社員が疲弊する「残念なワーケーション」3パターン--出張や研修との区別は?

鈴木円香(一般社団法人みつめる旅・代表理事)2021年07月03日 09時00分

 全5回にわたるこの連載では、自身も東京と長崎県・五島列島をほぼ毎月のように行き来しながら「申込者の約4割が組織の意思決定層」というワーケーション企画の運営に携わり続けている、一般社団法人みつめる旅・代表理事の鈴木円香が、ビジネスパーソンに向けた超入門編を解説していきます。

 第3回は、実際にワーケーションを経験したビジネスパーソンから寄せられた「残念なワーケーション3パターン」についてです。

「残念なワーケーション」3パターン

 第2回の記事で「理想のワーケーションの4基準」を紹介しました。今回は逆に「残念なワーケーション3パターン」について書いていきます。

 コロナ前から都市部のビジネスパーソンを対象としたワーケーションの企画・運営に携わり、ワーケーションのヘビーユーザーの皆さんにヒアリングをしていると、「また行きたい!」「ハマりそう!」という声とともに、「もう二度と行きたくない」という悲しい感想もときおり耳にします。そう漏らしてしまう理由は人それぞれですが、よくあるパターンにまとめていくと次の3に収れんします。

(1)人とのつながりがほとんどない
(2)とにかく旅程がハードすぎる
(3)出張や研修との違いがわからない

 ワーケーションには、お金も時間も投資が必要ですから、できる限り最初から「残念なワーケーション」は上手に避けていきたいものです。今回はそのためのポイントを具体的に紹介していきます。

残念なワーケション(1)「人とのつながりがほとんどない」

 これは、単身でワーケーションに出かけた場合により深刻なケースです。

 Wi-Fiの完備されたおしゃれなコワーキングスペースが徒歩圏内にあり、仕事をスムーズに行うために必要なものは全部揃っている。長時間仕事をしていても疲れないデスクとイスもある。プリンタもある。会議室もある。個室もある。オンラインミーティング用の機材一式もある。ホワイトボードもある。プロジェクターとスクリーンもある。カフェスペースもある。窓辺からは海が見える。コワーキングスペースの環境は申し分ない。でも、人がいない。という状況です。

 朝ホテルから仕事をしにコワーキングスペースにやってきて、昼までメールをチェックして返信したり、Slackでチームメンバーとやりとりをしたりして過ごし、「そろそろランチに行くか」とあたりを見回しても、誰もいない。いたとしても、PCに向かって真剣に何やら資料を作っていたり、どこか深刻そうな表情でオンライン会議に出ていたりして、ちょっと声をかけづらい。

 結果として、仕事をするのも1人、食事をするのも1人、土地を見てまわるのも1人……。滞在期間中そうした日々が続くと、「何のために遠くまでやってきたのだろう?」「普段よりなんだか孤独……」という気持ちが募ってきます。こういう孤独なワーケーションに遭遇してしまう人は、実は珍しくありません。

 慣れない旅先で、見ず知らずの人と自分からコミュニケーションを取りにいける人は、実際にはなかなかいないものです。また昔なら人に聞かなければわからなかったことも、今ではほとんどなくなり、たいていのことを自力で調べられるようになりました。地元の美味しい店も、雨の日の過ごし方も、初心者におすすめのアクティビティも、検索すれば適切な情報にすぐアクセスできてしまいます。

 特に、都市部でビジネスパーソンとして仕事をしている人であれば、新人の時から「最初から人に聞かずに、自分で調べろ」という習慣を身につけてしまっているので、旅先でわからないことを人に聞いてみる、という行動を避けがちです。結果として、滞在中地元の人とも、ワーケーションに来ている人とも、ほとんど接触のないまま帰ってしまったりします。

 このパターンを避けるためには、「仲間を募っていく」「旅先で積極的に人に話しかけるように心がける」など、個人の努力が必要ですが、運営側もワーケーションで訪れる人同士のネットワーキングの仕組みを用意するなど工夫が必要です。

「一人で仕事に集中時間」と「人との関わりを楽しむ時間」。ワーケーションにはどちらも必要だ(撮影:廣瀬健司)
「一人で仕事に集中時間」と「人との関わりを楽しむ時間」。ワーケーションにはどちらも必要だ(撮影:廣瀬健司)

残念なワーケーション(2)「とにかく旅程がハードすぎる」

 これも、もう二度と行きたくない残念なワーケーションの例として聞かれます。たとえば、新幹線と特急電車を乗り継いで片道5時間もかかる場所に、2泊3日でワーケーションに行くといったケースで起こりがちなパターンです。

 朝早い出発となりますし、初日は移動だけでクタクタ。宿について荷物を開き、PCを取り出し「今日の分の仕事だけでも片づけなきゃ……」と作業を始めても、うまくWi-Fiがつながらなかったり、充電器やコンセント、必要な資料などを忘れていることに気づいたりして、思うほど捗らなかった……という場面は、ワーケーションをしたことのある人なら「あるある」でしょう。

 「旅先で仕事をすること」は慣れてしまえば何ということはありませんが、最初のうちは予想外のトラブルに手間どることも織り込んで、ゆるめの予定を組んでおいてちょうどいいのです。

 夜は夜で美味しいものを食べて温泉にも入ってと思いのほかバタバタしてしまい、翌日は朝から観光、午後には地域との交流会が入っていて、気づいたらもう3日目でまた5時間の帰路につくーー。とにかくタイトで疲れたし、仕事もあまり進まなかった。身体がつらいので、せっかくの観光も普通の旅行ほどは楽しめなかった。リフレッシュにもならないし、仕事は溜まる一方だし、何のために行ったのかわからない……。

