学校法人日本教育財団は1年前の2020年4月に、「AI・IoT・ロボット」「ゲーム・CG」の“専門職大学”である「東京国際工科専門職大学」(以下、東京校)を開学した。専門職大学とは、大学卒業で与えられる学士と同等の「学士(専門職)」を得られる大学制度。研究したり学問を学ぶ大学と、実践的な技能が習得できる専門学校のカリキュラムを兼ね備えた学校だ。
東京校が開学してから1年が経ち、2021年4月には「大阪国際工科専門職大学」(以下、大阪校)、「名古屋国際工科専門職大学」(以下、名古屋校)の2校も開学した。そこで、東京校と大阪校の学長を兼務する吉川弘之氏、大阪校の副学長・浅田稔氏、名古屋校の学長・松井信行氏に、この一年の振り返りと開学にあたっての抱負を聞いた。
東京校は2020年4月に開学。工科学部の情報工学科(AI戦略コース/IoTシステムコース/ロボット開発コース)とデジタルエンタテインメント科(ゲームプロデュースコース/CGアニメーションコース)に、第一期生にあたる230名が入学した。両学科ともAO入試、一般入試が行われ、デジタルエンタテインメント学科の一般入試では合格倍率が7.39倍に達した。
学長を務める吉川弘之氏は、東京大学総長、国立研究開発法人産業技術総合研究所理事長などを歴任し、2014年には日本の科学者として最も権威ある日本学士院会員となった人物。現在、東京大学名誉教授、英国王立工学アカデミー会員、スウェーデン王立科学アカデミー会員、独立行政法人日本学術振興会学術最高顧問などを務める。
吉川氏は「大学は改革が叫ばれて30年近く経っているが、社会に適合することが本来の教育であるのに、実体的な教育の現場にまでは浸透していない。そこで誕生した専門職大学のひとつであるわが校が、これまでの大学とはまったく違う大学になったと実感している」と、この1年を振り返る。とはいえ、開学して間もなく新型コロナウイルス感染症の流行に見舞われ、苦労した面もあったという。
「入学式はオンラインで実施、授業は6月からオンラインと対面のハイブリッド式で開始した。週の半分を対面、残り半分をオンラインという形。(民間からの人材で)教育経験のない教員も半分近くいたため、前例のない状況に大変苦心した。しかし、学校のあり方について何度も話し合いを持つことで教員の一体感が生まれた。不安な学生に教員が相談に乗り、教員と学生も親密な関係を作ることができている。教員間の協力体制、そして学生と教員の関係に関しては、プラスの面も多かったと思う」(吉川氏)
オンライン授業は主にZoomで実施。1つの授業に2〜3人の教員で担当し、質問にも十分に対応できるようにした。機械を運転してみせる、学生が手で触って実験をするといった授業は対面で行った。コロナ禍でもカリキュラム通りに1年を終えることができたという。また、担任制を導入しており、10人に1人の教員がつき、緊密に連絡を取っているとのこと。コロナ禍で不安定になる学生や進級が危なくなった学生も手厚くケアすることができたと振り返った。
この4月に開学した大阪校の副学長である浅田稔氏は、大阪大学、同大学院で教授として教鞭を執り、現在、大阪大学先導的学際研究機構の共生知能システム研究センター特任教授でセンターの拠点戦略顧問を務めている。日本赤ちゃん学会副理事長、ロボカップ日本委員会理事、ロボカップ国際委員元プレジデント、日本ロボット学会会長などを歴任。認知発達ロボティクスの第一人者だ。
大阪国際工科専門職大学は、160名の学生と30数名の教員で開学した。浅田氏は、学生と教員がしっかりとコミュニケーションできる人数だと話す。「既存の大学では学生とコミュニケーションを取る時間が作れない。その点われわれの大学は、学生と教員の“共同組合”のような形で社会の問題を捉え直し、どう解いていくかを一緒に学んでいきたいと考えている。企業から来て、教員の経験がない先生もいるが、4年制大学の価値観に染まっていないからいいとも言える。教員の間で講義の仕方を切磋琢磨しているが、先生のキャラクターが出ていて、実に多様」(浅田氏)
