まもなく配信されるiOS 14.5で導入されるプライバシー新機能「ATT」とは

 Appleは、まもなく配信される最新のiPhone向けソフトウェア「iOS 14.5」で、アプリケーションのトラッキングについてユーザーの許可を求めるプライバシー機能、「Application Tracking Transparency」(以下、ATT)を開始する。

 これに伴い、データ収集業界の手法などがわかる、「あなたのデータの一日」というストーリーの日本語版をウェブサイトで公開している。

 ATTが導入されると、これまで開発者がユーザーに気づかれず取得してきた端末の識別子について、ユーザーの許可を得なければ取得することができなくなる。この新機能を理解するには、そもそも現代のウェブ広告の仕組みを理解しなければならないだけでなく、Appleが非常に慎重な姿勢をとりながらこの機能の導入を進めていた背景を理解しなければならない。

現代のウェブ広告のすごさ

 たとえばあるウェブサイトで中古車の情報を見ていたら、他のニュースサイトの広告がすべて中古車情報になった、なんて経験があるのではないか。AppleのATTの導入を考える際、まずこうしたウェブ広告の仕組みを理解する必要がある。

 紙媒体の広告やテレビCMは、媒体そのものや内容、時間帯などから統計的に「こんな人達が多く見ている」というメディア側の資料をもとにしながら、見ているであろう人に向けた広告を掲載もしくは放映してきた。

 しかし現在のウェブ広告は、その人の年齢や性別、男女、居住地だけでなく、どんな内容に興味を持っているか、さらには直前にウェブサイトで何を見ていたか?今どこでモバイルデバイスを使っているか?まで考慮して広告を掲出してくる。

 これまでのメディアの広告が、悪く言えば当てずっぽうに思えるほどに、現代のウェブ広告は精密なその人のプロファイル情報を活用しながら、その人にふさわしい広告を表示しているのだ。

 しかしここで疑問が出てくる。なぜ異なるウェブサイトに行っても、興味があると認定されたウェブ広告が出続けるのか?という点だ。

 加えて、たとえば無料ゲームアプリをやっていて、つい手が滑って広告をタップしてしまうと、やはりブラウザからニュースにアクセスした際にも同様の広告が出てくる。その理由は、ウェブサイトやアプリが、これまでIDFA(Identifier For Advertising)と言われる符号を広告を管理するアドネットワークに送信していたため、ブラウザやアプリ、あるいは異なるウェブサイトやアプリ間にかかわらず、その人がアクセスしていると言うことを認識することができていた。

 アドネットワークは高度化しており、アプリの広告はインストールされれば、もうその広告を出さなくすることができる。広告からアプリをダウンロードしていても、あまり起動されていなければ、再び利用の促進を求める広告を出す、といったこともできる。

 広告の質の向上や、より細かいターゲティング広告を、アプリ企業が考えるカスタマージャーニー(顧客との接点の設計やストーリー)に即して活用して行くことができるようになっていた。

Appleが塞ぐプライバシーの穴

 AppleはSteve Jobsの「プライバシーは人々の基本的な権利である」という考え方のもと、4つの原則でユーザーのプライバシを最大化する製品を開発してきた。

1.データの最小化
2.端末内での処理を高度化する
3.透明性の向上とユーザーコントロール
4.セキュリティ

 Appleはこれまでも、マップアプリでログインなしに、端末内のスケジュール情報から地点と時間を表示させたり、アプリに提供する位置情報をピンポイントではなく自治体名にぼやかす機能を実装してきた。

 更に、近年のApple Siliconで機械学習処理の性能を大幅に引き上げているのも、サーバにデータを送らず機械学習処理で写真の被写体分析をしたり、ユーザーのiPhoneの利用パターンを解析したりするためだ。

 Appleは特にウェブ利用については、2013年からSafariでのデータの安全性の対策を行っている。Intelligent Tracking Prevention(ITP)を通じて、Cookieの保存期間の制限や無効化、ストレージデータの削除、参照URLの精度ダウングレードなどが行われてきた。

 そうした中で、透明性向上とユーザーコントロールが、今回のATTのテーマと言える。iOS 14.5になると、広告識別子の取得について、すべてを拒否することができ、許可する場合も、取得する際にユーザーに許可を求める画面が表示される仕組みが導入される。

 これによって、ユーザーは、広告に必要なデータを提供していることを認識し、自分で可否を判断することができるようになる。

Appleが慎重な姿勢を取る理由

 Appleはこの機能を2020年6月の世界開発者会議WWDCでアナウンスし、9月からベータ版を通じて、開発者にどのような動作をするのか、どのような実装をすれば良いのか準備する期間を与えてきた。

 加えて、さまざまな機会に、開発者やプレスに対して、プライバシー機能の説明とATTの開設を繰り返しており、非常に慎重に取り扱っていることが分かる。それはなぜなのか?

 一つは、ATTによって、ウェブ広告やマーケティング、あるいは前述のような無料アプリのカスタマージャーニー管理を不可能にする、重大な影響を与える可能性が高いことだ。

 Appleは代替手段として、SDAdNetworkや Private Click Measurementといった機能を提供している。プライバシーを保ちながら広告効果の測定を無償で可能とし、Appleはユーザーのプライバシーと広告による収益の両立を訴えている。

 しかしアドネットワークへのフィードバックが24時間以上遅れたり、これまで行ってきた完全な名寄せができなくなることなどから、その精度の低下は否めない。

 もう一つは、無償アプリの収益手段を毀損する可能性があることだ。もちろん前述の通り、Appleはそうならない方法を提供してはいる。

 しかしもしも無償アプリと広告によるビジネスモデルを毀損する場合、アプリを有料販売したり、サブスクリプションモデルで利用料を取ることになる。その場合、iPhoneアプリはAppleの課金システムの利用を避けられないため、結果的にAppleの手数料収入を支援することになる。

 もしも裁判などを起こされた際にその様にこじつけられてしまうと、その他のApp Store独占の裁判も含めて旗色が悪くなることも考えられ、開発者の理解をきちんと得ながら、慎重に進めていかなければならなかった事情が分かってくる。

ユーザーにとっては有益

 しかし開発者の理解も進む。例えばTwitterやSnapといったソーシャルプラットホームは、ATT導入を歓迎している。Facebookも、同社のアプリや広告ビジネスを毀損しないことは認めている。

 しかしFacebookは、広告モデルを採っている多くのアプリやサービスの不利益になるとの立場で反対表明をしていた。2020年12月には、新聞各紙に、小規模開発者を守るためにAppleと対峙することを告げる全面広告を打った。

 さらに2021年2月には、より良い広告体験のため、ATTでユーザーに許可を求めるテストの開始も報じられ、全面的に対立している様子がうかがえる。

 確かにAppleはユーザー追跡を禁止しているのではなく、ユーザーが許可を与えて初めて実行される仕組みに切り替えたに過ぎない。しかしユーザーが知らないうちに情報を採られていることを『認知』することで、トラッキングを拒否する方向へと仕向けていると捉えて間違いない。

 こうした動きは、ユーザーにとっては非常に有益だ。そもそものウェブやアプリの広告の仕組みの理解を助けるし、自分のデータの使われ方について、透明性とコントロール性が高まることも進歩と言えるからだ。

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