——ドローンも空飛ぶクルマも競争相手は多いと思いますが、ANAがドローンや空飛ぶクルマを手がけるにあたっての強みは、どういった部分になるでしょうか。
これまで航空機を安全に運航してきた知見が、われわれの強みだと思っています。あるいは航空従事者が持っているマインドやカルチャー、そういうものも優位性のあるところだと考えています。
たとえば、ドローンはいまは有人地帯で飛行させることはできませんが、今後人の頭上を飛ぶようになると、ドローンというより航空機に近いものになっていくと思います。そうなったとき、ヘリコプターから始まり、プロペラ機やジェット機を導入して、70年かけて安全運航のノウハウを確立してきたわれわれANAのノウハウが生きてきます。
過去には事故を起こしてしまった苦い経験があります。しかし、そこで二度と事故を起こしてはならないという教訓により、安全に運航するための仕組み作りと、起こり得るミスを事故にまで結びつけないためのさまざまな“フェイルセーフ”の仕組みを整え、人財育成をしてきました。それが会社のカルチャーになり、いまや誰もが“飛行機は安全性の非常に高い乗りものだ”という認識になるところまできています。
ドローンはいまのところまだ“事故が発生する可能性がある”と思われている段階ですが、いかにこのリスクをマネージしながら安全なレベルで飛ばすか、というのはとても大事なところです。その点でいえば、われわれは航空機を飛ばすプロですから、ドローンにおいても航空機運航のノウハウがあることは強みになるのかなと思います。
——このコロナ禍でANAの主力の航空事業については大きな打撃を受けました。しかし一方で、ドローンやアバターという領域においては、こういう社会情勢だからこそ御社の存在感がより大きくなっているように思います。
たしかにドローンは、非接触で、かつ遠隔制御で物を運ぶことができる産業ロボットみたいなものです。人を介さずに安全に物を届けるということが必要になってきている現在は、ある意味で追い風になっているところもあると思います。
航空事業が大変な状況ではあるのですが、それでも、たとえば五島での実証実験は「スマートアイランド推進実証調査」という国土交通省が進める離島のスマート化を目指す取り組みに採択を頂き、国の動きと自治体が目指す先、それとわれわれのやりたいこと・成し遂げたいことの3つが揃ってうまく推進できたと思っています。
——そのような事業を展開するにあたって、海外と比べたときに日本が優れているところ、そうではないところなど、違いを意識する部分はありますか。
ことドローンについていうと、日本は人口が減少し、高齢化や過疎化が加速しており、世界に比べてもドローンで解決できる社会課題を多数抱えていると感じています。日本全国の離島や山間部を巡り、目の当たりにした課題は、十年後にはもっと多くのエリアで顕在化していると思います。そういった課題をドローンで解決することができれば、日本の新たな社会インフラにできるチャンスがあるのではと考えています。またいずれ世界でも高齢化や過疎化といった課題で困る国も出てくると思うので、世界をリードできる可能性があると思っています。
ただ、足りないように思うところは人の部分。ハードウェア開発が必要な分野なので、そこにかかるコストもそうですが、特に技術者が集まりにくい。中国だと北京大学や清華大学といった難関大学の工学部で航空系の技術を学んだ人たちが、民生用ドローンで最先端を走るDJIに入社していたりします。でも、日本では航空関連の技術や産業について学んだ人がドローンメーカーに入ることはすごく稀ですよね。
われわれがそういうムーブメントを作れていないことは反省点でもあるのですが、今後、成長性のある“カッコいい産業”と思われるようにしていくことで、もっと注目してもらいたいと思っています。少なくとも、大学や高校から講演を依頼されたときは、私は絶対に断らないようにしています。
——ドローンと空飛ぶクルマについて、今後はどのように展開していく予定でしょうか。
ドローン配送サービスは2022年度に立ち上げるマイルストーンで進めています。まずは離島や山間部。都市部ではなく郊外の、人が少なく、医療施設や店舗へのアクセスに課題があるところに対して、ドローンで解決していければと思っています。
