が爆発的に増えたとも言えるし、可視化されるようになったとも言えます。

 あとは、知らず知らず触れている潜在ユーザーも多いと思います。エンタメが好きな人であれば、なんらかで曲を聴いていたり、「ゆっくり実況」や「ゆっくり解説」(※音声合成ソフトを活用してテキストを読み上げ、主に霊夢や魔理沙といった東方Projectのキャラクターが、ゲーム実況や解説行う動画のこと)は見たことがあるとか。そういう潜在ユーザーの多さとワールドワイドの人気を感じるようになりましたね。

上田氏: 時代によってゲームプラットフォームの変化や、海外でもリリースできるようになって届けやすくなったといった変化はあると思いますけど、本質は変わってないと思います。みんなが作りたいものを自由に作って、それが許される環境は変わってないので、こんなに受け入れられているし、まだまだ伸びていくと思います。

田中氏: 海外ファンとZUNさんが触れあう機会を作ったほうがいいと考えて、ZUNさんと中国の同人ゲームイベントに行ったんです。そうしたら、後夜祭的なイベントで、ZUNさんと乾杯したい人の列が途切れず、どこからきたんだろうというぐらい人が来たんです。やはり多くの方に影響を与えた存在と感じられましたし、東方ProjectはZUNさんのライフワークにもなっていて、ご自身が感じたこと、やるべきと感じたことをやって広がっていってるとも思います。その周りでの盛り上がりもずっとあって、これからも変わらないかなと思いますね。

プロジェクトベースになるゲーム制作の未来と、必要な「好き」の気持ち

――東方Projectの二次創作ゲームもそうですが、昨今では個人や小規模のゲーム制作として、インディゲームも盛り上がりを見せていますが、この状況をどう見ていますか。

田中氏: 同人ゲームやインディゲームから、アニメ化などメディアミックスする作品がどんどんでてくるようになって、ビジネス色が増してきていますし、それを幅広く受け入れられる土壌も出てきていると感じます。

 一方で、東方Projectの二次創作の方を見ていると、本人が楽しく作っていること、本人が大事にしている世界観を守っていかないと、簡単にビジネスにすると言ってはいけないとも感じてます。ビジネスする上で翻訳する立場だったり、お互いに理解して進めないと、盛り上がっているところが止まってしまう危険性もはらんでいて、それは嫌だなとも思います。

JYUNYA氏: 僕らは、インディというよりも同人というプライドでやってきたので、昨今のインディゲーム事情はよくわからないし、わからないようにしているところもあるかも。20年以上前から個人でゲームを作ってきて、それを販売したお金で次回作を自分たちで作ることを繰り返してきました。今回は大手企業と組んでやってますけど、本質は変わってなくて、わがままも通してもらっていますし。……やはり回答は「よくわからん」ですね。あまり興味ないというのが正直な気持ちです。

上田氏: 来るべくして来た未来だと思ってます。これまでのゲーム開発は、資本なりメンバーなり必要で、敷居が高い状況にあったんです。それが、今では商業のクオリティのものでも作ることができる、そしてそのことに多くの人が気づいた。おそらくこの先、副業の解禁やテレワークによって、さらにプロとアマの境目も薄まっていく。この先、こういった状況が加速していくと思います。例えば、映画業界のようにプロデューサーがひとりいて資本を集めて、チームを自分で作ってゲームを作るという未来も訪れるかと。

 そういった状況において大事なものは、強烈な「好き」という気持ちです。企業として、仕事としてゲームを作るという方向性から、AQUASTYLEがずっとやってきたような、俺たちが信じる面白いゲームを作るというような方向性が先にあって、それがビジネスとなる時代も、すぐに訪れるでしょう。意外と「できる」という状況に気づいたのが今で、これが加速していって、将来的にはプロジェクトベースになるだろうと。そして。好きであることとお客さんを見ていることが、絶対に求められると感じてます。

――JYUNYAさんに伺いますが、「好き」をゲームなどで形にすることの推進力は何だと考えてますか。

JYUNYA氏: 愛情に対する折り合いですかね。ゲームクリエーターとして、納期を……守れないこともたまにあるのですけど(苦笑)。基本的に世に出ないゲームは無価値だと思っているので。本当は、100%これ以上やることはないという状態でリリースしたいという本音はあります。でも、そうしていると一生リリースできないこともわかってます。愛情を理由に、納得がいかないから延期するということもしたくないです。

