AIスーツケースを発想したのは、IBMフェローの浅川智恵子氏だ。中学生時代のケガが原因で視力を失ったという浅川氏。そのことで、本や雑誌といった書籍が読めないこと、誰かと一緒でないと歩けないことの2つが特に困難となってしまったと語った。
浅川氏は、日本IBMにてこれらの課題解決に向けた取り組みを進めてきた。情報アクセシビリティについては、デジタル点字技術や音声ウェブアクセス技術を開発。「ITの発達によって視覚障がい者のアクセシビリティが向上し、さまざまな情報に独力でアクセスできるようになった」と振り返った。
一方の移動について浅川氏は、「訓練をすれば杖を使い一人で歩けるようになったが、職場などの慣れた場所だけ」だと説明。周囲にどのような店があるか、行列ができているか、また知り合いが接近している、といった、健常者が無意識に得ている視覚情報に全くアクセスできていないという現状を示した。
そこで、浅川氏は2014年に米国カーネギーメロン大学へ赴任し、スマートフォンを用いたコグニティビティアシスタントを開発した。スマホで周辺状況を認識し、AIによってリアルタイムにアシストできる。
この技術を活用し、まず屋内の高精度ナビゲーションシステムを開発。GPSが届かない屋内でもスマホとビーコンで位置情報を認識できるもので、日本では東京都の「COREDO室町」が導入している。
しかしながら、スマートフォンのみを用いたのでは、周囲の障がい物などの把握、数センチレベルでの測位は困難だ。浅川氏は、「リアルタイムでこれを実現するには、自動運転車のセンサーが必要」と説明した。
そこで浅川氏が発想したのが、AIスーツケースだ。浅川氏はスーツケースを持って移動する際、体の前にスーツケースが来るようにしているという。自らの前をスーツケースが動くことで、前方の障がい物や階段をスーツケースを通して認識できる。そこへ、スーツケースにセンサーやモーターを載せることができれば、見た目は自然である上、さらに荷物も運べると考え、AIスーツケースの開発に着手したと語った。
浅川氏は、「AIスーツケースは視覚障がい者という少数のユーザーのために開発した技術だが、歴史を紐解くと、こうしたアクセシビリティの技術は大きなイノベーションを生み出してきた」とし、キーボードや電話などの例を挙げた。そして「次はAIの時代。このAIスーツケースが新しいAIの応用となり、さまざまな分野へ発展することを願っている」と締めくくった。
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