宇宙産業で押さえるべき「4つの成長分野」と注目ベンチャー--宇宙エバンジェリスト青木氏に聞く - (page 2)

 そうですね。前澤氏が参加するような滞在型の宇宙旅行では、資産家の皆さんが1回の旅行に数十億円を支払うということで、顧客が数人でもいれば売上は数百億円規模になるので、2021年はゼロから一気に市場が立ち上がってきます。10年以上前にも同様のサービスで滞在型の宇宙旅行をした民間人はいましたが、今年からいよいよ本格的に市場が立ち上がるフェーズになりました。NASAが「今年はこれ以上の宇宙旅行者を国際宇宙ステーションに受け入れることはできない」ということで、今年の時点で需要が供給を上回っています。ちなみに、10月にロシアが世界初となる国際宇宙ステーションでの映画撮影を予定していますね。ハリウッドスターのトム・クルーズ氏も同時期に国際宇宙ステーションでの映画撮影を予定しています。

 また、国際宇宙ステーションには滞在できませんが、地球周回軌道を飛行する「オービタル飛行」や準軌道飛行(弾道飛行)である「サブオービタル飛行」を楽しむ宇宙旅行も、急速にビジネス化が進みつつあります。宇宙滞在期間が、数日や日帰り、あるいは数十分単位と短いため価格も抑えられます。この秋には、SpaceXの「レジリエンス号」で民間人4人だけで宇宙旅行に出かける計画があります。こちらは、宇宙に数日間滞在する、ひとり数十億円のプランになります。

 アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏が設立したBlue Origin(ブルー・オリジン)は、7月20日に有人飛宇宙船「ニューシェパード」を打ち上げる予定で、1座席をオークションにかけていました。宇宙空間と大気圏の境界線にあたる高度100kmまで上昇して、2〜3分のあいだ宇宙に浮いて地球を見てから戻ってくるという観光飛行は、つい先日、約30億円で落札されました。ジェフ・ベゾス氏ご本人と彼の弟も、この飛行に搭乗すると発表しています。

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2017年、Blue OriginによるNew Shepard披露の際のJeff Bezos氏 提供:Matthew Staver/Bloomberg via Getty Images

 また、ヴァージン・グループ会長のリチャード・ブランソン氏が設立したVirgin Galactic(ヴァージン・ギャラクティック)も、2021年後半までに有人飛行試験を終えて、2022年早々から宇宙旅行サービスを提供すると発表しており、こちらは6人乗りの宇宙船で約90分の総フライト時間の予定です。Blue Origin同様、宇宙空間には数分間の滞在となります。すでに600人もの方がフライト料金の約2700万円を支払い済みで、最初の100人のうち日本人は2人います。誰が最初に飛ぶかはくじ引きとのことです。7月11日の試験飛行では、リチャード・ブランソン氏自らが搭乗する予定になっており、宇宙旅行ビジネスがまさにこれから本格的に立ち上がるきっかけになると思っています。

——宇宙旅行にはすでにさまざまなプランがあって、それぞれしっかりと顧客がついてきているのですね。

 そうですね。2000万円、3000万円でも払うという方が世界中に何百万人もいるのが現状で、さらに20年、30年と時間が経って、価格が数百万円、数十万円程度に下がってくると、「誰でも当たり前のように宇宙に行ける」世の中になるのかなと思います。40年前のハワイ旅行が数百万円していた時代から、今は誰でも気軽にいけるのと同じようなイメージです。

 そうなったとき、コンシューマー向けビジネスとしては一気に市場が立ち上がりますし、実はこうした未来を見据えて、「スペースポート」と呼ばれる宇宙港の誘致合戦や着工が、世界中で続々と進んでいます。日本でも北海道、和歌山、大分、沖縄の4つのスペースポートプロジェクトがすでに動き出しています。

 このように地上での宇宙旅行産業ができあがることによって、恩恵を受けられる方々も多いと思いますので、本当にいろいろなビジネスチャンスがある、先行利益を得るには本当に待ったなしの状況にあるのです。

