——newmeを発表した後の反響や引き合いはいかがですか。
本当にいろいろなところから毎日コラボレーションの相談が来ます。今日だけでも4件くらい来ていますよ。洋菓子メーカーの社長さんからいきなり連絡がきて、newmeを使って工場見学できるようにしたいとか、離れたところにいる家族がnewmeを通じて同じお菓子を一緒に食べられるようにしたい、といった話をされていました。
コンビニや飲食チェーン店などからも引き合いがあります。複数の店舗を受け持っているマネージャーが、店舗に直接足を運ぶことなく各店舗の陳列の状態を動いてチェックしたり、店員の相談に乗ったりすることもできますよね。我々のようなエアラインも、マネージャーはゲートをいくつか掛け持ちしていたりするので、今は走り回って対応しています。でも、newmeをゲートに置いておけば、走り回らなくても担当しているゲートすべてを巡回できるようになります。
フランス人のお客様が来たときは、フランス人のスタッフがnewmeに入って対応する、ということもできますね。タイのグランドスタッフがバンコクの空港で成田行きの便を見送って、成田に到着した後も同じタイの人がお出迎えしてくれる、みたいな演出も面白いかもしれません。
——労働力不足の問題にも一石を投じることになりそうですね。
最近は日本の労働力不足の話が多いですけど、newmeのようなアバターの場合は世界人口で考える必要があります。世界人口が今後100億人を突破すると言われているのに、労働力が不足するなんておかしな話です。日本はたしかに人材が不足しているかもしれませんけど、日本に住んでいる人+アバターで労働人口を維持できるようにすれば、海外から日本のアバターに入って働けばいいので、労働力不足の問題は解決できます。
——海外から日本に来なくても、現地で家族と一緒に暮らしながら、日本の高齢者の介護もできるような時代が来る。
そうすればみんなWin-Winじゃないですか。しかも海外だと時差がありますから、日本が夜のときに向こうは昼だったりする。つまり夜勤手当が不要になります。
教育も変わりますよね。政情の不安定な地域について、実際にそこに行って体験したことのない教師が正確に教えるのは限界があるじゃないですか。でも、もしアバターが現地にあれば、生徒がそれを通して歩き回って、現地の人と会話しながら事実を知ることができます。
デモにアバターで参加して、現地の状況を体験するような人も出てくると思います。Google ストリートビューで現地に行っても写真しか見られませんが、アバターなら見るだけでなく、人を助けたりできるんです。
日本からそういうことが可能になるプラットフォームを本気で生み出したいですよね。携帯電話は最初テキスト中心だったものが写真になって、今は動画やライブ配信がトレンドですけど、今度は絶対にアバターを使い始めますよ。「これからアバターでルーブル美術館を案内するので、みんな一緒に入ってね!」みたいな。アバターを動かせるのは1人だけですが、1台に何万人も入れるので、外国人が日本のデパートで爆買いするのにアバターを使うようになるかもしれません。
——シンプルでかわいらしい見た目ですが、用途は想像できないくらいに広いですね。
newmeのデザインは、ロボット開発とは無縁の化粧品や飲料員のパッケージデザインなどをしている信頼しているデザイナーにお願いしました。そしたら、やわらかく、かわいい感じになりました。一度海外のロボットデザイナーにお願いしたら、戦闘ロボットみたいな感じになったんですよね(笑)。
newmeのデザインのポイントは、カスタムがしやすいことなんです。たとえば動体部分になぜクッションを巻いているかというと、newmeをハグする子どもが結構いるからなんですね。いずれはここに触覚センサーを内蔵させて、newmeを操作している人が装着したリストバンド型のデバイスにその情報を送ろうかな、と思ったりしています。今後は、自動走行アシスト機能や軽量ハンドなども装着できるようにしていく予定です。
ただし、アバターは単なる動かせるロボットではありません。動けば動くほど、Googleが持ってないような大量のライブデータが貯まるんです。また、たとえば精巧な手が付いたアバターだと、手を動かしたときにみなさんそれぞれの特徴が出てきますし、その動き自体がデータとして残ります。
溶接工の人がアバターで溶接をしたデータがあれば、その手の動きを誰でも取り込んで、難しい溶接技術を模倣できるようになる。みなさんがアバターでペン回しをしてくれると、できない私でもアバターでペン回しできるようになる。人が動かして、それを学習することでまた違った価値が生まれるんです。
——newmeはどういったところで利用できるようになる予定でしょうか。個人でも購入できますか?
