HAL東京や東京モード学園を運営する学校法人日本教育財団は、2020年4月に“専門職大学”である「東京国際工科専門職大学」を開学する。専門職大学とは、大学卒業で与えられる「学士」と同等の「学士(専門職)」を得られる、55年ぶりの新たな大学制度のこと。大学のように研究や学問を修め、専門学校のように実践的な技能も習得できることが特徴だ。
新たに開学する東京国際工科専門職大学には、AIやIoT、ロボットについて学べる「情報工学科」と、ゲームプロデュースやCGアニメーションが学べる「デジタルエンタテインメント学科」が設立される。
米国スクウェア・エニックス、バンダイナムコスタジオ、チームラボなど国内外の企業と教育領域で提携し、職業知識・スキルを教育するとともに、600時間超の実践的な企業内実習を実施。さらに、校内にAIやVRのシステム、3Dプリンタ、モーションキャプチャー、産業用ロボットなどを揃え、ハードウェア、ソフトウェアともに最先端の開発・実習環境を提供するという。
現在、2020年度入学に向けた入試が始まっており、すでに希望する学生が集まってきているという。そこで学長の吉川弘之氏に、東京国際工科専門職大学が目指す教育のあり方や育成していきたい人材について話を聞いた。
なお、吉川氏は、東京大学総長、放送大学長などを歴任し、現在は日本学士院会員、英国バーミンガム大学名誉博士、ノルウェー工科大学名誉博士、国立研究開発法人日本学術振興会最高学術顧問などを務めている。
ーー早速ですが、吉川さんが学長に就任された経緯を教えてください。
私は1960年代から、工学には科学とは異なる学問があると考えていました。科学はモノがあって真実を極める学問ですが、工学にもモノを作るための巨大な知識体系があります。
モノを削るには切削理論、研ぐためには研削理論といった、工場では体系化されていない情報を科学にした方々から教わるうちに、「デザイン学」という発想にたどり着いたのです。真実を究明するためには何かを作ることが圧倒的に多いのに、その情報システムには法則がありません。例えば、鉄でモノを作るとき、鉄の性質を知ることはもちろん大切ですが、プラスして違う考えも必要なはずだと直感したのです。
この専門職大学がその考えと重なりました。当初は、専門職大学設立のための有識者会議に参加していたのですが、私が大学工学部で長らく抱いていた不満と、東京国際工科専門職大学の目的が似ていると感じていました。理事会に推薦するように言われて学長の候補を挙げていたのですが、大学関係者は専門学校がしている「作る」ということを理解しにくいんですね。
そこで、周囲のすすめもあり、私が学長を引き受けることにしました。(工学・情報分野の専門職大学としては)最初のシンボルとなる責任重大な仕事なので、就任については悩みましたね。しかし、設立までの2年間は産みの苦しみもありつつ、非常に楽しかったです。
ーー吉川さんが長年感じていた考えと、この学校の狙いが一致したのですね。それでは、東京国際工科専門職大学をどのような学校にしていくのか、考えを聞かせてください。
今の大学は凝り固まっています。以前は企業からも「フレッシュな人材を送り出してくれればこちらで育てる」と言われていましたが、それでは社会での実業の感覚すら学ぶことができません。大学院では企業と共同研究などを行いますが、それでは遅いのです。
そして世界で戦うには、アカデミズムだけでは足りないんですね。知識を作り出すアカデミズムと、知識を使ってモノを作り出すことが必要で、それには専門職大学が最適です。私は“思索の骨格”と呼んでいますが、当大学から送り出す人材には、考え方で人を説得できる思索の骨格を持てるように教育していきます。
この考え方を表現することが非常に難しく、文科省が整理することに時間がかかったのですが、無事に認可が下りました。専門職大学についての具体的な概念は文科省と一緒に作ったと考えています。
ーー“思索の骨格”についてもう少し詳しく聞かせてください。
いまの情報化社会には学問がないんですね。それが“思索の骨格”がないということです。例えば、Facebookが発行を計画している仮想通貨「Libra(リブラ)」は、財の概念を変えてしまう。それによって人間社会にどういう影響を与え、格差を生むか、労働の価値が変わるのかといった理論がないため、経済にプラスになることに対しては、自由に情報を投入してしまうのです。
私はすでに労働に関しては意識が変わっていると感じています。この動きは、人類の種全体にとって悪い影響があると考えています。古い学問には法則があって、法則にのっとってモノを作ります。悪い影響を与える可能性も法則でわかります。しかし、情報には法則がないから、Libraのような仮想通貨が単独で作られてしまいます。あのような仕組みは、作っている人たちにとっては理解できていますが、使う人たちは中身を知らないまま使うことになります。
これは非常に危ないことです。自動車がなぜ発展したかと言えば、運転すると機械と一体感を持てるからです。一方、今の情報技術にそれはありません。一体感は持てないけれど、利益だけが出てくる。これは異質なものなんですよね。
話は戻りますが、東京国際工科専門職大学では、情報に関するデザイン学を学ぶことができます。情報を分析しても、物質のように分析結果は出てきません。なぜなら、情報は人間が作ったものだからです。その情報をどうやって組み立てていくか、そこの思索の骨格、つまり学問を作るのが東京国際工科専門職大学の使命だと考えています。
一生かかって身につけた専門に関する知識を展開していくことによって、職の構造も変えていくエネルギーが生まれます。構造自身を変えることは、社会の進化に繋がります。アカデミズムは大切ですが、その周囲にもうひとつ大きな知的社会を作らねばなりません。その進化に役立てる人材を東京国際工科専門職大学で育てたいと考えています。
ーーすでにAO入試が開始されていますね。これから推薦、一般と受験が進みますが、どのような人に入学してもらいたいですか。
アカデミックな知識だけでは入学を決めません。その人が行動する意思やエネルギーをしっかり持っているかを知りたいので、一般受験でも全員面接を行います。大学入学の時点では社会に対してどう貢献したいか、年齢的にもまだ考えていない人が多いとは思いますが、ここでは入学の時からその意思がある人を求めています。
(同校では)1年目は基礎科目を学びますが、2年目は実習科目として地域の人と交流する実習も入ります。企業人という現実社会を学校に持ち込むことで、学問の意味がわかるようになるからです。学ぶ過程で意味を知ることは非常に大切です。入学の時の幼い夢を、学問を裏付けにして次第に社会に通用する夢にしていくことを教育理念に掲げています。
ーー学校卒業の時点で社会に役立てる人材が育つわけですね。終身雇用が崩壊しつつある今、強い人材になりそうです。
終身雇用は日本独自になりつつあり、数十年前に終わったような仕組みを日本は守っていますね。でも、終身雇用が壊れていることは、仕組みを変える良いチャンスでもあります。我が校では、アカデミックな強さと現実社会化する強さをカリキュラムを通じて身につけられるようにしています。
東京国際工科専門職大学は、この分野のモデル校になるように取り組んでいきますが、高等教育の仕組みを変えるには一校ではどうしようもありません。しかし、文科省は変えようとしています。その意欲は確かなので、応えていきたいと考えています。
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