「withコロナ」「ポスト/アフターコロナ」「ニューノーマル」といった新たなキーワードが飛び交っている。さまざまな生活スタイル、働き方の見直しが至るところで求められていることもまた然り。それは全国の自治体でも迫られている。
私は東京都内に自宅があり、毎週神戸市役所に出向いて勤務している公務員だ。任期付の特別職非常勤職員として週の3日間、3年を上限とする働き方を選んで2年目に突入した。しかし、1年目が終わる目前の3月末から今に至るまで、ずっと在宅で業務をしている。公務員でありながら、実質4カ月以上もの間、一度も神戸へ行かずにどうして業務ができているのか、また実際にどのような業務をしているのかを、「制度」「環境」「意識」の3つの視点からご紹介する。
緊急事態宣言が発令された翌日の4月8日、神戸市では職員の年次有給休暇の取得や在宅でのテレワーク、フレックス出勤などの励行が強くアナウンスされ、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から「働き方改革」を迫られる事態となった。そして13日には「職員の出勤7割削減」という明確な目標も掲げられた。
私は本稿を執筆している7月16日現在も、都内の自宅で勤務をしている。その背景にあるのは、兵庫県が国の緊急事態宣言にともなう往来自粛制限の対象となっていたことだ。6月19日にはこの宣言が解除されたため、神戸に行けると思ったのも束の間、時を同じくして兵庫県が独自に「社会活動制限の見直し」を発表。「東京都など人口密集地との不要不急の往来、最近のクラスター源への出入りの自粛に努める(7/9まで)」という項目が明記された。そして9日に開かれた県知事会見でも、不要不急の往来を控えるようにとのメッセージが改めて出されたため、自由に往来できるようになるメドは全く立っていない。
神戸市の広報課に関しては、連携を密に取る業務が多分にあったため7割削減が難しく、結果として執務スペースを拡大する手段を取った(連携を密に取る業務=全国の自治体でも似た現象が発生していたのではと推察するが、神戸市では会見が1日で最大4回行われ、各種SNSや市民向け広報紙での情報発信などの業務にあたった)。広報課のフロア横に常設されている会見室を改良して執務ができるようにレイアウトを変更することで、職員同士の感染リスクを少しでも小さくした。もちろん換気窓も全開だ。
市長会見をはじめとするさまざまな記者発表は、従来使用していた会見室のおよそ2倍の広さがある会議室で実施することになった。記者同士のソーシャルディスタンスも意識しなければならないから、当然のことといえる。会見の模様はウェブサイトで公開しているので、興味のある方はご覧いただきたい。
庁内における職員のPC使用環境だが、神戸市役所の本庁舎は専用Wi-Fiが整備されているため、基本的にはワイヤレスでネットワークへ接続することができる。また庁舎の建て替え工事にともない、その整備が間に合っていない仮庁舎も、2020年度中には完了する予定だ。電源が確保されればフロアを選ばず問題なく作業ができる、今まさに求められている環境づくりを積極的に進めている。
肝心のPCについて紹介する。神戸市では2019年度から全職員のデバイスの小型化をしており、1キロ以下の軽量デバイスに順次入れ替えている。神戸市の業務用PCユーザーは実に1万2000人にもおよぶが、場所を選ばない働き方だけでなく、あわせてペーパーレス化の推進とフリーアドレスの導入を実現するためには欠かせないだろう。なお、職員が業務に用いるデバイスのことは「事務処理用PC」と呼んでいるので、以降この呼称を用いる。
目下の課題となった「職員の出勤7割削減」を達成するためにも、テレワークの促進をしないといけないが、ここで一つ大きなハードルがある。職員に供給されている事務処理用PCは必ず、独自のイーサネットを経由することが求められているため、外部のWi-FiやLANケーブルに接続することはできない。そのため庁外でLGWAN環境を構築するためには、通信端子(LTE)を用意する必要がある。
神戸市では、このコロナ禍になる前までにLTEを500台調達していたが、テレワーク環境をより広げるため追加調達を至急で行い、全体で2000台規模に拡大した。残念ながら、緊急事態宣言期間中に1500台増は間に合わなかったが、在宅でもできる仕事の棚卸しを早急に実施したことで、7割の職員が在宅で勤務するスタイルに切り替えることに成功した。今後、再度の感染拡大や大規模災害の際には、このLTEをフル稼働させ、平常時の職場と変わらないテレワークが可能となる。
