平井一夫×麻倉怜士インタビュー総集編--ものづくり復活へと導いた商品愛とわがまま(第3回)

 6月18日開催の定時株主総会にて、取締役と会長職を退任するソニー会長の平井一夫氏。ここでは3回に渡って、平井氏がどのような考えでソニー復活に臨んだかを、社長、会長在任時に数多く行ったインタビューから紹介する。第3回目は「新事業の揺籃」だ。

第1回「ものづくりへの見守り」はこちら

第2回「感動を得るための施策」はこちら

ソニー会長の平井一夫氏。写真は2018年のCES。撮影:麻倉怜士
ソニー会長の平井一夫氏。写真は2018年のCES。撮影:麻倉怜士

未来のソニーを支える技術を見つけ育てる「TS事業室」

 ソニーはいつも新時代の新分野、新製品が熱く期待される、特異なメーカーだ。人々はソニー初の「ブランニュー」に新体験、新感動を待っている。しかし、これまでウォークマン、CD、プレイステーション……など人々のライフスタイルの変革を実現し続けてきたソニーとしても、それを一朝一夕に生み出せるわけではない。

 本当の心底からの感動とは、「こんな(思いもよらなかった)ものが出たか!」との意外な驚きから発する。しかしそれは、既存のビジネスの延長線にはないだろう。つまりソニーにとって既知ではなく未知分野こそ、感動の沃野ではないか。どうやってその誰も知らない、未知なものを発想し、立ち上げるのか?

 平井氏はそんな問題意識を強烈に持っていた。それを考えるだけではなく、行動に移した。誰もサポートしないのなら、自分が揺籃しよう、と。

 平井氏は未来のソニーを支える技術を見つけようと、研究開発の公開行事には、欠かさず訪れていた。業務用機器の開発拠点である厚木テクノロジーセンターに訪れた時に、床から映し上げる4K・レーザープロジェクター(後に「LSPX-W1S」として商品化)を見て、ひらめいた。そこで直接管轄の「手許で独断と偏見で選んだ有望商品を開発させる部署」(平井氏)のTS事業室に引き取って育てることにした。2013年CESでのインタビューでこう言った。

「LSPX-W1S」
「LSPX-W1S」

平井氏 商品軸に持って行けそうな技術はなるべく拾い上げるようにしています。技術交換会には必ず顔を出し、社内で研究開発したものを見てきました。新しい発想、技術的な展示ばかりですが、私はR&Dも大事だが、それが商品に発展することがさらに大事だと思って見ていました。そこで見つけたのが超短焦点のプロジェクターです。

 これは単純に大きなスクリーンでコンテンツを見るという以上に絶対に面白いと、その場で思いました。いいじゃない、いつ出すのと聞くと、『どこの事業部も取り扱ってくれないんです』。えぇ〜〜?!と驚きましたよ。では、平井扱いにさせてくれ、と。そこで私のTS事業室で育てることにしました。しかもできるまで2年もかかるというから、いや、次のCESに出す勢いで迅速にやれと言いました。

麻倉 このプロジェクターは多様な使い方ができそうです。

平井氏 あれで既存の映画を見ても、もちろんよいのですが、白い壁に銀座のライブ映像を映してみたところ、すごい臨場感なんです。ソニービルの前に4Kカメラを置いて、品川の本社でライブ映像を147インチに表示してみたんです。すると、なんかもう銀座ソニービルにいるという感じなんですよ。人がしゃべりながら歩いているし、クルマも行き交っている。可能性をすごく感じました。

 私(麻倉)は、この時、厚木テクノロジーセンターで超短焦点のプロジェクターの企画担当者に話を聞いていた。彼は「マニア用の4Kプロジェクターを担当していましたが、なかなか市場は広がりません。そこで、リビングルームの壁に映像を映し出せれば、新しいライフスタイルが提案できるのではないかという発想で、“壁映しプロジェクター”を思いつきました」と、言っていた。2016年の平井氏インタビューから再録。

平井氏 今日、明日にすぐヒット商品になるというものでもありませんが、やっぱり「どうですか、これは」と新しい提案をするのが、ソニーの文化ですよ。それがないなら、何のためにソニーをやっているのか。私はいつもワクワクしたい。既存の事業部でもどんどん新しいことをやって欲しい。それでも、うまくはまらないものがあればTS事業室で引き取ります。

麻倉 TS事業室はかつての「QUALIA(クオリア)」(2003年頃に展開した高級志向のものづくりの運動)に似ていますね。

平井氏 QUALIAの場合は既存分野の超ハイエンドでした。TS事業室は新規、新機軸です。

麻倉 社長の後ろ盾はやはり重要です。卵を見つけてきて育てる。なかなかみんなは注目しないけれど、面白いじゃんというものをね。

平井氏 新規のものは、トップマネジメントがサポートしないとうまく回らないです。最初は社長の道楽、平井がやっているからしょうがないってところからのスタートです。でもそれでいいんです。それができるのが社長だから。わがままを言わせてもらってやるぞと。