 こういう例も実は、わりと見受けられます。特にパッケージ化されたワーケーションツアーでは、コワーキングスペースで仕事をする時間帯まで一律で決められていて、午前はその地域の観光名所をバスでまわるツアー、午後は地域の人とアクティビティをともにしたり、地元企業を見学したりといった「地域交流型コンテンツ」に当てられ、それが終わると、またコワーキングスペースに送迎……。そんな旅程が隙間なくガッチリ組まれていたりします。

残念なワーケーション(3)「出張や研修との違いがわからない」

 これは、企業から社員が派遣されるタイプのワーケーションにありがちなパターンです。

 先ほどの(2)とも関連する要素ですが、とにかく旅先で取引先との打ち合わせが立て続けに入っている、公共事業を請け負っている企業であれば、ワーケーションで派遣される地域の地方地自体との打ち合わせがメインイベントである、といった具合です。

 こうなるともはや出張とほとんど変わりませんが、そうした打ち合わせと打ち合わせの間に、さらに観光ツアーや地域交流型コンテンツが組み込まれていて、「普通の出張より疲れる……」という残念な事態が生まれてしまいます。

 また企業によっては、ワーケーションを人材育成のための研修的な位置づけで考えているケースもあります。たとえば、30代の若手リーダー層がワーケーション先で、新規事業に挑戦している地元企業の人のレクチャーを聞いて意見交換会をしたり、異業種交流やネットワーキングをしたりすることで、成長して欲しいという企業側のニーズです。

 このようなケースが生じてしまう背景には、企業側が、社員をワーケーションに送り込むメリットをしっかり認識できていない点があります。メリットが明確にわからないため、「出張」や「研修」といった従来型の枠組みの中に押し込むことでどうにか「ワーケーションをする意味」を作り出そうとしているきらいがあります。

普段なかなか確保できない家族との時間を楽しむことも、ワーケーションの大切な要素だ (撮影:廣瀬健司)
普段なかなか確保できない家族との時間を楽しむことも、ワーケーションの大切な要素だ (撮影:廣瀬健司)

企業の抱える「課題」にワーケーションは効くのか?

 多くの日本企業が近年抱えている課題として、「全体的な労働生産性の低さ」「若手の離職率の高さ」「中高年のモチベーションの低さ」などがよく挙げられます。そして、これらの問題に対して、ワーケーションが一定の効果を生み出すのではないかという期待が寄せられています。

 しかし、それらの期待は現時点では、まだまだ解像度が低く漠然としていて、誰にどんな場所でどのような体験をしてもらえば、いかなるプロセスを経て、期待する態度変容がそれぞれの社員に起きうるのかについての知見が十分に溜まっていません。

 たとえば、「若手の離職率の高さ」という企業の課題を、ワーケーションという文脈の中で考えてみましょう。

 20代から30歳前後の若手が、会社から期待されているにも関わらず辞めてしまう理由は多様です。「40代、50代がイキイキと働いておらず希望が持てない」「あと30年、40年働くことになる自分たちも夢を持てるようなビジョンを会社が具体的に示せていない」「仕事が忙しすぎて、育児などプライベートとの両立が描けない」「組織や社会全体に貢献できているという実感が持てない」「このまま働いていても、一生使えるスキルや人脈が身につかなさそう」などなど実に多岐にわたります。

 これらの中でワーケーションが直接効果を発揮しそうな部分は、「仕事が忙しすぎて、育児などプライベートとの両立が描けない」「組織や社会全体に貢献できているという実感が持てない」「このまま働いていても、一生使えるスキルや人脈が身につかなさそう」あたりです。若手が抱えているこうした課題感に効くような、ワーケーション先での体験をしっかり設計していく必要があります。

 「全体的な労働生産性の低さ」や「中高年のモチベーションの低さ」といった問題についても同様です。どの問題も、分解していくと「ワーケーションが効きそうな部分」と「ワーケーションとは無関係な部分」が見え、社員に味わってもらいたい「体験」も定まります。

 「ワーケーション=WORK(仕事)+VACATION(休暇)」だからと、WORKの部分に既存の「出張」や「研修」の要素を安易にあてがい、かえって疲弊させてしまってはあまりにもったいないと感じます。それぞれの課題に対して、ワーケーション内で適切な「体験」を当てれば、一人ひとりの中で確実に態度変容が起きることは、筆者がこれまで手がけてきた企画の中で観察されました。

 企業にとってわざわざ社員をワーケーションに送り出すのは、コストもかかりますし、ある程度のリスクも孕みます。組織や社員のどんな「課題」をワーケーションを通じて解決したいのか、その点をまずはしっかり考えることが重要です。

鈴木円香(すずき・まどか)

一般社団法人みつめる旅・代表理事

1983年兵庫県生まれ。2006年京都大学総合人間学部卒、朝日新聞出版、ダイヤモンド社で書籍の編集を経て、2016年に独立。旅行で訪れた五島に魅せられ、2018年に五島の写真家と共にフォトガイドブックを出版、2019年にはBusiness Insider Japan主催のリモートワーク実証実験、五島市主催のワーケーション・チャレンジの企画・運営を務め、今年2020年には第2回五島市主催ワーケーション・チャレンジ「島ぐらしワーケーションin GOTO」も手がける。

「観光閑散期に平均6泊の長期滞在」「申込者の約4割が組織の意思決定層」「宣伝広告費ゼロで1.9倍の集客」などの成果が、ワーケーション領域で注目される。その他、廃校を活用したクリエイターインレジデンスの企画も設計、五島と都市部の豊かな関係人口を創出するべく東京と五島を行き来しながら活動中。本業では、ニュースメディア「ウートピ」編集長、SHELLYがMCを務めるAbemaTV「Wの悲喜劇〜日本一過激なオンナのニュース〜」レギュラーコメンテーターなども務める。

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