東京のFMラジオ放送局であるJ-WAVE(81.3FM)は、歴史の長いラジオというメディアでありながら、数ある放送局のなかでも急速にデジタルやテクノロジーへの取り組みを加速させている企業だ。2016年には筑波大学などと共同でテクノロジーと音楽のイベント「INNOVATION WORLD FESTA」を初開催し、早くもその4回目が2019年9月末に開催される。
そのイベントの発端となった番組「INNOVATION WORLD」では、ラジオAIアシスタントの「Tommy」がデビューしたことでも話題になった。これらのイベントや企画の仕掛け人は、J-WAVE編成局 デジタル開発部長の小向国靖氏。なぜ、ラジオ局がテクノロジーイベントを開催するのか、AIアシスタントのTommyはいかにして生まれたのか、ラジオ業界の今後なども含め、同氏に話を聞いた。
——スマートフォン全盛期の現代におけるラジオ(電波)の現状をどう見ていますか。
ラジオの聴取率調査によれば、ラジオを聴いている人の数はピーク時に比べるとたしかに多くはありません。一方で、リスナーがアナログラジオからストリーミング配信のアプリ「radiko(ラジコ)」で聴く形にシフトしてきている動きがあります。ストリーミング配信はリスナーの興味関心や趣味嗜好にあわせてリアルタイムに広告を出し分けられるなど、テクノロジー面では追い風が吹いているんです。
たとえば、瞬時に広告の出し分けができます。radikoでは、電波とは違うCMが流れていたりします。大人の男性が聞いていると判断すれば自動車のCMを流すし、若い女性だったら化粧品のCMにするとか、そういうことがネットの方ではできているんです。
——電波放送よりはデジタルのストリーミング配信が強くなってきていると。
地上波ラジオだけを見て判断してしまうと斜陽産業と捉えられてしまうかもしれませんが、電波以外のプラットフォームがすごく成長してきていて、2018年頃から音声メディアのユーザー規模は確実に大きくなってきていると思います。なので、ラジオを電波だけでは語れない時代になってきていると言えますね。
たとえば、スマートスピーカーの「Amazon Echo」で2018年に最も使われたスキルは何かというと、radikoなんだそうです。強力なコンペティターがコンテンツとしてはまだスマートスピーカーに存在していないという点もありますが、radikoが新しいプラットフォーム上で再評価されている状況です。それ以外にも、非ラジオ局が始めた「Radiotalk」や「Voicy」といった音声系スマートフォンアプリが注目を集めていますし、Podcastも「Spotify」が今最も力を入れているジャンルの1つとなっています。
サブスクリプション(定額)の音楽配信サービスは、どれも近い内容になってきているので、どこで差別化するかというと、音楽以外の音声コンテンツなんですね。それをいかに囲い込んでいくかで、すでに海外では買収合戦も始まっています。スマートフォンで消費するコンテンツのなかで、これから音声メディアの第2次ブームを日本でも巻き起こせるのでは、とすごく感じますね。
——そんな中、J-WAVEは2016年にテクノロジーと音楽のイベント「INNOVATION WORLD FESTA」を開催しましたが、その狙いは。
2011年の東日本大震災の際、ラジオの有用性が一度は見直される動きがありましたが、その後にラジオ局として次の一手を提示することができていませんでした。結局、ラジオ聴取者全体の人口はほとんど変わらなかったんです。じゃあ次はどうするかといったときに、ラジオは災害時のためだけに存在するメディアではないので、平時でも新しいことを始めなきゃいけない、と僕らがスタートしたプロジェクトが「INNOVATION WORLD」でした。
そもそもの始まりは2014年頃、現在の弊社代表取締役社長・中岡壮生と新規ビジネスのリサーチを重ねる中で、スタートアップのイベントを見に行ったことでした。たくさんのテクノロジーアイデアがプレゼン・展示されていて、投資家も集まっていて、大変刺激を受けたんです。けれど、当時はまだこういう人たちがいるということは一般にはあまり知られていないなと。投資家とベンチャー界隈の本当に限られた一部の人たちだけのイベントだったわけです。
こんなに面白い、熱い人たちがいることをラジオとして伝えたい。そう思い、まずイノベーター発掘番組である「INNOVATION WORLD」を立ち上げました。(番組を通じて)テクノロジーにかかわる活動を「僕もやりたい」という人が現れるかもしれないし、次の世代の人たちの新しい活力源や気づきになるのではとも考えました。
そして、イノベーターの次なる一手や、いま考えていること、イノベーションとは何か、といったところを番組で訴えながら、次にこれを具現化するために、SXSWなど世界のテクノロジーイベントを参考にしつつ、リアルイベントとして「INNOVATION WORLD FESTA」、通称・イノフェスを2016年に筑波大学や文科省などと産官学共同で始めたというのが経緯ですね。
2016年は著名人のトークセッションと音楽ライブ、テクノロジー体験という3本柱で、最後は小室哲哉さんがパフォーマンス集団「白A」とコラボレーションしてプロジェクションマッピングライブをやったりしました。このような新たなコラボレーションや、新たなコンテンツが生まれる場ともなりました。初年度は約2000人の方に来場いただき、翌年にはその二倍の規模に成長しました。
——「INNOVATION WORLD FESTA」はこれまで3年連続で開催し、2019年も開催されますね。
2019年は9月28日と29日の2日間、六本木ヒルズで開催します。通常の入場チケット料金は2800円からですが、無料で見たり体験したりできるエリアもあるので、気軽に寄って見ていただければと思います。私のイメージとしては、クリエイターやイノベーター版の「サマーソニック」であり「フジロック」です。私は、クリエイターやイノベーターはロックスターだと思っているので、そのなかの今一番イケてる人たちがここに集う、というイベントにしていきたいです。
——イベントは今後も続けていくのでしょうか。
求められる限りは続けたいと思っていますが、テクノロジーもその時々の旬がありますし、新しいイノベーターの方もどんどん入ってくるのでイノフェスもどんどん形が変わっていくかもしれません。音楽フェスは世の中にたくさんありますが、音楽とテクノロジーがここまでクロスオーバーしているイベントはほとんどありませんので、存在感を出していきたいですね。
——INNOVATION WORLDという番組の中で、ラジオAIアシスタントの「Tommy」をデビューさせるという新しい取り組みもされていますね。
Tommyはラジオ業界初のAIアシスタントとして、ラジオ番組のゲストの性格診断をしたり、リスナーからの「XXなシチュエーションに合う曲」というリクエストに応じて、そのシチュエーションに合った選曲をすることができます。NHKの番組にゲスト出演した際には「NHKの受信料を払いたくなる曲」というような選曲もしました。リクエストに応じて、そのシチュエーションに合うような曲を選んでくれるんです。ちなみに「NHKの受信料を払いたくなる曲」はTM NETWORKの「GET WILD」でした。
——面白いですね。そもそも、なぜTommyを作ろうと思ったのでしょう。
以前は月1回放送の番組だったところから週1回放送にしたときに、毎週放送するならば1年間でストーリーを作りたいなと思い、1年かけてAIアシスタントが育っていくというものが面白いのではと考えました。1年後、Tommyだけでラジオをやるという目標も定めました。まだそこまでの成長には至っていませんが、2018年夏からはTommyが作詞をした楽曲もSpotifyなどで配信しており、AIアーティストとしての活動もスタートしています。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」