再び感染者数が増加している新型コロナウイルスの影響もあり、事務作業、特に“脱ハンコ”の動きが活発になっている。テレワークなど新しい働き方が浸透しつつある中、捺印のためだけに出社するという社員の話もSNSなどで話題になることも多く、脱ハンコ(=電子サイン)を宣言する企業も増えている。
政府も6月に脱ハンコについての指針を出したが、先行してこの動きを強めていたのがIT企業だ。4月のGMOグループを筆頭にIT各社がハンコの廃止を発表。ヤフーもその一社で、5月に原則電子サインに切り替えると宣言した。
同社は、中小企業や個人事業主をはじめ、大企業、官公庁などと取引があるが、実は新型コロナウイルスの感染拡大前からすでに電子サインへの移行を始めていたという。そこで、ヤフーが脱ハンコ化を進める理由、それによって得られたメリットや課題などを、同社の黒岩高光氏(コーポレートグループ ピープル・デベロップメント統括本部 オフィス・経営支援本部 経営支援部 部長)、生平正幸氏(コーポレートグループ 法務統括本部 法務本部 法務企画室 室長)、高田益美氏(コーポレートグループ 法務統括本部 法務本部 法務企画室)に聞いた。
――まず、脱ハンコを推進する背景を教えてください。
生平氏 実は、2019年9月ぐらいから社内で電子サインに切り替えており、半年以上のキャリアがあります。脱ハンコ化を掲げた背景はシンプルで、紙の契約書を取り交わす際、紙への印刷、作業、郵送などコストが発生します。当時はまだ、世間的に障壁はあるだろうとの話もありましたが、働き方を変えたいという視点と、弊社で(電子サインを)世の中のスタンダードにする空気が作れるのではないかとのことで、強く進めることにしました。
新型コロナウイルスの感染拡大後は、先方からも電子サインにできないかという相談を受けるようになりましたし、引き続き出社も難しい状況ですので、電子サインの伸びは上がっています。
――使用されている電子サインツールを教えてください。
生平氏 弊社では、「DocuSign」を採用しています。2年ぐらい前から選定を進めていたのですが、当時の電子サインベンダーはDocuSign以外に、「クラウドサイン」や「Adobe Sign」がありましたが、機能面に加え、DocuSignが米国でブランド化しており、「電子署名=DocuSign」と認識されています。海外との取引もあり、グローバル視点で選びました。
――電子サインの導入でどのような成果があったのでしょうか。現在の電子化比率もあわせて教えてください。
生平氏 電子化は現時点で全体の30%程度に達し、通常1週間、海外だと1カ月以上のやり取りが3分で終わるようになりました。紙で必要な、印刷して製本、捺印、先方住所の確認、封入、送付といった一連の作業がなくなりますので、比べ物にならないほど早いです。1週間に1回、捺印のために出社するという企業もありますが、その場合だと週に1回しか捺印するタイミングがありませんが、電子サインであれば、場所を問わずスマートフォンからでもサインできますし、時間と工数を大幅に削減できます。
弊社では、大企業から中小企業まで様々な企業と取引してますが、特に、個人事業主やワンマンで事業展開されている社長などから電子サインについて「ありがたい」との声を頂いています。出先でハンコを押せるように準備されている個人事業主の方もいらっしゃいますが、電子サインだと2回のクリックで済みますし、収入印紙も不要になります。ヤフーにとって印紙の予算はそこまで大きな負担ではないのですが、万単位でかかるものですので、先方にとっては大きなメリットでしょう。
黒岩氏 また、働き方への貢献以外に、スピード感を持って事業を進めたいという狙いもあります。生平が述べたように、契約締結が3分で終わります。捺印する人間は限られますが、営業が紙を持って行き来すると時間のロスが大きいです。スピーディーに契約を締結することで、攻めの事業展開が可能です。
――先方にはどのように電子サイン化を案内しているのでしょうか。
黒岩氏 私の部門では総務関連を担当しており、社内で営業部などから捺印の申請が上がってきますが、全体として紙が多いです。契約書類を担当者に戻す際に、先方に電子サインに置き換えられないか確認してもらうようにお願いしています。先方に確認する定型のメールはこちらで用意してまして、できるだけシンプルに依頼できるようにしています。
その後のリアクションは、先方の事情によってさまざまなパターンがありまして、「大丈夫ですよ」と即答するところもあれば、理由問わず紙が良いとか、社内的な規則・規定が整ってなくて電子サインがダメという場合もあります。先方のルールをすぐに変えるのは難しいので、次回からお願いするように伝えますが、最近は「どのようにすれば良いか」と問い合わせいただくことが多く、弊社で実践してきたことや導入手順などを説明する形をとっています。
