ワコールの「アバター接客」が広げるファッションテックの可能性--人が中心のDXを

 ファッションやファッション業界の学びの場を提供しているFashionStudiesが、主にアパレルやファッションに関心をもつ視聴者向けにオンライン講座として配信している「SOuDAN オンライントーク」。2月に配信された第3回目では、ファッションテックの観点から、女性向け下着メーカーのワコールが開始した、アバターを使った新たな接客サービス「Ava.COUNSELINGパルレ」(以下、パルレ)を取り上げた。

ワコールが展開する「Ava.COUNSELINGパルレ」とは
ワコールが展開する「Ava.COUNSELINGパルレ」

 同講座では、パルレの開発責任者であるワコールの執行役員の下山氏と、アバターのシステムを開発したHEROESの高崎氏、そして実際にサービスを体験した2人の女性が登壇。パルレが生まれた背景や狙い、ワコールのDX(デジタルトランスフォーメーション)に対する考え方、さらにはユーザー目線でのサービスの使い勝手が語られた。

「緊張させない会話作り」でセンシティブな相談もしやすく

 ワコールは、2019年5月から「ワコール3D smart & try」というサービスを提供している。店内に設置した3Dボディスキャナーを用いて個人の体型データを取得し、そのデータから身体に合った下着を店頭販売員やAIが提案するものだ。加えて2020年10月からは、3D CGのアバターによるリモート接客が可能なカウンセリングシステムであるパルレもスタートさせた。

パルレを体験できる東急プラザ表参道原宿店
パルレを体験できる東急プラザ表参道原宿店

 パルレは、ワコール3D smart & tryと連携して利用するサービスとなっている。ワコール3D smart & tryで取得した体型データを元に、店舗の個室内に設置された大型タッチディスプレイに映し出される3D CGのアバターと会話しながら、自分に合う下着を相談したり、提案を受けたりできる。アバターは2タイプから選べるが、いずれもワコールのビューティアドバイザーと呼ばれる販売員がリモートから操作しており、その時々によって「中の人」、つまり担当する販売員は異なる。

ワコール3D smart & tryでは、ボディスキャナーで自分の体型データを取得できる
ワコール3D smart & tryでは、ボディスキャナーで自分の体型データを取得できる
2タイプのアバターから選んで相談スタート
2タイプのアバターから選んで相談スタート

 このパルレを体験したという、ネットイヤーグループのUXデザイナー 仙崎氏によると、外から覗きにくい完全個室になっており、アバターの販売員と1対1で、1時間かけてじっくり接客してもらえるとのこと。3Dボディスキャナーによる詳細なデータと、ユーザーの悩みを参考にした具体的で納得感のあるアドバイスが得られ、サービスとしての完成度、満足度はかなり高かったようだ。

パルレのユーザー体験について解説するネットイヤーグループ株式会社の仙崎萌絵氏
パルレのユーザー体験について解説するネットイヤーグループの仙崎萌絵氏

 女性が抱える下着に関する悩みというセンシティブな内容を相談する形になるものの、「緊張させない会話作り」で徐々に打ち解けて相談しやすい雰囲気にしていく流れが秀逸だと仙崎氏。さらに、「その場で下着を購入させるフローがない」ため、「店頭ですぐに商品を購入しなければ」というプレッシャーを感じなくていいところも安心できるポイントだとした。

下着に関する悩みを打ち明けやすい、緊張させないコミュニケーションの工夫があったという
下着に関する悩みを打ち明けやすい、緊張させないコミュニケーションの工夫があったという
取得した体型データは持ち帰ることができる
取得した体型データは持ち帰ることができる

 パルレの体験後は、得られた測定データを持ち帰ることが可能。ECサイトで商品を選ぶときの参考にできるうえ、自分に合う下着の形やサイズの認識がより深まるようになったとも仙崎氏は話す。測定データは自分の身体の詳細かつ「現実」のデータということもあり、「トレーニングを頑張らなければ」という危機意識が芽生えたのも効果の1つだと語った。

 アパレル製品の3Dモデリング事業などを行っているApparel Play Office大橋氏も、同じようにパルレを体験。店舗で試着するときには、待ってもらっている店員の気配が気になってしまうが、パルレでは3Dボディスキャナーの使用中などでも付近は無人のため、「待ってもらっている感覚がなく、リラックスできる」のだそう。画面の向こう側にいるビューティアドバイザーに質問してみたところでは、リアルな接客ではなくアバターを介したコミュニケーションのためか、通常より「お客様の緊張が解けるのが早いように思う」とも話していたという。