2021年は実用化を目指すにあたって大事な年です。ただ、コロナの影響で離島や山間部への移動が制限されることもあるので、コロナの状況もしっかり見つつ、地域の社会インフラになるために、地域コミュニティに受け入れてもらうために、十分に注意を払いながら進めていきたいと思っています。
空飛ぶクルマは2025年の大阪万博までにというお話をしましたが、もう4年「しか」ない状況です。航空法を改正するには2年も3年もかかるので、いまは官民協議会で月に何度も議論の場を設けています。ちょうど土を耕しているところで、いつかそこに種をまけば、花が咲くはず。リアルに空を飛ぶことの良さを実感できるサービスや体験にする、そんな未来を作るために、苦しいですけどいま頑張っているところです。
——ここからは少し話題を変えましょう。保理江さんご自身がどんなバックグラウンドをお持ちなのか、現在の社外での活動も含めて教えていただけますか。
いまのデジタル・デザイン・ラボに来るまでに、だいたい3つぐらいのことを経験してきたと思っています。1つはavatarinの(代表取締役CEOである)深堀が過去に手がけた、CSR活動の「BLUE WING」に加わって、新たな事業・サービスを作っていく体験ができたこと。
2つ目は、デジタル・デザイン・ラボで、ANAのような大企業でもベンチャーのように事業を作れるチャンスを得られたものの、自分の力がまだまだ足りないと感じて、経済産業省が主催する「始動NEXT INNOVATOR2017」というイノベーター育成プログラムに参加したことです。
今回私を紹介していただいたコエステの金子さんと同期になったプログラムでもあるのですが、そこで同じように企業のなかで新規事業を作っていく仲間ができました。ANAはチャレンジを応援してくれるいいカルチャーを持っていますが、新規事業を立ち上げるとき特有の悩みや難しさは、社外のそういう方々と話した方が共感してもらえたりするので、貴重な場所なんです。
最後の1つは、地元コミュニティですね。世田谷の用賀エリアに住んでいるのですが、そこにベンチャー企業の経営者や起業家など、いろいろな面白い人たちが集まっていて、そこに加わっていました。最初はただお酒を飲んでいただけでしたが、せっかくだから地域にいいことをやろうとなって、「チーム用賀」としてコミュニティを盛り上げるような活動を不定期にするようになりました。
昔の自治会みたいなものに近いと思いますが、30代前半から40歳手前のコアメンバー10人くらいで、休日にゴミ拾いしたり、オンラインイベントを開いたり、地域のお祭りの手伝いをしたり、子どもも巻き込みながら活動していますね。
——地域コミュニティはとても素敵な活動ですね。そのほかオフの時間に取り組んでいること、熱中していることはありますか。
最近は歴史にハマっていますね。ドローンも空飛ぶ車も、新しいビジネスモデルでなかなか先が見えないので、不確実な未来に対してできるだけ正しく意思決定をしていきたいなと思ったら、過去人類がどう歩んできたのか、その歴史を振り返ることが多くなりました。本だけでなく、「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」というポッドキャストにも激ハマりして、それをずっと聞いていたりします。
それと、私は兵庫県の宝塚出身なのですが、宝塚線などを運行している阪急電鉄を創業した小林一三さんの本を10冊くらい読みました。関西で宝塚歌劇団、阪急百貨店、阪急電鉄を作り、東京急行電鉄の創業者の恩師でもあるという、20世紀の日本を作ったと言えるような人なんですよね。
小林一三さんは30代半ばで銀行を辞めて独立後、阪急電鉄の前身となる会社を立ち上げた。当時、そんな年齢で起業できたのはすごいなと思いますし、さまざまな壁にもぶち当たっている。でも、そんな出来事も本では1、2行触れただけでさらりと流れていくんです。自分はいつも悩んだり、意思決定が難しいなと悩んでいるところを、たった2行でしか表現されていないことを考えると、今の悩みなんて大したことはないなと、なんだか慰められるんですよね。
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