——そうすると、私たちも死ぬまでに一度くらいは宇宙旅行を体験できるかもしれませんね。

 確実にチャンスがあると思います。あとは行くか、行かないか。新婚旅行を宇宙でという方や、海外旅行のかわりに宇宙に行こうという選択肢も生まれるのではないでしょうか。

——ちなみに宇宙旅行の参加条件として健康面ではいかがでしょうか。

 もちろん、前澤氏のように12日間も宇宙ステーションに滞在する方については、緻密な身体検査と数ヶ月に渡る訓練をして、宇宙船の仕組みを理解できるくらいの知識を詰め込む必要があるのですが、日帰りの宇宙旅行に限ってはそうではありません。

 宇宙旅行では、安全面での訓練や、打ち上げ時にかかる加速度の体験などは事前に行いますが、発作症状などの持病をお持ちでない一般的に健康な方であれば、簡易的なメディカルチェックをクリアすれば大丈夫です。むしろ宇宙では体が浮きますので、足腰が弱い方でも歩く必要がなくなります。

累計調達100億円超えベンチャーが急成長中

——ここからは、日本国内についてもお伺いしていきたいと思います。宇宙ベンチャーと大企業によるオープンイノベーションで宇宙産業を盛り上げていこう、というムーブメントが起きていますがいかがでしょうか。

 おっしゃる通りです。まず、宇宙ベンチャーへの投資金額は過去最高を記録しており、VC、CVC、エンジェル投資家、政府系など、さまざまな方が宇宙ベンチャーに投資しています。投資観点でいうとコケたら大損だけど当たれば大きい、宇宙ベンチャーは成功すればホームラン案件なので、そういう対象として投資する方が増えています。あるいは、新規事業創出を目的としたコラボレーションとして投資する大手企業も多いです。

 もう1つの特徴として、宇宙技術そのものの意義を重視した動きが加速しています。たとえば、人工衛星で地球をモニタリングすることによって得られる環境データは、社会課題の解決に直結します。「SDGsのほぼすべてが、宇宙技術が解決できる、もしくは貢献できる分野である」ということで、すでに上場企業の何社かはSDGsやESGの観点で宇宙ベンチャーに投資しています。

——その中でも、青木さんがいま特に注目している国内の宇宙ベンチャーを教えてください。

 日本の宇宙ビジネスの先頭を走る、3社をご紹介したいと思います。月面着陸船を開発しているispace(アイスペース)、すでに9機の衛星を打ち上げて宇宙ビッグデータに挑むAxelspace(アクセルスペース)、宇宙ゴミの回収を目指すAstrocale(アストロスケール)です。

 1社目のispaceは、2040年代には月にムーンバレーという人が住めるような拠点を作るべく、まずは月と地球の物資輸送サービスから始めようとしている会社です。これまでの累計資金調達額は約140億円で、月で水資源の探査などを行うためのローバーを月面に届けるべく、いま2機のランダー(月面着陸船)を開発中です。

ispaceのウェブサイト
ispaceのウェブサイト

 日本国内の大手企業とのコラボレーションは多種多様です。たとえば、水電解技術を開発してきた高砂熱学工業と組んで、月面の水資源から水素と酸素を生成するための装置を作ったり、スパークプラグで有名なNGKが開発する全固体電池を月面探査機用に使えないか実証すると発表していたり、日本航空(JAL)は航空機整備ノウハウを生かしてispaceのランダー組み立てを支援しています。

 また、月に人が住みはじめると月面上や月と地球の間でも通信インフラが必要になりますが、KDDIと資本業務提携を結んで、通信システムの共同開発を行っています。

 ispaceは、壮大なビジョンからスタートしつつ、投資家と事業会社からバランスよくお金をしっかり集めており、2022年以降から実証を開始する予定です。4月にはアラブ首長国連邦(UAE)ドバイの政府宇宙機関であるMohammed Bin Rashid Space Centreとペイロード輸送サービス契約を締結するなど、海外でも連携を広げている注目の企業になります。

