2017年11月に神戸市が主催した「Urban Innovation KOBE」ファイナリストに選定されたシルタス(旧アドウェル)は、2019年3月に同市のスタートアップ提案型実証実験事業「Urban Innovation KOBE+P」の第1号事業に採択され、買い物するだけで健康になることを目指す栄養管理アプリ「SIRU+」の提供を開始した。今回は同社代表取締役/CEO・Founderを務める小原一樹氏にサービスの概要や取り組みの姿勢を伺った。聞き手は朝日インタラクティブ 編集統括の別井貴志が務めた。
――まずは「SIRU+」を開始した経緯からお聞かせください。
ヘルスケアに取り組む際、最初にやることは自分の状態を把握することです。運動量や睡眠量などは、ウェアラブルデバイスを身に付けて測定できますが、食事の栄養バランスを可視化するためには、現状毎食の写真を撮影するか、入力し続けるサービスしか存在しません。私自身も試してきましたが、長続きしませんでした。そこで食事履歴をほぼ自動的に記録できるサービスを作りたいとの理由から「SIRU+」を開発した次第です。
開発のきっかけですが、私自身は健康に対する意欲も知識も多くありません。自身が不健康ではないというのが大きな理由です。普段からお酒も食事も際限なく摂取するため、食生活という意味では最悪ですが、たぶん20~30年後には後悔するでしょう。ここで「何かしなければ」という意識があるものの、前述したように毎食時の記録は大きな負担です。そこで誰でも続けられるサービスを作りたいと考えました。
さらに自分の栄養状態を把握していないのに、女性は鉄分が不足しがちだから鉄分サプリメントを購入する方もいるのが現状です。本来は人によって食生活は異なりますから、摂取すべき栄養も多種多様です。その意味で今の健康食品市場は不健全に見えました。健康になるための手段の最適化には自己の栄養状態を把握することが欠かせないため、「SIRU+」という結論に至りました。
――なぜ、起業までされて「栄養状態の把握」に着目されたのでしょうか。何らかの意思があるように感じます。
起業は以前から考えていました。学生時代は休学し、バックパッカーとして世界を旅していましたが、歩みを進めることで日に日に文化が変化する風景が楽しく、また旅に出たいと思いました。また、気に入った土地で暮らしたいという思いもあり、これは会社員では成し得ない。どこでも仕事ができるスキルが必要だと考え漠然と起業したいという思いを抱いていました。
起業する前に3年ほど特殊冷凍技術を扱う企業に勤めており、当時はおいしい状態を保ちながら物流に乗せられるか考えていました。バックパッカーをしていた頃に、一方の国ではあまり食べられていないですが、他国では高級食材といった"食の適材適所"がなされておらず、新たな保存手段や流通経路が必要だと感じました。特殊冷凍技術を使えばそれが可能だと考えていました。
しかし壁に阻まれたのです。扱っていた特殊冷凍機器は高額ですし、さらに「特殊冷凍した際の美味しさを定量化してください」と言われても、食は個人の好みが加わるため定量化するのは不可能です。もちろん鮮度など数値化できる部分はありますが、定量化を評価基準にしながらも官能検査を優先するなど、埒(らち)が明きませんでした。
人の感性によって変化しない評価軸として栄養素に注目し、CASを訴求できないかとも考えましたが、世間の大半が自己の栄養状態を把握していない状況では訴求できません。そもそも把握していない現状が問題ではないか、という考えに至った上で「SIRU+」の開発につながっていきます。
――御社は2019年1月19日に社名を変更されましたよね。どのような経緯でしょうか。
単純な話なんですが取り引き企業の方々やユーザーに社名とサービス名両方を覚えていただくことは大変だと判断し、サービス名を社名にしました。現在の社名は「誰もが把握していない自分の栄養状態を『知る』」と「自分に足りないもの『足す』」から名付けました。我々は企業側も顧客の栄養状態を「知る」べきだと考えており、栄養バランスを最適化するために必要な商品を店舗に「足し」ていただきたいという思いも持っています。このような背景から社名を変更しました。
――サイトを拝見すると神戸市との関係が深いように見受けられます。
2017年11月に「KOBE GLOBAL STARTUP GATEWAY」優秀賞をいただきました経緯があります。「SIRU+」は足りない栄養を買い物履歴から割り出して、栄養バランスの良い買い物を実現するサービスなので、市民の健康維持に力を入れている自治体はないかと探していた際に、神戸市が先のビジネスコンテストを開催していました。
確か当時は「意識せずに健康行動が習慣化される仕掛けづくりをしていこうということで、モチベーションがなくても市の住環境が変化することで健康行動を取るサービスを開発するスタートアップを探しています」といった内容で我々が採択していただきました。
――それでは「SIRU+」の説明をお願いします。
先ほどの話と重複しますが、健康維持には睡眠や運動、ストレスや遺伝といった多様な要素が関係しますが、我々が関与するのは食事のみ。多くのヘルスケアサービスは顧客の食事データの取得に苦労していますので、我々は食事だけを広く、深く取り扱っています。「SIRU+」のコアバリューは決済履歴を栄養素に変換することですね。ポイントカードを登録することで、購入履歴から足りていない栄養素を割り出します。現在はイオングループのポイントカード「WAON POINTカード」のみですが、今後はクレジットカードやQR決済の対応も進めています。
ターゲット層は健康に関心がない、関心があっても何もできていない方々ですね。栄養の過不足の基準は厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」を基盤に算出しました。我々が提供できる価値は世帯ベースの栄養管理。世帯の食事供給者がバランス良い買い物をできるようになることを目指したサービスです。購入食材は裏側で100種類の栄養素に分類していますが、アプリ上では21種類の栄養素を提示するようにしました。
実のところ購入履歴から栄養素を割り出すのは難しく、そこで過去の膨大なデータとリアルタイムデータを組み合わせて予測させました。この予測アルゴリズムは開発に時間を要した部分です。UXの改善も現在進行形で行なっており、たとえば食材と一緒にトイレットペーパーを購入した場合、自動的に非表示となりますが、ユーザーの中には家計簿代わりに「SIRU+」を使いたいという声もありましたので、対応するか検討中です。もともと栄養状態を可視化するサービスですが、我々が意図しない利用需要も生まれてきました。
繰り返しになりますが、「SIRU+」は健康に興味がない方が使うことを想定していますので、情報を単純化させるために足りない栄養素を3つピックアップしています。面白いのは男性ユーザーが可視化することを「面白い」と感じ、女性ユーザーは「便利」だと感じる点ですね。さらに足りない栄養素が明確になると、料理の提案や食品メーカーのおすすめ商品が表示されます。また、食材もお気に入りやブロック機能を設けてレコメンド内容に反映させました。今後はネットスーパーで食材などを購入できるように改良中です。
一番こだわったのはレコメンドの部分でした。食は「おいしい」「(疲れているから)簡単に調理できる」「安い」など、健康よりも優先させたいことがあります。その場面で「あなたは最近カリウムが足りていません。カリウムが含まれている料理を食べましょう」と提案してもユーザーは選択しないでしょう。そこで提案するのはカリウムを摂取しながらユーザーが食べたい味付けされた料理です。「SIRU+」のレコメンド機能は、購買データやレシピの閲覧履歴データを利用して学習するように作り込んでいます。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス