デジタルツインで社会課題解決に挑むNTT Com--サイレントマジョリティを「民意」として可視化

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 「常識を再定義するニュービジネスが前例なき時代を切り拓く」をテーマに、2月1日から1カ月にわたり開催されたオンラインカンファレンス「CNET Japan Live 2021」。2月5日は、NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)が登壇。「デジタルツイン」と呼ばれる技術等を用いて現実世界に近いサイバー空間を作り、そのなかでシミュレーションすることで社会課題の解決方法を探る「日本版スマートソサエティ構想」について語った。

 2021年9月頃には、水災害におけるシミュレーションを通じて、防災・減災に結びつく社会課題の把握にトライするという。同セッションではNTT Comがなぜ日本版スマートソサエティ構想のプロジェクトを立ち上げたのか、また目指すべきゴールに向けて何が必要なのかを、プロジェクトを率いる同社イノベーションセンター プロデュース部門 部門総括の大貫明人氏が解説した。

NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター プロデュース部門 部門総括の大貫明人氏(右下)
NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター プロデュース部門 部門総括の大貫明人氏(右下)

サイレントマジョリティを「民意」として可視化する

 災害が発生したとき、どこに避難すれば最も安全だったのか、あるいは本当に避難することが正しかったのか。後になって振り返れば分かる正解も、やり直しのきかない現実世界で選べる行動は1つだけだ。

 しかし、NTT Comが計画しているサイバー空間が実現すれば、将来発生する可能性が高い災害に備えて、仮想のサイバー空間で「予習・最適化」しておくことができるかもしれない。そして、自治体や企業にとっては、どんなメッセージやサービスを発信・提供すれば市民がスムーズで安全な避難行動を取れるようになるのかを学ぶこともできるだろう。

 そんなサイバー空間を作り出す「日本版スマートソサエティ構想」のプロジェクトを進めているのが大貫氏だ。現実世界の地形や社会構造などの情報をそっくりサイバー空間上に再現する「デジタルツイン」という技術等を用い、そのなかでユーザー1人1人が仮想的に行動するシミュレーションを行う仕組み。それによって現実世界でも起こりうる課題を発見し、解決策を現実世界にフィードバックさせたい考えだ。

 大貫氏がこのプロジェクトを立ち上げた理由は、日本が社会的にも、経済的にも世界に遅れを取っている現状を打破したかったからだという。たとえばSDGsの文脈における気象災害や食料・エネルギー不足、人口や労働力の減少、あるいは企業の世界的な競争力の低下、デファクトスタンダードを生み出せない環境など、さまざまな課題が日本が世界に遅れを取る原因になっている。これらを解決するために「これまでも民間、行政含めて努力しているが、(このままでは)変われず立ちすくむ社会になってしまう」と危惧している。

日本版スマートソサエティ構想を立ち上げた背景と提供価値
日本版スマートソサエティ構想を立ち上げた背景と提供価値

 そこで大貫氏が考えたのが、デジタルツイン等によるサイバー空間を活用して社会課題の解決につながる情報を得ること。それを持続的に展開していけるよう企業が新たなビジネスを創出し、経済価値や経済循環を生み出せるような、共創の場となるプラットフォーム「Social Risk Management Platform(仮称)」を作ることだった。

 同プラットフォームでは、現実に近い、あるいは大貫氏いわく「現実よりも魅力的な」リアリティのあるサイバー空間で人々が自由に行動できるようにする。そこで1人1人がどのような行動を取り、結果としてどんな状況になるのかを検証できるようにする。「普段住んでいる世界をバーチャル世界に置き換えて、いろいろな課題に対するシナリオに基づいたシミュレーションをすることによって、現実世界でよりよい行動が取れる」と大貫氏。

日本が抱える課題と同社が目指す社会
日本が抱える課題と同社が目指す社会

 災害発生を想定したサイバー空間であれば、1人1人が避難行動を見直すきっかけになるだけでなく、サイバー空間で可視化された課題から、市民に対して自治体がより的確な避難情報を発信するための方法が見つかるかもしれない。もしくは企業が新たなサービスの開発を思いつくヒントさえも得られるかもしれない。

 現実世界ではえてして声の大きい一部の人たちが大きな影響を及ぼし、個々人がどう行動することでよりよい社会を目指せるのか、最適解が見えにくくなってしまいがちだ。しかしながら、今回提供を検討しているサイバー空間であれば参加者全員の行動・選択が記録に残る。現実世界では意見しにくくても、このサイバー空間の方が発信・意思表示しやすいという人もいるかもしれない。つまり「サイレントマジョリティ」と呼ばれる現実世界の「物言わぬ多数派」の意見や思惑が、サイバー空間ならきちんと「民意」として見えてくる可能性がある。