私は市政情報の広報活動をしているが、結論からいえば、フルリモートでできる仕事はあった。この4カ月近くの間で実施した大きな取り組みのひとつは、記者会見のオンライン化だ。業界の常識でいえば対面で実施することが通例とされてきたが、「止めてはいけない業務=市政情報の発信」や、「前に進めるべき業務=市民への周知と全国への認知拡大」は、どうにかして実施しなければならない。
そこで、緊急事態宣言の発令からわずか3日後の4月10日に開かれたUberEatsとの連携協定の記者会見から、物理的に会見場へ足を運ぶことができない報道機関のため、という前提のもとに、首都圏に集中する編集者・記者がアクセス(具体的には質疑応答に参加)できる運用を開始した。
このことは、コロナ禍における数多くの緊急施策を、より多くの方々に知っていただける契機になった。もちろん音質や画質の面での不安は多分にあったが、会見の数を重ねる度に改善をして、最低限のクオリティを維持するオペレーションを構築した。
そして6月4日に実施した、日本マイクロソフトとの包括連携協定に関する記者会見の際には、市長の久元喜造もオンラインでの質疑に回答し、事実その後の報道で発言が取り上げられたりもした。運用を開始した4月10日からおよそ2カ月の時を経て、現地にいない記者・編集者からの質問に首長自らオンラインで即答できる手法を体現できた意義は大きい。
私は現在の仕事を始めるまでは、一貫して民間企業に勤めてきた。そして正直なところ、民間企業では割と当たり前にできると思っていたことも、転じて自治体でとなるとハードルが一気に上がると思っていた。しかし、誰にも予測できなかった新型コロナウイルスという目に見えない強敵に向かってチームが団結すると、「できないからやらない(と思っていた)」ITツールも難なく使えるようになるし、テレワークもできたおかげで、その心的不安は大きく軽減された。
医療従事者が日夜多くの感染者と向き合っている中、我々事務職員の大半も、想像していなかった業務量に向き合ってきた。そんな中で知らず知らずのうちに「自治体におけるニューノーマルの記者会見フォーマット」を確立させたことは、試行錯誤を重ねながらもITツールを駆使して実現に向けた即応力無くして語れず、一つ大きな強みと思いたい。
またこれは結果論にはなるが、4カ月近くも在宅で勤務する働き方へ理解を示してくれる職員が本当に増えたと実感している。電話、メール、庁内イントラを用いたチャットとオンラインミーティングという、大きく4つのツールを駆使することで、現地で仕事するときとほとんど変わらない業務をすることができた。
今回紹介した記者会見の事例以外にも、さまざまな業務をオンラインで完結させる取り組みを進めている。たとえば、取材対応や原稿のチェック、業務委託のための審査などが挙げられる。オンラインツールの役割は、普段会えない人とコミュニケーションを取ることのはずが、実は日頃の実務でその手段を活用しきれていないことに、改めて気付かされた。
私にとって、神戸市役所に赴くこと自体はもう業務内容として定義できない、不要不急の行動だ。業務遂行上どうしても対面で会う必要があるとか、もしくは口頭や図示で説明できないシチュエーションを求められる場合とかが、要急の条件に合致するのかもしれない。王子動物園にいる、中国に帰国寸前のタンタンに会う業務上の理由を、このところずっと考えている。
本稿が少しでも、全国1700を超える地方自治体に勤める職員の方々に役立つ情報になればと願う。そして最後に、6月26日の神戸市議会本会議での久元喜造市長の発言を紹介する。
「どうすれば人口減少社会の中で行政サービスを維持していくか。そのために、必要のない仕事を見極める。私生活との両立ができる環境を整える。ICTの活用、テレワークなども進めている。その中でコロナを迎えたわけであるが、これを契機として改革を進めていくチャンスだと思っている。環境整備についてはなかなか進まなかった面もあるが、順次取り組んでいる。『在宅勤務可能な仕事』『神戸に居住しなくても可能な仕事』についての洗い出しはなかなか困難をともなうとは思うが、検討を進めていきたい。(中略)課題の整理・検証を進めながら働き方改革に取り組んでいきたい」
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