企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。
前回に続き、飛騨・高山地域の地域通貨「さるぼぼコイン」の仕掛け人、飛騨信用組合の古里圭史さんとの対談後編をお届けします。さるぼぼコインのサービス開始から3周年を迎え、地域外からの収入を地域内に留めておくためのユニークな取り組みと、その裏にある地域の事業者支援のための強かな戦略をお聞きしました。
古里氏:さるぼぼコインの3周年を迎える2020年12月からフェーズ2に入っていまして、地域の外から入ってくるお金を地域通貨として地域の中に留めさせることを目的にしています。地域の中にあるお金をただ地域通貨にして回しているだけでは効果が限られてますので。このフェーズ2で考えているさまざまな施策の前提として、地域外の方もさるぼぼコインを利用できるようセブン銀行さんと提携もはじめました。これによって全国のセブン銀行ATMにてさるぼぼコインがチャージ出来ることとなり、セブンイレブン店舗がチャージポイントになりました。
また、サービスリリースから3周年を迎えた12月4日には「さるぼぼコインタウン」というサイトを公開しました。このサイトは、飛騨・高山のさまざまな事業者と連携し、開発を行った“裏メニュー”が掲載された情報サイトです。
角氏:これすごいですよね。よく思いついたなと思いました。
古里氏:ありがとうございます。本当は2020年の2月頃にこのサイトをリリースする予定だったのですが、「セブン銀行と連携しました」というのだけ先に出てしまって、コロナ禍になってしまい1年延期したんです。
角氏:なるほど。そういうことだったんですね。
古里氏:域外のお金を地域通貨の世界にエクスチェンジするためには、飛騨に来た観光客の方がさるぼぼコインを使う動機になるようなものを用意する必要があるので、普通のものがさるぼぼコインで買えるのではなくプレミアムなものを用意しようと思いました。そのために地域の事業者さんたち40社ぐらいとずっと話し合って、「地域通貨で飛騨を周遊しないと、本当の飛騨を知れずに帰ることになっちゃいますよ」というようなムーブメントをつくろうとしています。
角氏:うまいですね。
古里氏:ですので、すごくとんがったメニューがいっぱいあります。「山、売ります!」とか「イタリア料理屋の『カツ丼』、売ります!」とかあります。後者はめちゃめちゃいいイタリアンのレストランなんですけど、2000コインでシェフがカツ丼を作ってくれます。
角氏:おいしいんでしょうね。
古里氏:めちゃめちゃうまいです。あと飛騨牛幻の部位「イチボ」の一部もあります。これは業者の間でしか流通しない希少な肉の部位を、さるぼぼコインでだけ売るというものです。
角氏:気になりますね。それから「マタギに聞く『熊トリビア』」はちょっと聞きたいです。
古里氏:この人は本当にマタギなので、めちゃくちゃ面白いですよ。全部本当にプレミアムで面白いものしか載せていません。こんなものがいっぱいあります。
角氏:すごいですね。
古里氏:ただ、これらはほぼすべて着地型の消費を見込んだラインアップなんです。つまり、高山に実際に来て下さい、そしてさるぼぼコインで飛騨を楽しんで下さい、というものです。それがコロナになってしまって着地型の消費が見込めなくなってしまいました。それで実は今後、さるぼぼコインでの非対面決済を前提とした商品ラインアップを増やしていく予定です。「さるぼぼコインEC」です。そうすると、当地に来ることができなくても、これらの特別な商品をさるぼぼコインで買っていただけます。
角氏:多分ここで買う人たちは、一回飛騨高山に行っている人が多いんだろうなと思いますね。飛騨高山でいろいろ見て回ってファンになり、地元に戻っても飛騨高山を感じ続けたいと思って、ここに行って買うと。そのためのエンゲージの一手間として、セブン-イレブンのATMに行って両替するということですよね。
古里氏:そうなんです。
角氏:これ面白いな。僕もとりあえずイチボ買いたいな(笑)。
古里氏:ありがとうございます。
角氏:でもアフターコロナの世界だと、またひときわ新しく面白く感じますね。この取り組みは。