 自問自答することもありますけど、こういうときは「これが今の100点だった。次はもっといいものを作る」と、前向きな折り合いを付けて進んでいくことですね。続けられる理由は、愛があるからこそ。そして愛情に対して前向きな折り合いが付けられるか、そこに尽きると思います。

 ちなみにダンカグは、一生作っていたいです。言い方は悪いですけど、リリースしたくない。ずっと自分の手元だけに置いて、自分だけで作って遊んでいたい気持ちはあります(笑)。

田中氏: よく言うんです。世の中に出したくない、自分のものだけにしておきたいと。

JYUNYA氏: だってリリースしたらレビューされて、俺の愛情が試されるわけじゃないですか。でも出した以上は、これを超える何かを作る。それが折り合いです。

――田中さんと上田さんは、こういう「好き」をビジネスとして形にすることの難しさ、取り組むのに必要なものは、どういうものだと思いますか。

田中氏: ダンカグのプロジェクトで言えば、とんでもない格差を埋める役割を諦めてしまえば一瞬で終わる話しで、やはり我々には東方Projectを扱えないと思われたままにすることもできたと思います。でも、どうしてもひっかかるところはあって、これが実現したらめちゃくちゃ面白いのではないかと。自分が好きな東方Projectに、DeNAという会社のレバレッジを効かせたら、とんでもなく面白いことができるのではというワクワクが止められなかったです。

 そして今までDeNAに在籍して培ってきたもの、大きいビジネスのロジックをフル活用して格差を埋めたり立ちはだかる壁を攻略して、こうすれば理解してもらえる、この人との関係性なら理解し合える、さらには自分の結婚式までも活用したり、ありとあらゆる方法を考え抜いてあきらめずにやったことは一番大きかった。

 ビジネスと好きをつなげることについて取り組むには、いろんなことをさぼってはいけないと。あらゆる能力やつながり、そして定量的なデータも使って、人にわかるように説明することは、最初にプロジェクトを動かし始めるときに、絶対必要なものだと思います。

上田氏: 僕はもう、このプロジェクト自体が巨大なゲームだと感じて取り組んでます。ものすごく大きな歴史シミュレーションゲームをやっているようなもので、例えばJYUNYAさんがこんなことを言って、上司がすごい反発するという出来事があったとしたら、ゲーム内イベントのひとつが発生したと思ったり、あとは戦力が足りないと思ったら調整してまわるとかですね。

 そもそも現実のゲーム制作は、一般的なゲームに比べたら極めてバランスが取れてないし、理不尽なことも多いし、ものすごく難易度が高い。でも、それをいつかクリアするとめちゃくちゃ快感なんですよ。自分でゲームをするよりも「ゲームを作る、というゲームをやっている」、それが楽しくなってしまった人種なんです。

 ビジネスプロジェクトとしては、会社を説得して世の中に出してインパクトを起こす。それがミッションとして存在しているのですけど、それ自体が僕にとってのゲームみたいなものだし、それが面白くて止められない。ある意味でジャンキーみたいなものですね。

――最後に、ダンカグのアピールポイントやコメントはありますか。

JYUNYA氏: 僕が一生楽しむためのゲームを作りましたので、ついでにプレイしていただければ嬉しいです。

上田氏: 一番いいコメントを先に言われたんですが(笑)。

JYUNYA氏: 関わってるみんなが思っていることだけど、DeNAからは言いにくいコメントだと思うので。

上田氏: リリースできないタイトルも星の数ほどあるなかで、世に出して反応ももらえるのは幸せなことです。遊ぶなかで、ゲームを作る人も増えてほしいです。それがダンマクカグラのありような気がしますし、そういう人が将来出てきてお酒が飲めるようなことができるといいなと。

田中氏: 2人の話しを聞いて、本当に立ち上げてよかったですし、諦めずに良かったと、それに尽きるかな。このあとユーザーが遊んでよかったと感じてくれたら嬉しいですし、JYUNYAさんがもう1本作りたいと言ってくださったのですけど、また新しいものを作る未来があれば、なお嬉しいですね。

(C)上海アリス幻樂団 (C)アンノウンX/AQUASTYLE・DeNA・xeen inspired by 東方Project

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