 このことから、「リスク評価や倫理観に基づいた意志決定は、フラットな社会であるサイバー空間の方が向いているのではないか」と同氏。「地方だと人間関係が濃すぎることがあるし、都市部だと他人に声をかけにくい傾向があるが、サイバー空間なら意外と適度な距離で人と話ができそうにも思う」とも付け加える。

Social Risk Managementの発想、乗り遅れれば「日本はさらにジリ貧に」

 このように、Social Risk Management Platformを行政サービスの拡充や製品開発に生かせるプラットフォームとして提供すれば、自治体や企業が自らの利益につなげることもでき、経済循環がそこに生まれることになる。とはいえ、現実世界の映し鏡となるようなサイバー空間にするには、現実と同じように膨大な数の人、自治体、企業らが参加するプラットフォームになる必要がある。

プラットフォームの成功には、数千万人規模のユーザーと、多くの自治体、企業らの参加が不可欠
プラットフォームの成功には、数千万人規模のユーザーと、多くの自治体、企業らの参加が不可欠

 そのためNTT Comは、まず多くの人の関心を集めるだろう気象災害における課題解決、というテーマで最初の実証実験を行う。9月1日の防災の日なども意識して、江東五区(墨田区・江東区・足立区・葛飾区・江戸川区)を対象として、「河川氾濫により水災害が発生した」と仮定した避難訓練をサイバー空間で実施する計画を立案中だ。

 江東五区を候補としている理由について大貫氏は、自治体が公開しているハザードマップを示しながら、荒川、江戸川など周辺の河川が氾濫したときに「2週間以上浸水し続ける地域が多い。(江東五区の)250万人居る住民が、2週間もの間どこに避難すればいいのか」という深刻な課題に直面することが明らかになっているからだと説明する。それにもかかわらず、社会も個人も備えが不足しており、減災のための行動をシミュレーションをしていない人が多いのが現状ではないだろうか。

 実証実験を通じて1人1人が準備不足を自覚すれば、備えを増やし、実際の避難行動もより良いものになる可能性がある。協力する自治体や企業も多いほど、浮かび上がる課題や解決策の精度も高まる。「気象災害は経済損失が大きく、社会として改善の余地があるテーマ。多くの人命を救うことにもなる。防災・減災につながる個人の行動変容を促すソリューションを、みなさんと開発したい」と大貫氏は期待を込める。

江東五区のハザードマップでは、河川氾濫時に広範囲の土地が水に浸かることが想定されている
江東五区のハザードマップでは、河川氾濫時に広範囲の土地が水に浸かることが想定されている

 なお大貫氏は、今回の実証実験では、社会課題の解決に直接つなげることより、プラットフォームを通じてそもそも課題解決につながるような情報・結果が得られる可能性があるのか、ということを検証したいと考えているようだ。

 デジタルツインなどの技術を用いたSocial Risk Managementという発想は、全く新しいものというわけではない。大貫氏によると、すでに欧州を中心に全世界で取り組みが進んでおり、「20年間で2兆円規模の資金調達、投資がある分野」となっている。だからこそ、これに乗り遅れれば「日本はさらにジリ貧になるかもしれない」との危機感が同氏にはある。

 ただし現在のところ、情報・リテラシー獲得や、意見発信・議論、リスク評価など、社会課題における個別のテーマごとの取り組みはあるものの、Social Risk Management Platformが想定しているような全体を統合的に提供するプラットフォームはない。それもあって「まだこの分野は成長領域」であると見ているが、「当社だけでは(事業化)できない」とも訴える。多くの自治体や企業と「有機的に結合すること」が必要であり、「組み方次第でこのビジネスを共に大きくできるのではないか」として、NTT Comの志に共感して共創していけるパートナーを募集していることを訴えた。

 将来的には数千万人規模の参加者にサイバー空間で活動してもらい、災害だけでなく食料問題やエネルギー問題などSDGsにおけるさまざまな課題解決に活用していきたいとする大貫氏。まさにこれまでの常識の範囲では捉えられない壮大な構想と言えるが、そういった「常識を再定義をするために心がけていること」として同氏は、「理想、妄想を大切にしていきたいと思っている。現状に満足しないこと、満足しない環境に身を置くことが大事では」と語った。

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