入学試験が終わったあと、浅田氏はほとんどの受験生とチャットをし、学生とも個別にオンラインでやり取りしているという。「受験生は高校3年生、大学の再受験、会社経営をしている人など、多様な学生が集まっていて、それぞれの夢も非常にバリエーションがあった。学生の多様性と教員の多様性を組み合わせることで、社会の実問題を非常に幅広く、そして深く解いていけると考えている」(浅田氏)
国際工科専門職大学では、2年生の後期から地元企業とコラボレーションした教育もしていく。大阪ではどのような連携を考えているのか。「大阪は“儲かりまっか”という感覚があるため、かなり現実的な企業が多いと考えている。また、エンターテインメントの街でもあるので、“おもろい研究をやりましょう”とも話しているところ。面白いではなく、おもろいと表現しているのは、自分で提案して自分でやるということ」(浅田氏)
また、浅田氏は自身がプログラムアドバイザーを務める「SOLVE for SDGs」(JST)でSDGsのプロジェクトに学生を参加させることも検討している。「企業で実社会を学ぶよりも、SDGsのプロジェクトはもう少し幅が広い。社会では何が課題となっているのか、それをどう解いていくのかということを、社会全体を見て解決していくのはとても重要。これは既存の4年制大学にはほとんどない、わが校の強みだと考えている」(浅田氏)
名古屋校の学長を務める松井信行氏は、国立大学法人名古屋工業大学初代学長で、2012年学校法人中部大学理事長付特任教授、2017年以降は民間企業社外役員や技術顧問などを務める。2019年瑞宝重光章。学会活動ではIEEEで国際会議委員長などを歴任、2005年には日本人として4人目のIEEE IAS Outstanding Achievement Awardを受賞している。
「名古屋校ではできるだけフェイス・トゥ・フェイスの教育をやりたい」と松井氏は語る。とはいえ、コロナ禍では他校と同様、オンラインと対面のハイブリッド式となる。松井氏がフェイス・トゥ・フェイスを重視する理由は、教員と学生がフラットに接し、議論しながら進めていくことで学生が成長した経験を持っているからだ。入学試験やカリキュラムに関しては、先行している東京校をベースに名古屋校ならではのカラーも入れたという。
「愛知県はモノづくり県と言われているが、現場だけでなく、研究所や本社などの中枢機関を置いている企業もある。私は“業態変革”という言葉を時々使っているが、この地域には元々やっていた事業を、周囲の経済的な変化、自然の変化、時代の移り変わりなどに合わせて変えている企業がたくさんある。製造現場だけがたくさん並んでるだけでは、小さな改善はあっても意思決定の変革まではできない。そういう意味では名古屋はたぐいまれなる地域だと思っている」(松井氏)
松井氏は、業態変革のスピードはどんどん速くなっており、国際的にも非常に面白い時代になっていると語る。「学生には情報工学という基礎的な学術はもちろん教えるが、展開先についても考えられるように教えていきたい。デジタルトランスフォーメーションはデジタルを取り入れれば完成するのではなく、工程を見直して根本的な悩みをきちんと整理することが一番大事。4年制大学では工程設計は学ばない。専門職大学では、問題の発掘と、問題を解決するための手順、作業の進め方などを企業での実習で学べるようにしている」
今後は3校のコラボレーションも実現していきたいとの構想もある。浅田氏は「東京校、名古屋校、大阪校には、それぞれの地域の特色があるため、生かせるところは伸ばし、それを組み合わせることで、1+1が100になる可能性がある」と語る。まだスタートしたばかりの3校から、どのような人材が社会に羽ばたいていくのか楽しみだ。
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