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刺激がなければ人も企業も朽ちてしまう--ニチレイが挑むイノベーションの創造

別井貴志 (編集部) 阿久津良和2019年02月13日 11時30分
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 冷凍食品で有名なニチレイだが、低温物流や水産・畜産、バイオサイエンスといった事業も展開していることをご存じだろうか。同社の歴史を紐解くと、第2次世界大戦中の1942年に帝国水産統制が誕生し、1945年12月に日本冷蔵という民間企業として歩みを始める。1979年に始まった第2次オイルショックを迎えた同社は、経営革新を目的とした社内キャンペーン「明日のニチレイ」の実施で危機を乗り越え、1985年2月に現在の社名に変更している。約40年前にイノベーションを起こしたニチレイだが、2017年4月から「事業開発グループ」を設立し、新規事業創出を目指している。今回はその具体的な内容を事業開発グループに所属する皆さんにうかがった。聞き手は朝日インタラクティブ 編集統括 CNET Japan編集長の別井貴志が務めた。

――まずは事業開発グループの成り立ちからお聞かせください。

関屋英理子氏(ニチレイ 経営企画部 事業開発グループ マネージャー):日本冷蔵時代は戦後の食料不足という問題もあり、「日本国中に食料を届ける」という使命を掲げていました。しかし、氷で食料を冷やすにしても物流基盤がない時代でしたから、そこからイノベーションに取り組み始めたと考えています。

 ニチレイは黎明期における調理冷凍食品の開発や長距離冷凍トラックの開発など常にイノベーションに取り組んできた企業ですが、電子レンジの普及以降は家庭向け冷凍食品のラインナップ拡充や、ロジスティクスの効率性向上など品質向上に注力するようになりました。

 しかし、社会全体を俯瞰(ふかん)すると食品分野の技術革新が滞っており、弊社が持続的な成長をしていくためには新たな価値提供が欠かせません。このような議論が社内で起き始めたのが2016年ごろです。そのための専任部隊が必要だという結論に至り、2017年4月に経営企画部のもとに事業開発グループを設立しました。本グループの役割は少し先の未来を見据えつつ、各グループ事業会社を横断した、もしくは間に落ちてしまいそうな、新規事業を創出させることです。獏としたテーマでしたので、ゼロの状態から新規事業開発が始まりました。

ニチレイ 経営企画部 事業開発グループ マネージャー 関屋英理子氏
ニチレイ 経営企画部 事業開発グループ マネージャー 関屋英理子氏

――ニチレイは冷凍食品に代表される加工食品以外にも多数の事業を手掛けています。バイオサイエンスなどは、ある意味で新規事業に当たりますね。それらが誕生した背景も教えてください。

関屋氏:バイオサイエンスは1980年代ですね。弊社は水産と冷蔵倉庫、製氷・冷蔵の3つが(日本冷蔵)創業時に扱っていた事業ですが、やはり中心は水産でした。それが先のオイルショックで経営危機に至り、新規事業を創出しなければ、という危機感から社内キャンペーン「明日のニチレイ」を実施したと聞いています。 以前から食品開発の基礎研究は行っていましたが、当時はバイオテックブームということも相まって、現在のバイオサイエンス事業が誕生しました。

 他にも「アセロラドリンク」(2009年にサントリー食品インターナショナルへアセロラ飲料事業を譲渡し、ニチレイは原料事業に特化)や、チルド製品のコールドチェーンを最適したシステム物流(現在のトランスファーセンター)なども生まれました。

――新規事業創出という文脈で見ると、「明日のニチレイ」がファーストステップとすれば、今はセカンドステップです。ご説明にもあったように新規事業開発は一般的に危機感から始まるケースが多いものの、今回は異なるとお聞きしましたが。

