「住むホテル」、ホテルのサブスクが相次いで登場している。2月1日、帝国ホテルが月額36万円からという破格の価格設定でサービスアパートメントプランの販売を開始。予約殺到で全室が即日完売した。2月25日には、三井不動産と三井不動産ホテルマネジメントが全国の三井不動産グループのホテルを定額で利用できる「サブ住む(すむ)」を開始。サブ住むは、月額15万円の利用料で全国の三井ガーデンホテルズ、sequenceの中から選べる「HOTELどこでもパス」と、月額15万円からの定額でザ・セレスティンホテルズ、三井ガーデンホテルズ、sequenceの中から部屋を1つ選んで利用できる「HOTELここだけパス」の2種類あり好評だ。ほかにも、京王プラザホテル、ホテルニューオータニ、東京マリオットホテルなどもサブスクのプランを開始している。
この「住むホテル」は、マンスリーマンション、「Airbnb」のような民泊、「ADDress」や「HafH」といった定額住み放題サービスとの違いは一体何だろうか。
フィットネスジム、レストラン、ラウンジ&バー、大浴場、駐車場などホテル内の施設を利用できる点も違いの1つだが、注目したい違いは、室内清掃サービス、リネンやアメニティの交換、コンシェルジュなどのサービス付きである点だ。なかには朝食サービス付きのサブスクプランもある。清掃や食事などは、マンスリーマンションや民泊、定額住み放題サービスでは基本的に自分自身で行う必要がある。
室内清掃サービス、リネンやアメニティの交換などの付帯サービスを求めるニーズは海外でも広がっている。米国では民泊の巨人Airbnbに迫ろうとしているサービスとして、サブリース型民泊事業「Sonder」が急成長している。Sonderは自社が遊休不動産を借り上げ、自社の宿泊施設とすることで、清掃サービスやリネン・アメニティ等、ホテルと同等レベルの宿泊サービスクオリティで提供するサブリース型の民泊だ。Airbnbはホストによって部屋の管理方法やアメニティが異なるため、サービスクオリティが均一化されていないが、Sonderは自社が借り上げることでホテルと同等のサービスクオリティを担保している。
こうした、住むホテルが続々登場してきている背景として何があるのだろうか。背景には大きく、コロナ禍、世代的価値観、ニーズの変化の3つの背景が存在している。
1つ目の背景としては、コロナ禍によるホテル業界へのダメージだ。コロナ禍によってインバウンド需要が望めず、多くの日本人は旅行や観光を自粛せざる得ない状況にある。こうした影響を受け、ホテルの稼働率は10%や20%という危機的状況だ。加えて、東京オリンピック・パラリンピックで期待されていた観光客需要が望めない状況も追い打ちをかける。ホテルとしてはこの空室を埋めなければならないのだ。
2つ目の背景としては、ミレニアル世代と呼ばれる1980年以降に生まれた若い世代の価値観の変化だ。この世代は、「自分自身で所有したい」よりも「レンタルやシェアで利用したい」という価値観を持つ。自動車業界では“若者の車離れ”が叫ばれ、カーシェアが拡大しているのがその証左であろう。ミレニアル世代は、いわゆる“住宅すごろく”で例えられる庭付き一戸建てを必ずしも目指すような価値観は少ない。加えて、ギグエコノミーの広がりとともに、個人事業主として働くアドレスホッパーの若者も増えているのもこの世代だ。
3つ目の背景としては、住宅に対するニーズの変化だ。従来型の賃貸物件の敷金、礼金、更新料といった不明瞭な費用や契約手続きの煩わしさなどといったペインに対するニーズに加え、清掃サービス、リネンやアメニティの交換、コンシェルジュなどのサービス付き住宅に対する潜在ニーズが顕在化してきている。
では、果たして「住むホテル」は今後、大きく流行っていくだろうか。結論から言うと、マーケットを大きく変えるほどの流行やインパクトは無いだろう。なぜなら、理由は2つ。1つ目は、住むホテルが登場している大きな要因がコロナ禍による空室を埋めるためである点だ。新型コロナが収束し、元の生活に戻った場合、ホテル側とすれば従来の宿泊提供のほうが当然利益が大きいため、そちらで空室を埋めるだろう。2点目は、ターゲットがマジョリティでない点だ。住むホテルの主なターゲットとしては、ミレニアル世代の若者や職業柄仕方がなくアドレスホッパーとなっている層、富裕層やセカンドハウスを求める層などと想定されるが、いずれもマーケットのパイとしては大きくない。