不特定多数の方が使いたいときに使えるというのが目標ですから、ただ欲しいという方に売ることはしないですね。とにかく大勢の方に体験してもらいたいので、ニーズの高いところに置いて体験してもらう形になります。まずはデベロッパーや、タイアップしている自治体などですね。
日本橋でアバターでしか買い物ができないショップもオープンしました。ロボットしか入れないガラス張りのお店のなかで、newmeを操作して買い物するような仕組みです。あとはミュージアム系の施設や、オフィスの会議室、受付などに導入する話も進んでいます。ツーリズムにおけるガイドのような用途もアリだと思いますよ。
今は料金メニューを考えているところです。特にアバターに入るときの利用料金の部分は検討が必要で、月額制で入り放題にするべきかとか、会社で導入したときはユーザー側ではなくて会社側が負担できるようにした方がいいかとか、考えられるパターンが多い。しっかりデータを集める仕組みを作るために、newme自体もまだ改修したいところがあります。
——すでにANA AVATAR XPRIZEがスタートしてしばらく経っていますが、進捗はいかがですか。
ANA AVATAR XPRIZEでは、本当にいろいろなロボットが出てくると思います。いろいろな自動車があってもいいのと同じように、どんなアバターが出てきてもいいですよね。ただ、私はそのうちアバターロボットのハードウェアの開発は手放す予定です。こういうものは、やはりメーカーが作った方が世の中のためになります。価格も下がりますしね。
——ANAはあくまでもプラットフォーマーに徹すると。
高性能で質の高い、安価なハードウェアを出している日本の自動車メーカーってすごいじゃないですか。アバターを日本の自動車メーカーが作ったらピカイチの出来になると思います。でも、アバターを使って何をやるかという意味では、コンテンツがすごく重要です。なのでプラットフォームだけはちゃんと押さえておく。いつも日本はそこを先にやられてしまうので。我々が賞金レースをやっているのは、そういう理由もあります。
——ANAという会社の中で、このXPRIZEやアバターをやってよかったと思うところはありますか。アイデアさえあれば他社でもアバターを実現できたかもしれませんよね。
これは実際にnewmeを開発してみてわかったことですが、特に地方でロボットの実証実験をさせてほしいとご相談すると、みなさんすんなり置かせてもらえるんですよ。自治体でもすぐにどうぞと。スタートアップだったら絶対にこうはいかないと思いますね。これがANAというブランドなんだなと、地方の方々と話をしていると実感します。
それと、私たちが日本の大手製造業のメーカーだったとしても、ちょっと違ったかなと思います。なぜならメーカーだと、他の競合となるメーカーさんはアバターに絶対参加しないじゃないですか。ANAであれば、ほとんどの企業がライバル関係ではないので、いろいろな業界のいろいろな方々と協業することができます。
もっと具体的な話をしましょう。アバターが普及すると、不特定多数の方が不特定多数のロボットをあらゆるところで、好きなように使うじゃないですか。これが何に似ているかっていうと……毎日我々がしている飛行機の管理と一緒なんですよね。
——そのノウハウが使えるということですね。
使えますよね。アバターはいわば動くインフラですから。でも勝手に動き回ってクラッシュしたらいけない。外を走らせる場合は飛行機のパイロットのマニュアルほどじゃないにしろ、いわゆるEmergency Maneuver、緊急時における対応という点で、そのルール作りは必要ですよね。ということで、ANAがアバターを開発するメリットは結構あるんですよ、私もびっくりするんですけど(笑)。
それと、ANAはロボティクスに関連する企業とのネットワークが全くなかったのですが、賞金レースを主催することによって、これに81カ国の820チームがジョインしました。つまり、そのネットワークを大量に持つことができたのは、ANAとしては大きな利点ですね。
——今後アバターを開発していくうえで、課題になるのはどのようなことだと思いますか。
GoogleやAmazonは我々のことを気にすると思いますね。たとえばGoogle ストリートビューはエジプトのピラミッドを触れないけれど、アバターは触れる。そうなるとGoogleにとっては脅威じゃないですか。Amazonで商品を購入するときは口コミで判断するしかないけれど、アバターなら商品が保管されている倉庫に入って、そこのスタッフに見せてもらって選ぶことができる。これもAmazonにとっては困りますよね。
GoogleやAmazonはXPRIZEファミリーに近いのですが、それでもいずれは戦わなきゃいけない。そのときにANAだけじゃ絶対にダメで、それこそ政府などと連携する必要もあると思います。
そういった世界的大企業の参入を難しくするうえでも、賞金レースとしてやる意味が実はあるんです。ANA AVATAR XPRIZEに参加している820チームの、どの技術がブレイクするのかは最後までわからないんですよ。たとえGoogleがこのタイミングでどこかのチームを買収したとしても、それが果たして正解なのかどうか。820チーム全部を買収したら別ですけどね(笑)。
なので、賞金レースが終わるまでのこの4年間がけっこう肝だと思いますし、勝負だと思います。これはANAにとってだけでなく、日本にとっても数少ないチャンスだと思います。日本が中心になって81カ国820チームのムーブメントを作るってすごく貴重なことじゃないですか。これはうまく生かしたいですね。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
住環境に求められる「安心、安全、快適」
を可視化するための“ものさし”とは?