サムライインキュベートが3月14日の13周年を機に、2030年に向けて今後10年間をかけて実行するビジョン「SAMURAI VISION 2030」を打ち出した。同社の代表取締役である榊原健太郎氏は、ビジョンに込めた思いをこう語るーー。
「この1年、人が移動しないことによって、地球はすごく綺麗になった。コロナ禍は、人がよければいいという“人類視点”だったこれまでを反省する機会になった。これからは、地球とともに生きる“With Earth”の時代。地球にとってどういうことをすべきかを考え、世界の課題解決のために10年かけて成し遂げたいこととして、新たなビジョンを策定した」(榊原氏)
SAMURAI VISION 2030の具体的な内容や、同社のスタートアップへの投資方針、いま加速している3つのテーマ「大企業のイノベーション支援」「自治体との事業共創」「海外展開」について、榊原氏をはじめ、各領域における同社のキーパーソンに取り組みを聞いた。
サムライインキュベートはもともと、「できないと思っている人たちに機会を提供して、環境を変えることで、夢を実現できるようにする。そして、夢を叶えた人たちがさらに周りの人々を変えていく」ことを、“やりたいからやる同志”が集った会社だという。SAMURAI VISION 2030の策定においても、生まれた環境や置かれた境遇によって夢を諦めている人々にフォーカスした。
たとえば、日本においては、伝統的な技術を持っているけれど継承者がいない経営者や技術者、地方に住んでいてチャンスを得づらい経営者、大手企業の新規事業担当で困っている人、家庭環境により生まれた時点で夢を諦めている人、シングルマザーなど境遇によって自分が本当にやりたいことを諦めざるを得ない人たちがいる。
海外に目を向けると、アフリカ大陸にある54カ国の人々や、パレスチナ西岸とガザ地区に住む起業家やエンジニアは、投資の機会に十分恵まれているとは言い難い。世界中600万人の研究者たちが、自分たちの開発した技術やサービスがビジネス化につながらないことに苦悩している。そして、読み書きもできない子どもは8億人もいる。
榊原氏は「このような方々は、合わせて9億人になる。彼らが直面する課題を解決しうるHowを求めて、これからは日本、米国、アフリカ、中国、ロシア、EU、イスラエルという7つのエリアに展開する。機会がないから諦めるということが本当に嫌で何とかしたい」と思いを語る。
これまで、投資を通じて約500の事業を創出してきたというサムライインキュベート。SAMURAI VISION 2030では、「今後10年で、事業創出1500」という目標を掲げた。その方法は、国内外スタートアップへの投資、大手企業や自治体との共創事業や、社内の新規事業や自社からの独立起業だ。
まずは投資方針について榊原氏に聞いた。投資前に重視するのは、「どういう課題を解決したいのか」と「どんな人か」の2点だという。
「世の中の誰がどういう悩みを抱えているかをちゃんと把握していて、それに対してどういうソリューションを提供できるかを端的に説明できて、僕らもそれを聞いた瞬間に“確かにそうだね”と言えたら、投資したいと思う。もう1つは、人の部分。やはり出資を受けるとなると精神的に強くないと厳しいので、過去にどういう大変な体験をして、それをどう自分なりに解決してきたかを重要視している」(榊原氏)
同社のバリューである“志勇礼誠”もポイントだ。結局、投資後のスタートアップの成功を左右するのは、「諦めずに粘り切れるかどうか、できないときに助けてほしいと言えるかどうかだけ」(榊原氏)だからだ。同社のInvestment Managerである平田拓己氏も、「『なぜやるのか、誰のどんな悩みを解決したいのか』をぶらさず、やり続けるという精神面はとても大事」と言い添えた。
続いて、これまでの投資の成果に対する評価を聞いた。サムライインキュベートはこれまで8つの投資ファンド(日本6つ、アフリカ2つ)を組成し、212社に投資してきた(2021年6月17日現在)。榊原氏は「投資=大きく人生を変えること」だと話し、仮に投資先が経営に失敗しても、転職先を紹介するなどの支援に責任を持って臨んでいると明かした。一方、VC自体の成果としては「リターンを出せているから継続いただけて、8つのファンドを組成できた」と評した。
では、投資先企業が「誰のどんな悩みを解決したいのか」にこだわって取り組んだ結果、どのようなインパクトを出しているのだろうか。これについて榊原氏は、いくつかの事例を挙げながら実績を紹介した。
「たとえば、山での遭難者を減らす登山アプリを提供するYAMAPは、日本のほとんどの登山者が利用するほど成長し、2020年は警察とも連携して年間で5人の遭難者を救った。LINEのチャット解析でいじめを検知して親や先生にアラートを流すサービスを提供するA’sChild(エースチャイルド)は、その基盤を活用して約20の自治体に新型コロナウイルスワクチン摂取予約システムを提供中だ。このように、投資のリターンだけではなく、いろいろな方を救っていることはとても嬉しい。また、僕らの投資先全体で生んだ雇用の数は約2300人になる。まだまだ少ないけれど、インパクトを出せているのではないかと思っている」(榊原氏)
サムライインキュベートはスタートアップ投資と両輪で、大手企業のアクセラレーションなどイノベーション支援もしている。そのきっかけは、榊原氏が日本のスタートアップをグローバルに進出させたいと考え、イスラエルを訪れたことだ。
「イスラエルに、日本のスタートアップは誰も来なかった。だけど現地には、日本の大企業の看板がたくさんあって、日本のスタートアップは?と尋ねると皆さん京セラとか任天堂と言う。だったらそのブランド力を生かして、日本の大企業が世界のスタートアップと組めば双方が成長できるのではないか。スタートアップと大企業の支援を両輪で進めたほうが、最終的には日本を強くできるのではないかと考えた」(榊原氏)
具体的な取り組みはこうだ。(1)外部とのオープンイノベーションと、(2)社内におけるゼロイチでの新規事業創出、この両面から支援する。さらにそこから派生した、事業創出のための戦略づくり、その実効性を高めるための組織づくりも手がけるという。とはいえ、多くの大手企業が苦戦している印象も強い。サムライインキュベートが関わることで、いかに成功確率を上げられるのだろうか。同社で大企業支援をリードするPartnerの成瀬功一氏に尋ねた。
「ほぼすべての企業に共通しているのは、乗り越えるべき壁や課題が、外部やマーケットではなく、むしろ社内あるという点。社内の戦略、組織、制度を、新規事業創出やオープンイノベーションに適した形に変えていきながら、新たなテクノロジーやスタートアップを紹介して事業開発も行う、“統合型”で支援させていただくことで実績を出せているのだと思う」(成瀬氏)
たとえば京急電鉄は、サムライインキュベートとタッグを組んで、オープンイノベーションを加速している企業のひとつ。同社との取り組みでは、アクセラレータープログラムでスタートアップとマッチングして事業開発を進めながら、組んでいるスタートアップが投資を求めているとき柔軟に応えられるよう社内の投資スキームを整えるなどの組織開発もしたという。
企業はすぐには変われない。数年単位で組織や担当者を変更するのではなく、経営と現場の両方が「本気で新しいことを生み出そう」とコミットして、最低10年は腰を据えて取り組めば成功につながる。同社ではこのように考えており、これからの大手企業支援としては、全社でのシナジーを生み出せるような社内プラットフォームの構築や、海外のスタートアップやテクノロジーとの接点強化なども見据えているという。
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