麻倉 それが平井さんのメッセージですね。

平井氏 こうしたいくつかの新しいアイデアをビジネスとして成立するかを精査しつつ、商品として出していく。それが社長の期待としてあるというメッセージが伝われば、イノベーションが許されるのだと思います。ここ何年かのソニーは苦しい中でやってきました。苦しいし、やるべきことはやるんだけど、やっぱり商品があってのソニーなので、どんなに苦しくても面白い商品を作る部隊がいる。それを私が責任を持つので、みんなでやりましょうよ、というメッセージが大事なんですね。

既存の事業部からは出てこない種を形にした「SAP」

 もう1つ、新事業創出への平井氏の仕掛けが新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(SAP)」だ。ビジネスのSeed(種)を見つけ、開発、商品化、市場導入、マーケティングなど、すぺてのビジネス化をAcceleration(加速)するプログラムだ。

 ソニーの社内には、意外なほどSeed(種)を持つ人がたくさんいるのだが、技術や思いは熱く持っているのに、どうしたら実行できるか、分からない。上司をどうやって説得するのかもわからないし、仕事の進め方も知らないという人が多かった。

 そこで彼らの発想を生かすための体系としてSAPを立ち上げた。ビジネスの種的なアイデアを社内で募集し、選定し、ソニーのものづくり、事業づくりの専門家の支援を仰ぎ、ビジネス化を急速に進める。

 2014年春に第1回の説明会を開催。予想をはるかに超えて集まり、最終的には4年間で13回開催し、合計で600人が来た。多くの提案から、提案者の資質、事業のユニークさ、ビジネスモデルがあるか、競合優位性、そして実現性--の5条件にて選考。これまですでに13事業が世に送り出された。時計バンドに通信機能を埋め込んだ「wena wrist(ウェナリスト)」、電子ペーパーの時計バンド「FES Watch(フェスウォッチ)」はヒット商品となった。2016年8月の平井氏のインタビュー。

「FES Watch UL」
「FES Watch UL」

 「FESやwenaは既存の事業部からはなかなか出てこないでしょう。よって新しいメカニズムを作ってやる必要があります。最近『AROMASTIC(アロマスティック)』のディストリビューションも始まって、スマートロックも市場に出ていますし、ソニー不動産もおかげさまで不動産業界に一石を投じられたように思います。

 いい形で、次の段階のビジネスになりそうなことをやっています。モノが出始て初めて、『SAPというのはいろいろやっているね』という話になります。それまでは『社長のお遊びで、どこかでフェードアウトするだろう』と思われがちでした。それを最後までやり切って、ここまでくるといい形で回り始める。次の大きな課題は、どうやって儲かるビジネスに育てるかです。いいものを出しておしまいではないと思います。次はビジネスだ、と。これを通じてリカーリング(循環型)のビジネスモデルがどう作れるのですか、と考えていくことが必要ですと、SAPの責任者には常々言っています」。

 言い出したことを、徹底的にやり続けるのが平井氏の信条だ。それは私生活にもおよぶ。2016年のCESのプレスカンファレンスでは、例年の如く軽妙な語りでソニー製品を次々に紹介した平井氏だが、私のみるところ、どうも痩せたように見える。CES会場で本人を直撃した。

 「昨今、体重を管理しなけれぱいけないなと思いまして、ダイエットしようと。運動は以前からしていたのですが、加えてカロリー計算に則って、ここ3カ月ぐらい前から、スロージョギングを始めました。始めたら私は頑固なので、止まらなくなってしまいました。時間がある時は毎日、30分から1時間走っています。アウトドアとランニングマシンで走っています」。プライベートでも、まさしく頑固なのである。

 平井氏は大賀氏以来はじめての「ものづくり経営者」だ。大賀氏以降のトップは、大賀氏が築いたソニーブランドとこだわりのものづくり精神に対して、敬意を払わなくなった。大賀氏は1990年代、今後のものづくりの方向に大きな不安を感じていた。当時、デジタル&インターネット時代のソニーの事業環境の変化、ビジネスチャンス、およびリスクについて大きな関心を抱いていた。ある意味、そのリスクが現実化したのが、ここ20年のソニーの問題であった。

 平井氏は軽やかな物腰としなやかな発想で、劇的にソニーを変えた。ものづくりにリソースが環流し始めた。2018年3月期は、1997年以来の最高の業績を残した。しかし、まだソニーの理想「自由闊達なる理想工場」にはほど遠い。後任の吉田憲一郎氏がどんな舵捌きをみせるか、平井氏の後だけに、見物だ。

2016年のCESのプレスカンファレンス。運動に加え、カロリー計算をし、ダイエットをしていたという 撮影・麻倉怜士
2016年のCESのプレスカンファレンス。運動に加え、カロリー計算をし、ダイエットをしていたという 撮影・麻倉怜士

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