――どのようなアドバイスを伝えるのですか。
黒岩氏 過去に一社一社、契約数が多い会社に説明に回っていましたが、社内規則の改定が必要といった点ですね。ただし、実は電子サインを利用するにあたって必要なものってないんです。弊社から先方に電子サインを送る場合、先方にはライセンス登録やコスト、特殊なアプリは不要で、メールアドレスさえあればそのまま進みますので、実際の運用に関してはかなり障壁は低いです。ただし、先に送るほうがコストを持つことになりますし、例えば弊社に発注いただく場合などは先方からの捺印が必要です。
――とはいえ、やはり紙の信頼感は高いですよね。
高田氏 契約書では、紙とハンコで中身を確認して契約するという商慣習のイメージが非常に大きいです。デジタルで契約書が飛んできて、そこにアクセスしてポチっと契約するというイメージの切り替えに、まず戸惑いがあるのかなと思っています。スムーズに「そうなんだ」と腹落ちするところまでがすごく時間がかかるのを感じています。
生平氏 紙という安心感、データに対する不安を持っている方はまだ多くいらっしゃいます。しかし、電子サインに移行した会社は紙と捺印にはもう戻れません。一度導入すれば、利便性やリモートワークなどの働き方にマッチします。いずれ、「紙とハンコを使っていた時代は何をやっていたんだろう」という時代になると思います。
黒岩氏 一度電子サインに切り替えた企業は、もう元には戻れません。利便性が高いので次回以降も電子サインでと言ってもらえています。弊社としても「電子サインは簡単」だと啓蒙活動も含めて広めていくのが重要と考えていますし、将来的な話にはなりますが、ノウハウをウェブサイト上で公開することも検討しております。
――大企業や官公庁の対応はいかがでしょうか。
生平氏 大企業は、社内の規定上できないケースもあり、新型コロナウイルスで対応しますと宣言した企業も、切り替えには時間がかかります。しかし、世の中の電子サインに対する理解やメリットが浸透し始めたのに加え、政府も電子サインに対してお墨付きを与える指針を出したこともあり、より前向きにご対応頂いております。一方で、官公庁は独自の仕組みで動いてますので、電子サインへの対応は探っている部分ですが、今のところ変えていくというアプローチは見えません。
一般的に、会社には膨大なハンコがありますが、どこで管理されているかなどが電子サインへのハードルになっています。部長クラスの管理者がそれぞれ持っている会社なども多いですが、ヤフーでは黒岩の経営支援部で一括管理しています。このため、電子サインへの切り替えがシームレスにできました。
黒岩氏 ほぼ全社のハンコを集約してますので、私の部署だけで先方に電子サインを依頼することができます。他社では、それぞれの部署から先方に電子サインを依頼することになりますが、社員の教育コストが全く異なります。
――電子サイン化に関して、他社などと情報交換していますか。
生平氏 体制としてはまだありませんが、電子サインを導入するにあたって、お互いどういったスキームを実施しているかを共有しています。また、ZOZOなどZホールディングスのグループ企業とも連携を取っています。グループ内は基本的に電子サインで進めています。
――電子サインでデジタル印影(デジタルハンコ)は使われていますか。
生平氏 電子のハンコも使っていますが、ヤフーが正式に発効した書類だと対外的に示す場合に画像で張り付けています。規定上でもデジタル印影をしていいものと定めているので、それにのっとって、デジタル押印をしていることになります。
黒岩氏 電子サインの仕組みですと、デジタル陰影のアリ・ナシはそこまで重要視されません。その書類自体が正しいのか、会社がきちんと承認しているのかの信憑性が担保できれば良いのです。陰影もプラットフォームによって異なりますし、言ってしまえば好みの問題です。それぞれのプラットフォームの仕組みやソリューションで陰影が使えるものもありますし、DocuSignみたいにサインで良いのもあります。
――ヤフーとして、いつまでに完全電子サイン化を目指すのでしょうか。
黒岩氏 2020年度内に民間の取引は100%を電子サイン化すると宣言しています。そのために、他社の協力も必要ですし、導入する企業が増えれば増えるほど、メリットは計り知れません。登る山は相当高いですが、頑張って100%を目指したいです。
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