住むホテルは今後、マジョリティには成り得ないが、一定数の底堅い顧客層は存在する。ホテルの事業構造を考えると、部屋の稼働率を平準化し、曜日や季節性のばらつきを抑えることができる点は、非常に有難いオプションと言えよう。
では、翻って住むホテルが不動産業界に与える影響とはどのようなものがあるだろうか。住むホテルは清掃サービス、リネンやアメニティの交換、コンシェルジュなどのサービス付き住宅のニーズがあることが示された。海外でもこうした清掃やリネン・アメニティなどのサービス付きのサービスアパートメントなどは昔から存在する。こうした「住宅+ライフサポートサービス」の形態は今後も増えてくるだろう。実際、国内でもこうした動きがある。
各社の取り組みより「住宅+ライフサポートサービス」のトレンドをうかがうことができる従って、大きな潮流として今後もこうした「住宅+ライフサポートサービス」のトレンドへ向かっていくだろうと推察される。
こうしたサブスクモデルの「住むホテル」はマジョリティにならないものの、今後も一定数の需要のもとで堅調に増えていくだろう。では住むホテルの次の展開としては、どうなっていくだろうか。
前述のOYO PASSPORTのようなオンデマンドサービスやシェアサービスのライフサポートサービスが、住むホテルに加わってくることは容易に想像がつく。なぜなら、こうした多拠点・非定住の生活とライフサポートサービスの親和性は非常に高いと言えるからだ。さらには、その先の展開としては、シェアオフィス・コワークオフィスが利用できる権利が住むホテルに加わってくることも想像がつくだろう。加えて、将来的にはショッピングや飲食店等の商業施設において割引や特典を受けられるようになったり、都市部の駐車場を割引で利用できるようになったり――etcと不動産デベロッパーが持ちうる事業が数珠つなぎになっていくのではなかろうか。
今、通信業界を中心に経済圏の拡大・競争が繰り広げられている。「携帯電話」という成熟したマーケットでは、携帯電話事業単独での差別化が困難となり、顧客の奪い合いが続いている。人口減少・少子高齢化となった現代、通信業界に限らず、顧客を囲い込み、顧客との継続的なリレーションシップを確立することでロイヤリティを高め、顧客一人からの収益を増やしていくLTV(Life Time Value)が事業戦略の王道となっているのだ。
こうした潮流が今後はホテルや住宅といった成熟したマーケットの多い不動産ビジネスの世界においても広がっていくだろう。つまり、将来の不動産ビジネスも、“住む”・“働く”・“買う”・“泊まる”といった生活シーンが、サブスクという糸によって数珠つなぎとなっていくだろう。顧客は月額定額を支払うことでホテルに住み、清掃や食事はもちろん、ファッションレンタルやカーシェアリングなどのライフサポートサービスを利用し、シェアオフィスで働き、飲食店やショッピングでは割引や特典を受けるようなことができるのだ。ただし、これを実現するためには、裏側で顧客データや行動データなどを管理・分析・活用するプラットフォームが必要不可欠となる。
このように不動産ビジネスは大きな経済圏、プラットフォーム化していく時代へと突入していくに違いない。「住むホテル」はそうした時代の橋頭保となり得る可能性を秘めているのだ。
大手システムインテグレーターを経て、2008年より現職。経営学修士(専門職)。IT業界の経験に裏打ちされた視点と、経営の視点の両面から、ITやテクロノジーを軸とした中長期の成長戦略立案・事業戦略立案や新規ビジネス開発、アライアンス支援を得意とする。金融・通信・不動産・物流・エネルギー・ホテルなどの幅広い業界を守備範囲とし、近年は特に不動産テック等のTech系ビジネスやビッグデータ、AI、ロボットなど最新テクノロジー分野に関わるテーマを中心に手掛ける。2018年より一般社団法人不動産テック協会(Real Estate Tech Association for Japan)の顧問も務める。
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