国内最大規模のコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)であるNTTドコモ・ベンチャーズは、活動12年目となる2019年に30件という過去最高の投資件数を記録した。その躍進を品質面でも支えたのが、同社マネージングディレクターの矢島英明氏だ。
同氏は、エンジニアからキャリアをスタートし、その後、米シスコなどでの投資活動を経て、NTTドコモ・ベンチャーズに参画した、12年以上の投資経験を持つキャピタリストだ。エンジニアとしての素養と、CVCとVCの両方の経験を生かし、NTTドコモ・ベンチャーズおよびNTTグループの水先案内人として本領を発揮している。
インタビューを通じて、矢島氏のこれまでの経歴や、スタートアップに投資する際に同氏が最も重視するポイント、NTTドコモ・ベンチャーズならではの強みや今後の展望などを聞いた。
——まず最初に、矢島さんのこれまでのご経歴を教えてください。
私は新卒でNTTデータに入社し、エンジニアとして10年間勤務しました。政府系、公共系のシステム開発を担当するなど、NTTデータの中でも最も保守的な部隊で働いた経験は、いまの投資スタイルにも影響しているかもしれません。
一旦、NTTグループを離れた後は、投資銀行などを経て、独立系VCで約6年、投資活動を経験しました。そして、米シスコに入社し、投資や買収を担当するコーポレートデベロップメントチームの日本責任者を3年半務めた後、2017年10月からNTTドコモ・ベンチャーズで働いています。
——キャピタリストとしてCVC、VCの両方の経験をお持ちなのですね。エンジニアを10年続けた後に、キャピタリストになろうと思ったきっかけは何だったのですか?
VCに入る直前、投資銀行のプリンシパル・インベストメントチームで、光ファイバーや基地局など、IT系のインフラに投資する仕事をしていたのですが、ちょうどリーマンショックが起きて、プリンシパル・インベストメントは完全凍結されてしまいました。ITエンジニアとしてのバックグラウンドがあったため、IT業界向けのM&Aチームに移されそうになったのですが、投資の仕事を続けたかったので、キャピタリストを選びました。
——これまでのキャリアが「現在の投資判断に役立っている」と感じることはありますか。
やはり、エンジニアとしての経験は、確実に生きていますね。自分があまり詳しくない技術であっても、「技術を理解するためのフレームワーク」が、エンジニアの素養として身についているので、そこはかなり役立っています。
——「エンジニア出身で、投資経験が豊富」というキャリアは、技術に投資していくうえで、大きな差別化ポイントになると思います。
そうだと思います。IT分野に投資をするキャピタリストにとっては当然ITと投資双方の知識が必要ですが、ITに不慣れなキャピタリストの方にITを教えるよりも、投資経験が全くなくても、ITの素養がある方に投資を教える方が、ずっと簡単なんです。
エンジニア出身ではなくても、バックグラウンドとして通信やITを持っているということは、これからの時代は特に、キャピタリストとしては強みになると思います。
——矢島さんは投資領域として、B2Bへの投資の方がB2Cよりも多いと聞きました。B2Bに領域を定めている理由はあるのでしょうか。
ファーストキャリアのNTTデータも前職のシスコもB2B中心の会社ですので、B2Bの方がB2Cよりもしっくりくる、というのは経験上ありますね。B2Bへの投資の面白みについて、「比較的安定した投資アセットである」ということは、今まさに感じています。B2Bは、爆発的な伸びもないのですが、ボラティリティが低いという点は魅力です。
——新型コロナウイルス感染拡大による、投資への影響についてはいかがでしょうか。
どの業種であっても、多少は影響が出てきていますが、SaaS系は比較的影響が小さいようです。多くのスタートアップが共通して直面している問題は「新規案件の獲得が遅れる」ということでしょう。
顧客候補のみなさんが在宅勤務で、オフィスに集まらないので、どうしても決裁が遅れます。ただ、案件そのものがなくなるわけではなく、「時期が後ろにずれていくだけ」だと受け止めていますので、ウイルスの問題が終息すれば回復できる会社も多いでしょう。VCの中でも、今こそ積極的に投資しようという方も少なくないようです。
弊社の投資先も少なからず影響を受けていますので、状況に応じて、粛々と対応していきます。
——投資先を選ぶポイントとして重視していることはありますか。
「投資して終わり」ではなく、「投資した後のお付き合い」が大事なので、「人」は重要です。最も見極めが難しいのですが……。「本当に必要な資金を、必要な時に調達する」という風に、明確な資金使途を持って調達するような堅実な方には、好感を持ちやすいですね。経営者にとって資金調達は大きな負担なので、「集められるうちになるべく多く」という気持ちも分かるんですけどね。
あとは、「お金の使い方」も見ています。たとえば、ステージにそぐわないオフィスに必要以上に無理をして入居していないか、など。金銭感覚に違和感がある場合って、他のことでも、感覚がずれてしまうことが多いように思います。
ただ、創業者などの「個人」を見るのだけはなく、チームとして成立していればよいと考えています。また、CVCとしての投資は協業が前提となりますので、協業相手である各事業部門との「相性」も重要な要素の一つです。
——CVC、VC両方の経験から、CVCならではの強みや逆に難しさについて、どのように感じていますか。
CVCは、協業とセットで投資を実行することが多いため、スタートアップ企業に対して事業上の貢献を出しやすい。協業がうまくいけば、彼らの売上に直結しますから、これはCVCならではの良さだと思います。逆に、CVCの難しい点は、戦略的な意味合いと財務的なリターン両方の観点が求められるため投資先の選択肢が限られるところです。いずれにしても、「協業」がポイントになりますね。
——CVCの中でも、NTTドコモ・ベンチャーズならではの強みを教えてください。
NTTドコモ・ベンチャーズの強みは、CVCとして12年もの歴史があることです。過去の投資先の傾向や、失敗事例もたくさんあるので、そこから学んで、「組織知」を蓄えている点は、最大の強みだと思います。
もう1つは、投資の規模です。現在、NTTドコモ・ベンチャーズでは5つのCVCファンドを運営しており、2つはNTTドコモから、3つはNTTの持ち株会社からLP出資を受けて、総額700億円を運用しています。これは、国内のCVCの中でも比較的大きな運用金額なので、案件ごとに見極めて、然るべきタイミングを逃さず対応することができています。
また、NTTグループ内にはさまざまな領域の専門家がいますので、技術的に分からないことや、投資判断の際に専門的な知識が必要な場合に、グループ内で相談できるのはありがたいですね。
——CVCを運営する上で、「こうすれば成功する」といった、成果の基準としていることはありますか?
基準としているのは、「ファンドとしてのパフォーマンス管理」です。ポートフォリオとして見たときに、継続的に成長できているかどうかは、非常に気にかけますね。
最近、CVCを設立した途端に、あたかも「自由自在に使えるお財布ができた」かのように振る舞う投資が見受けられます。新規事業を始める時には採算性を慎重に試算するのに、CVCからの投資となると「シナジーがあるから株価はいくらでもいい」など、営利企業らしからぬ発言も聞こえてきます。
このように収益性を度外視したCVC活動をしていると、景気の後退局面や経営陣の交代などのさまざまな場面で、すぐに撤退論が出てしまいます。他の独立系VCと同じ観点から見て、投資に値しないような案件はやらない。利益も出すし、協業の成果も出す。だから継続できる。投資家として当たり前のことを、きちんとやることが大切だと思います。
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