ANAホールディングス、五島市、長崎大学、NTTドコモ、自律制御システム研究所(ACSL)、avatarin、NTTコミュニケーションズ、メトロウェザーは11月5日、アバターロボット「newme(ニューミー)」を活用した遠隔診療や遠隔服薬指導と、ドローンによる処方薬の配送をパッケージにした実証実験を、長崎県五島市の福江島〜嵯峨島間で成功させた。
ANAホールディングスが、「既存の移動手段である航空産業を、将来的にディスラプトする存在を自ら生み出す」として数年かけて育んできた「アバターロボット」と「ドローン」という2つのプロジェクトが、奇しくもコロナ禍においてコラボレーションを果たし、未来の遠隔医療を体現して見せた。
国土交通省は、離島地域におけるICTやドローンなどの新技術の実装を目指して、「スマートアイランド推進実証調査」を全国10地域で推進している。五島市もその1地域で、“省電力×遠隔技術×クリーンエ ネルギーで実現する五島スマートアイランド”をテーマに、遠隔診療に取り組んでいる。厚生労働省がコロナウイルス影響下の特例措置として、遠隔医療実施条件を緩和したことを受けて実現に至った。
今回、遠隔診療が行われたのは、五島市の二次離島である嵯峨島(さがのしま)。人口は約100名で、島内には医師常駐の病院がない。このため、看護師1名が常駐する出張診療所に、医師が毎週水曜日に福江島から船で通って、医療を提供している(歯科は火曜日で同じく週1回)。
出張診療所が開いていない場合、島の住民は1日3〜4便の定期船で福江島へ渡り、さらにバスで三井楽診療所へ通っている。診療所や薬局での待ち時間なども含めると、通院は1日がかりの大仕事なのだそう。出張診療所で看護師の付き添いのもと、遠隔診療を受けることができれば、定期受診や薬の処方が必要になるお年寄りには、かなりの移動負担軽減につながるため、すでに遠隔診療を実施している黄島(おうしま)では住民からも好評だという。
嵯峨島の遠隔診療では、アバターロボットのnewmeが活用された。ANAホールディングスが4月に設立したavatarinが提供した。予定時刻になると、福江島三井楽診療所から、いつも嵯峨島へ出張している医師がアバターにインして患者と対面。患者はnewmeを介し、馴染みの医師の診察を受けた。診察の後は、調剤師がアバターにインして服薬指導を行った。嵯峨島の出張診療所には看護師がいるため、血圧を測って医師に伝えたり、機器の動作もサポートできる。
医師は「インフルエンザのようにキットでほぼ陽性かどうかを判定できるケースでは、キットと遠隔診療を組み合わせた遠隔医療のほうが、周囲への感染防止や患者の負担軽減にも役立つのではないか。映像があれば患者の表情も見られるので、診療の信頼性を担保できる。一方で、傷の状況など細かいところまでは分からないなど、課題もある。光の当て方を研究するなどして、役立つツールにしていきたい」と話した。遠隔診療は、2021年2月半ばまで実施予定だという。
遠隔診療と遠隔服薬指導のあとは、処方薬のドローン配送が行われた。ドローンは、福江島から嵯峨島まで、約5kmの距離を片道約10分かけて自動航行。機体は自律制御システム研究所(ACSL)社製のドローンで、ドコモが通信環境を提供した。風の影響を考慮して、上空約30mの低高度を飛行した。
着陸後は薬が入った箱を自動でリリース。看護師が箱を受け取り、中身を取り出して患者と一緒に確認した。ドローンはというと、荷物を下ろすと数秒で自動離陸して、再び福江島の発着ポイントへと戻っていった。さながらお使いにきた鳥のようで、飛行は非常に安定していた。ドローン配送について医療現場からは、「感染リスクがある患者を移動させずにすむ」「船の運航時刻に縛られずに動ける」と好評だった。
また、今回は初めて京大発ベンチャーのメトロウェザーも参画。同社は、レーザー光を発射して大気中の塵や微粒子からの散乱光を捕らえて風況を測定するドップラーライダーを開発している。空港で利用されている機器と比べて、10分の1まで低価格化、小型化を実現したという機器を提供した。
ドローン配送において上空の風況把握、風況予測は今後の課題であり、技術革新が期待される領域だ。NTTコミュニケーションズが、風況データの収集・蓄積のための通信およびクラウド環境と風況の可視化で協力した。
newmeを活用した遠隔診療および遠隔服薬指導、ドローンによる処方薬の配送をパッケージにした実証実験は、大きなトラブルなく非常に安定的に実施され、技術とオペレーションがともに成熟していることを印象付けた。次なる課題は「いかに社会に定着させるか」へと移行するだろう。
この実証で事前に、福江島と嵯峨島の医療従事者に法規制への対応なども細やかに説明して協力を要請するなど、地域の合意形成や計画立案に奔走した長崎大学の前田隆浩教授は、「IT機器を置くだけでは普及しない」と指摘して、テクノロジーを活用した遠隔医療ついてこのように話した。
「看護師さんが常駐している僻地診療所は全国各地にあるが、診療支援がなかなか進んでいない。今回の実証実験は、アバターでドクターと患者、調剤師と患者のコミュニケーションをサポートして、処方薬をドローンで配送するというパッケージを示すことができ、非常に意義深い。テクノロジーを社会に定着させるには、このようなパッケージが必要。また地元住民が使いこなすためのサポートも不可欠だが、今回は看護師さんに患者さんのサポートをしていただけた。利便性向上と医療の質をバーターにしないで、社会に定着していく取り組みが必要だ」
テクノロジーの医療現場における活用については、五島市としても丁寧に医療従事者へ説明し、問い合わせにも随時対応したという。遠隔医療実施条件の緩和は、コロナウイルス影響下での時限的な特例措置だが、遠隔医療は離島の社会を守るために不可欠ともいえそうだ。法規制のみならず、現場でのオペレーション技術養成、ビジネスモデルの策定など課題は多いが、離島や山間部など過疎エリアにおける遠隔医療の新たな形が見えた。
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