関西電力「k-hack」に見る社内イノベーションの生み出し方

別井貴志 (編集部) 野々下裕子2019年05月17日 08時05分

 社内からイノベーションを生み出すにはどうすればいいか。多くの企業が模索し、さまざまな試みをしている。そうした中、関西電力の若手社員2人が立ち上げた社内ネットワーク「k-hack(ケイハック)」から次々と新しいプロジェクトが生まれ、ビジネスとしても動き出している。スタートして3年にも満たない集まりが、なぜこれほど勢いを持って動いているのか。創設者の2人に話を聞いた。

 k-hackは当時、IT戦略室の財津和也氏と同じチームで働いていた森脇健吾氏(現在、経営企画室 イノベーション推進グループ)の2人が、社内の若手同士が交流を通じ、プロジェクトと呼ばれる新しいサービスやビジネスを少人数のチームで始めることを目的に2016年11月にスタートさせた。きっかけは、関西で大企業22社の有志が集まって活動するプラットフォーム「ICOLA(いこら)」に参加していた財津氏が、メンバーから「関西電力の中にもネットワークを立ち上げてはどうか」と勧められたことだった。

関西電力 IT戦略室の財津和也氏
関西電力 IT戦略室の財津和也氏

 「従業員数2万人を越える会社で自分にできるのか迷っていたんですが、森脇さんに話したら即『おもしろいからやろう!』と言ってくれて背中を押されました。最初は自分たちが楽しいと思えることから始めて、徐々に形が変わりながら進化しているという状況です」(財津氏)

 一方の森脇氏は「k-hackによって新しい価値を世に出す事業を立ち上げるきっかけにしたい」と考えていた。「新規事業を立ち上げたいという思いは入社当初からあり、そのための社内制度もあったのですが、それでは限界を感じていました。粗削りでもいいので会社の枠から外れて自由に何かを始めたいと思っていた時にk-hackの話があり、ぜひやりたいと思ったのです」(森脇氏)

 対象は関電グループに所属する35歳以下としていたが、希望者が増えたのにあわせて参加条件をゆるめ、現在は約140名が参加している。交流会やランチミーティング、週1でファシリテーターがテーマを決めてインプットやディスカッションなどし、活動内容は毎週発行されるメルマガで共有している。本来の目的であるプロジェクトと呼ばれる集まりでは各自が密なコミュニケーションを取り合い、そこではメールやSlackといったツールを活用している。

関西電力 経営企画室 イノベーション推進グループの森脇健吾氏
関西電力 経営企画室 イノベーション推進グループの森脇健吾氏

 数々ある活動から最初に事業化が進んだのが、時速5kmのモビリティサービス「iino(イーノ)」プロジェクトである。エネルギー事業の次の柱として自動車事業を考え、既存領域に取り込まれないようEVではなく「移動=モビリティ」をテーマにした。

 「現代の移動は早さばかりが追求されがちなので、そこに新たな価値を再定義するところから始めました。歩くのと同じ時速5km以下という速度で、さらに歩くことを意識せずに移動すると五感が開放され、思考が深まることを脳波計測して確かめるといったことをしました。それを特別な空間として提供するのをメインコンセプトとし、今は主にエンターテインメント向けに車両を提供することを進めています」(森脇氏)

「iino(イーノ)」のイメージ
「iino(イーノ)」のイメージ

 森脇氏を中心にメンバー4人が業務外時間を使い、ターレットトラックを改造して実験用車両を作るところからプロジェクトを開始。大学で実験したり、サービスを検証したり事業化まではすべて手弁当で行われた。プロジェクト開始から約半年後の2017年の春には正式事業として認められ、2019年春から本格的なサービス開始を予定している。

 「これほどスピーディーにできたのは、とにかくメンバー内の話だけで終わらないよう、常に現場に出て動いているから。いろいろな人に会って話を聞き、モノを作ったらすぐに使ってもらってその声を反映するというのをどんどんやりました。もう一つは実証実験で終わらないよう、ビジネスを視野に入れながら進めました」(森脇氏)