Apparel Play Office 大橋めぐみ氏(右下)
Apparel Play Office 大橋めぐみ氏(右下)

アバターは空間と時間を超えて人間の可能性を広げる

 3D smart&tryやパルレの開発を主導してきた下山氏によれば、これらのサービスが生まれた背景には、ワコールの戦略の大きな転換があるという。同社にとって百貨店、量販店という2つのチャネルの成長が“成功体験”となっていたが、1990年代後半以降、その成功体験に囚われ、価値観の変容する顧客、マーケットへ対応していく取り組みが遅れてしまっていたと振り返る。

高度成長期には百貨店や量販店での売上が一気に拡大したが、その後は伸び悩んでいる
高度成長期には百貨店や量販店での売上が一気に拡大したが、その後は価値観の変容する顧客やマーケットへの対応に遅れてしまった

 ワコールの戦略が独特なのは、“オムニチャネル”といったサービス網を構想したときに、まず強化をしたのが、“ECサービスの整備”ではなく“リアル接点のデジタル化”にしたところにある。「デジタルによって、リアルのサービスをよりよくしていくこと」が、ワコールの考えるDXの軸だと下山氏。「人間の活躍をより広げたい。リアルの接点の意味合いを大切にしたい。セルフスキャニングやアバターで目指すのは、単なる無人店舗ではなく、結果として“人間の可能性”を拡げることだ」と語る。


 3D CGのアバターにも下山氏なりのこだわりがある。パルレの開発にあたっては「自分のイメージ通り」のアバターを探し続け、最終的に高崎氏が代表を務めるHEROESが運営する東京中野の立ち飲みバー「アバスタンド」で見つけるに至った。

 アバスタンドはHEROES独自のコミュニケーションプラットフォーム「AvaTalk」を用いて、ディスプレイ越しにアバターを操る店員と話しながら飲食できるバーだ。「フィジカルとバーチャルが融合して、最終的には人と人が支え合う社会を作っていくためのツールにしたい」というAvaTalkのコンセプトや、アバターのテイストそのものが下山氏のイメージにマッチし、パルレのシステムに採用された。

HEROES株式会社 代表 高崎裕喜氏(左下)
HEROES代表 高崎裕喜氏(左下)

 「アバターは空間と時間を超えて人間の可能性を広げるツールだと思っている。地方の販売員の方が、来店客が少ない時間帯に、混雑している銀座の店舗のアバターをリモートから操作することもできる」と下山氏。アパレル業界では女性販売員が多く、出産、育児により休職、退職する人も少なくない。しかし、そうした形で店舗勤務が難しくなり知識が活かせなくなった人でも、パルレを使えば自宅からでも接客が可能になる。また、何らかの身体的障害によって「活躍の場が狭まっている方にも、アバターは可能性がある」とも付け加える。

ビューティアドバイザーが自宅などから接客できるメリットも
ビューティアドバイザーが自宅などから接客できるメリットも
PC画面上から相談者の姿を確認しつつ、アバターの操作もできる
PC画面上から相談者の姿を確認しつつ、アバターの操作もできる

 とはいえ、「ただアバターを置けばいい」というものでもない、というのが登壇していた全員の見方だ。パルレを体験した仙崎氏が、プライバシーに十分に配慮した店舗設計や、アバターの裏側にいる販売員の緊張させないコミュニケーションのとり方に着目していたように、新しい技術を使いながらも、その周辺の体験自体が顧客にとって最適なものになっている必要もある。

 高崎氏も、パルレでは「会話を通して、必要な無駄話のなかからその人のニーズを探る」ところが鍵になっていると同調する。AvaTalkを導入している企業は多いが、「ワコールのようにうまくいっている企業と、そうでない企業がある」とし、パルレについては「アバターを動かす人、空間の作り方など、前後のコンテキストも含めて最適に設計されている。だからこそ成功している」と強調する。

 日本の人口減少が進んでいることから、「今のビジネスモデルのままだと廃墟のモールや商業施設ばかりになる」と下山氏は言い切る。コロナ禍で店舗の閉鎖報道も相次いでおり、アパレル業界の先行きは不透明にも思える。

 しかし、同氏はかえって「新しいチャンスもある」と見ている。「アパレル業界がやり残したことが山ほど見えてきている。(それをクリアすれば)効率的に、パーソナライズに、ファッションや文化を楽しめる時代になっていく」と予測し、そのためにも「ワコールは人が活きるDX、人が中心のDXを進めていく」と宣言した。

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