——2社目のアクセルスペースはいかがでしょうか。すでに9機の衛星を打ち上げた実績があるのですね。

 そうなんです。1機打ち上げてみたという宇宙ベンチャーは、日本にも何社かありますが、9機の小型衛星打ち上げに成功している企業は国内では他にないので、アクセルスペースは日本で最も先頭を走っている宇宙ベンチャーといえます。つい最近も、シリーズCラウンドで25.8億円の資金調達を完了したばかりで、2023年には10機体制で地球観測を行うという構想に向けて、着々と進んでいます。日本の宇宙ベンチャーで唯一、実証段階から社会実装段階に移行している企業になります。

アクセルスペースのウェブサイト
アクセルスペースのウェブサイト

 現状は、たとえばGoogle Earthの写真は実は1〜2年前の写真だったりしますが、アクセルスペースが6月10日から始めた日本初の地球観測衛星コンステレーション「AxelGlobe」では全球の好きなところを2〜3日に1回撮影できるサービスとして開始しました。現状は衛星5機体制ですが、10機体制になると地球どこでも毎日撮影が可能となります。

 世界を毎日撮影して膨大なデータを蓄積し、地図、気象、自動車、物流、農業、林業など、ありとあらゆる業界の方々のニーズに応じて抽出、解析することで、さまざまなビジネスインサイトを提供するアクセルスペースは、宇宙ビッグデータ産業の潮流に乗ったビジネスを展開している企業として注目しています。

 さきほどお話しした経営の意思決定における材料として宇宙ビッグデータを活用する以外にも、たとえば、地球観測データとSNSやPOSなど地上のデータをフュージョンさせて、自動車メーカーが自動車のオーナーに対して情報やサービスをリアルタイムに推奨するための解析データを提供するなど、さまざまな用途におけるビジネスチャンスが広がっているのです。

 また、アクセルスペースには、スカパーJSAT、三井物産、三井不動産など大手上場企業が多く出資しています。こういう企業と組んで、用途開発を進めていくという非常にわかりやすい事例でもあります。

——3社目のアストロスケールは宇宙ゴミを回収する企業ということで、SDGs、ESG的な観点での投資が集まっている事例になるのでしょうか。

 そうなんです。アストロスケールは、自動車が壊れたときにレッカー車でお助けに行くみたいな“宇宙版のJAF”を目指している会社で、地上でいうCO2排出を減らそうという観点とよく似た、「すでにあるスペースデブリ、宇宙ゴミを捕まえて減らしましょう」ということを掲げています。

アストロスケール
アストロスケールのウェブサイト

 社会的に大きな意義があるので、将来を見据えてESG的に出資している投資家の方々がいらっしゃる、非常に面白い事例です。すでにシリーズEで累計資金調達額は210億円に達しています。

 ビジネスの進捗としては、3月にスペースデブリ除去技術実証衛星の打ち上げに成功して、これから技術実証をいろいろ進めていくフェーズなので、サービスインはもう少し先になりますが、宇宙ゴミの回収ビジネスの先には、衛星への燃料補充や部品交換といったサービスの提供も大きなターゲット市場になってきます。

2021年、宇宙ビジネスは「さらに飛躍する」

——お話をお伺いしていても、宇宙ビジネスはとてもポテンシャルを秘めていると感じますが、海外各国と比べて日本の特徴や強みはどこになるのでしょうか。

 日本は、米国、欧州、ロシア、中国、インドと並んで宇宙先進国の1カ国ではありますが、民間企業の取り組みという点では、政府主導で進めてきた経緯もあって、大手企業の開発も含めて遅れているなという印象です。

 ベンチャーについては、遅れている分野とそうではない分野がはっきりと分かれています。というのも、ベンチャー企業の経営者の方も戦略的に考えた結果、いくつかの勝てる分野に全力集中してニッチトップを狙っていくという、いまのような状況になってきているのだと思います。日本では、宇宙ベンチャーの皆さんがいい感じにポジショニングを棲み分けて、成長されている印象です。