 まだ一般向けサービスは始まっていないが、人気のヘッドスパサービス「悟空のきもち」とのコラボレーションが実現した。悟空のきもちを運営するゴールデンフィールドが、関西電力や損害保険ジャパン日本興亜と共同で「新時代の自動運転サービス」の核としてイーノの技術をベースに、歩行者や車、道などを検知し、紅葉や桜咲く山、高原、街中で優雅に動きまわる畳を製作した。このプロジェクトは、「自動運転の時代が来たら何をしたいですか?」という調査の第1位が「寝る」だったことから、最高の睡眠を提供するために3社で企画。「悟空のきもち 旅する畳店」として3月に予約希望を募ると、3万4000人もの応募があった。

「悟空のきもち 旅する畳店」
「悟空のきもち 旅する畳店」

 眠りを追求した自動運転車として動くこの畳の移動速度は時速で3~5Kmで、独自に調整した加速度と、足元から感じる風が飛行浮遊感を生みだすという。人間は、寝た状態でこの加速度と足元から風を受けると、飛んでいる感覚になることもこの開発でわかり、空飛ぶ畳の感覚を追求した。悟空のきもちでは、「弊社の絶頂睡眠の施術を行うと『現実から夢に入る』通常の睡眠とは違い、動くことで生まれる飛行浮遊感により『大空から夢に突入する感覚』を得られる」としている。そして、5月17日から東京のよみうりランドにて日本初の運転者不在の完全自動運転車による有償サービスでの営業運転を開始する。

 もう一つプロジェクトがうまくいく要因としては、k-hackの活動が社内で公式に認められていることが考えられる。

 「k-hackの活動について、事前に常務に説明したところ想像以上に力強く応援していただき、そこでも背中を押されたというのがあります」と財津氏。「k-hackは基本的に非公式の活動なのですが、ありがたいことに社長や常務に活動が認められているという公式な部分もあり、将来的にプロジェクトが事業化した際の対応やルールについても考えられています」(財津氏)

 最初は非公式で自由に動き、事業化にあたっては大企業の資金や名前を使って加速させるというメリットも生じた。イーノも事業化が見えたタイミングで上司に相談したところ想像以上の理解が得られたという。

 k-hackではイーノ以外にもさまざまなプロジェクトが自走するようになった。関西電力が運営する黒部渓谷トロッコ電車でリアル謎解きゲームを実施したり、メンバーの一人で12万人のフォロワーを持つYouTuberの「TOMOKIN(トモキン)」とのコラボ企画をしたりなど次々と実現されている。

 「若手ネットワークなのでサークル活動みたいなゆるい活動が求められるかと思ったら、意外にも仕事とプライベートの中間で新規事業を考えたいと思っているメンバーがたくさんいた。個人では難しい事業の立ち上げや社外コラボもk-hackを使えばやれるようになりつつあります」(財津氏)

 なぜこれほどまでに実態のあるイノベーションが生まれるのか。「大事なのはやりたいことしかやらない、何かをやらせないこと。そして好きな仲間を集められること。その2つさえあればイノベーションはずっと生まれ続けるのではないか」と森脇氏は言う。その森脇氏は、イーノとは別に起業チャレンジ制度を利用して海外旅行事業を立ち上げるなど、自分を含めて3人いる社内起業家を支援する仕組みの整備を本業のイノベーション推進グループで手がけている。

 「本気でやりたいことがある人たちのための仕組みづくりをするだけでなく、先頭で実際にやり方を示し、もちろん事業も成長させていきたいと考えています」(森脇氏)

 森脇氏がイノベーター志向であるのに対し、財津氏はアクセラレーター志向だ。「大事なのは好きなことを見つけてとことん愛せるかどうか。それがあれば森脇さんのように動き続けることができます。最初は簡単に見つからないけど、行動しているうちに見つかることもある。k-hackはそうした場の一つであり、そんな熱意がある人たちを支援していきたい。それには事業そのものも大事ですが、若手が好きなことを見つけて活躍できる場や文化が大事だと思っています」(財津氏)

 森脇氏と財津氏の関係はエースストライカーと監督のようでもあり、企業でイノベーションを生み出すのはそうした関係が築き上げやすいk-hackのような環境づくりにあるかもしれない。「将来的には、本気でふざけているのに世の中に受け入れられるようなサービスを生み出したい」という森脇氏とそれを後押しする財津氏は、今後も新しい価値を生み出すことに挑戦していく。

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