古里氏:実はコロナ禍の影響で着地型の消費が見込めなくなった事業者さんにとっては、このさるぼぼコインを使ったECだと、とても簡単にECサイトが作れるんです。サイトにQRを貼っておけばすぐ決済できちゃうので。これも法的な問題がないことを確認済みですので、いち早くやりたいです。
角氏:すごいですね。普通の人だと、これを思いついても多分実現するまでのプロセスのどこかで心が折れるか、あるいはほかのことに気を取られて、置き去りになってしまうと思うんですが、古里さんは最後までずっとできていますよね。しかも、ややこしいリーガルの話とか、いろいろな人にいろいろな話を聞きながら精度を上げたりとか、針の穴を通すようなことをやっていらっしゃると思うんですけど、こういうことはなんでできているんですか。
古里氏:まず一番の土台のところは、さるぼぼコインというものに対してものすごく熱い気持ちが僕の中にあって、とにかく上手くいく方法、実現できる方法を徹底的に考えるというのが土台にあるからだと思います。あとは、ちゃんとこれを形にするには、当然組織の中のコンセンサスを得たうえで予算も取らなければいけません。身内の決裁権のある人たちは当然ですが、承認してもらう人たちに理解してもらうことが大事だと思うんですけど、それをかなり丁寧にやっています。
たとえばさるぼぼコインについても、「なんでこんなことをやるの?」という問いに対する回答として合理的なものを用意できているかというところが重要です。地域や組合それぞれのメリットがあり、費用対効果が現実的な数字で、組合の中で必要なリソースも既存の業務の中で確保できるなど、いろいろな方面からの説明ができるように施策を考えているというのはすごく意識していますね。
角氏:なるほど。合理的な説明がちゃんとできて、穴がないようなプランになっているということですよね。
古里氏:そうですね。それは自分が新しい事業とか施策をやる時に一番大事にしているところです。取って付けたようなふわふわした施策を絶対にやらないようにしています。もっといえば、やっている主体者側の自己満足のような施策で、聞こえや見た目は綺麗なんだけれども「だからどうなるの?」みたいな問いに答えられないような施策です。
今回のコインタウンもただサイトに面白いメニューを載せて、さるぼぼぼコインじゃないと買えなくて……だけだとすごく浅い施策になってしまうんですけど、そこにどれだけいろいろな結節点を作っていろいろなものとつなげられるように絵を描いておけるかがポイントだと思います。それは組合でやっているさまざまな事業や地域社会の状況・動きなどとの結節点という意味です。そうやって施策を練り込んでいくと、いろんな文脈にその施策を位置づけることができるようになりますし、そこから新しい枝葉を伸ばせるようになります。それが深い施策だと考えています。ここで始めて関わる人たちの腑に落ちるような取り組みになると思うんです。そしてその筋が悪いとほぼうまくいきません。
たとえば、さるぼぼコインタウンを職員に説明するときは、「事業者支援の取り組みなんですよ」という文脈で説明をします。ひとつは、今コロナ禍で売上が上がらない中、低コストでECの売り場をつくることができる取り組みなんだという説明。そしてもうひとつは、域内経済循環を高めるための本丸である事業者の商品やサービス力を高めるための取り組みなんだという説明です。
前者はQRコードを利用した非対面決済にはさまざまな課題があるものの、小規模零細事業者にとっては非常に可能性のあるECツールになりえます。また後者については、地域通貨を使って域内経済循環を促進するのはあくまでシステムの話でしかなく、やはりその究極的な本質は地域の事業者さんが、地域内外のお客さんに「買いたい!」と思わせる商品・サービスを提供できるかどうかにあります。ソフト力を上げていくしかないんです。ここは避けては通れない課題です。この点を説明しつつ、今までの金融機関業務の中で企業支援の一環として行っていた売上を上げるための新商品・サービス開発を、さるぼぼコインというフィルターを通して行う施策だと説明するんです。
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