 地球観測、宇宙ビッグデータの分野は、まだまだ勝ち目があると思います。この分野は、GAFAのような大手企業がまだ参入しておらず、米国にもまだ数社しか本格的にサービスを開始していません。また、精密機器である望遠鏡などのセンサーを宇宙に打ち上げて、高精度な制御で撮りたいエリアをピンポイントで撮影するのは非常に難しく、衛星をコントロールするアクチュエーターのようなモーター技術も含めて、日本のものづくりの技術が生きる分野になってくると思います。

 最近はソニーや京セラに加え、トヨタやホンダが宇宙事業への本格参入を発表しましたし、アクセルスペースは町工場と組みながら低コストかつ高品質なものを作っているので、非常にチャンスがあるのではないかと思っています。

 日本政府の宇宙開発に関しても、「はやぶさ」のように小惑星探査では世界でも日本は進んでいます。ただし、火星はこれまであまりやってこなかった。小惑星に絞ってトップで勝ちにいく戦略でした。このように、「いくつかの分野において勝つべく勝ちに行く」というのが、これからも日本の宇宙産業の大きな方針になっていくのではないでしょうか。

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——最後に、2021年という短いスパンでは、宇宙産業にとってどのような年になると見ていますか。

 2021年をピンポイントで見ると「さらに飛躍する年」になります。2020年はコロナの影響を受けて倒産する企業もありましたが、宇宙業界全体でみると過去最高の投資金額を叩き出しました。各国の政府予算も過去最高です。それをさらに上回る形で、攻めの姿勢に移るのが2021年です。

 トピックスとして注目なのは、新型ロケットのデビューです。例年は1年に1〜2機、1機もデビューしない年もあるのですが、2021年だけで10件もの新型ロケットのデビューが控えています。1月には、バージン・オービットがカリフォルニアから空中発射型の小型ロケットの打ち上げに成功しました。今後は大分空港を拠点とした打ち上げも計画されています。

 このほかにも、SpaceXの「スターシップ」やボーイングの「スターライナー」なども宇宙への初飛行を予定しています。日本勢では、JAXAと三菱重工が開発中の「H3ロケット」が種子島で、キヤノン電子の子会社であるスペースワンが和歌山の紀伊スペースポートから2021年度中の打ち上げ予定で準備を進めています。堀江貴文氏のインターステラテクノロジズも7月3日に北海道スペースポートから2回目の宇宙到達を成功させています。本当に国内外で人を乗せる大きなロケットから小型ロケットまで続々とデビューしていく、非常に楽しみな年です。

 新型ロケットが増えた背景は、先ほど申し上げたような4つのトレンドにおける人工衛星や探査機を打ち上げるニーズが高まっているためです。さまざまな用途で人工衛星などを打ち上げるニーズが出てきており、派生的にロケットビジネスが盛り上がってきているのです。

 このように2021年は、ロケットやAI解析やビッグデータ、スペースポートなどの関連産業がまさに実ってきて、事業として立ち上がっていくフェーズに入ってくるでしょう。これまでCGの話が多かった宇宙産業ですが、2021年はいよいよ実現に移っていくというのが見どころになると思います。

青木英剛(あおきひでたか)/宇宙エバンジェリスト

「宇宙エバンジェリスト」として、宇宙ビジネスおよび宇宙技術の両方に精通したバックグラウンドを活かし、宇宙ビジネスの啓発、民間主導の宇宙産業創出に取り組む。米国にて工学修士号とパイロット免許を取得後、三菱電機にて日本初の宇宙船「こうのとり」を開発し、多くの賞を受賞。宇宙ビジネスのコンサルティング等に従事した後、現在はベンチャーキャピタリストとして世界中のDeep Techスタートアップを支援。内閣府やJAXAを始めとした政府委員会の委員等を多数歴任。一般社団法人SPACETIDEや一般社団法人Space Port Japanの創業など、宇宙業界全体を盛り上げる取り組みにも積極的に関与。

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