内田絵理子氏(ニチレイ 経営企画部 事業開発グループ マネージャー):そうですね、おそらく危機感からではないと思います。弊社の業績は順調に拡大しています。しかし、次の成長を狙うには、オーガニックな成長だけではなく、新たな成長基盤が必要と大谷(ニチレイ 代表取締役社長 大谷邦夫氏)が語っていました。そのため2016年ごろからプロジェクト形式でワークショップを開催し、それを切っ掛けに事業開発グループが設立されたと聞いております。

ニチレイ 経営企画部 事業開発グループ マネージャー 内田絵理子氏
ニチレイ 経営企画部 事業開発グループ マネージャー 内田絵理子氏

丸山洋平氏(ニチレイ 経営企画部 事業開発グループ マネージャー):関屋が参加したのは2017年7月でしたので、発足当初は私と内田の2人だけでした。最初は社内で過去の振り返りや弊社が持つ資産の棚卸し、過去の成功事例を掘り起こすため、OB/OGの訪問やグループ企業に対するヒアリングを通じて、ニチレイの強みと弱みを洗い出しました。

ニチレイ 経営企画部 事業開発グループ マネージャー 丸山洋平氏
ニチレイ 経営企画部 事業開発グループ マネージャー 丸山洋平氏

内田氏:あとグループ企業が持つ新規事業に対する要望や、現在解決できていない課題のヒアリングも行いました。

――事業開発グループのスタッフ任命はどのように行われたのでしょうか。

丸山氏:立候補といった経緯はなく……。

内田氏:私と丸山は前年度のプロジェクトメンバーでした。

丸山氏:(プロジェクトメンバーの選定は)本社で研修があるから行ってこい、といわれました。当時はニチレイロジグループ本社に所属していました。

関屋氏:事実は我々自身も明確には知らないのですが、経営層の思案としてはプロジェクトメンバーから選定する予定があったのではないかと想像しています。弊社は1つの職種を長く手掛ける人が多いのですが、丸山のように経営企画や海外赴任など多様な経験を持つメンバーを加えようと意図があったのだと思います。(内田氏は)研究ですし、私はニチレイフーズですから、異なる領域のメンバーを取り揃えた形でしょうか。

内田氏:次に、集めた「アイデアの種」から新たな事業アイデアを生み出すということを行いました。その際は、社会課題の解決につながるものを優先して検討しました。加えて、もっと生活者視点での検討の必要性を感じ、ちょうど関屋が参加したあたりで、「2025年の生活環境は大きく変化している。そこでのニーズは何だろうか」と、生活者視点での価値を考え、「ニチレイはどのような価値提案をできるか」という姿勢に切り替えました。

丸山氏:内田が説明した将来の社会変化説を前提に、課題を解決する大きな方向性がなければ、周りを説得できず共感も得られませんでした。また、自分も方向性が定まらず、わだかまりを感じていました。しかし、方向性が決まったことで、常にアンテナを張り巡らせられるようになり、日々の情報収集や他者に説明する際もストーリーを明確にして伝えられるようになりました。今振り返ってみても、(方向性を明確にした)あの活動はよかったと思います。

内田氏:社会変化説の作成は、持ち株が中心となり事業会社のメンバーにも入ってもらって作成しましたので、(事業開発グループ単独ではなく)ニチレイグループ全体としての見立てが入っています。

――では、社会変化説について簡単に説明していただけますか。また、具体的なソリューションについても教えてください。

関屋氏:大きく分けると3つのテーマで構成されます。1つは「社会はダイレクトにつながるように変わっていく」。こちらは「それぞれの顧客とつながる=パーソナライゼーション」を想定しつつ、食という立場から社会へ貢献できるかを踏まえて、食品の商品開発や配送システムを考えました。

 もう1つは「ネクストジェネレーション」。私たちの想定を超えるような新しいものが受け入れられる世代が来る、というものです。たとえば食べ物でも栄養素だけ摂取するという考え方を持つ方や、代替タンパクじゃないと食べられないという方が登場するであろうと。また、世帯構成についても家族という概念が今以上に希薄化するといった多様な価値観を持つ世代を指します。食材の変化と安定供給という観点から、資源確保を考えています。たとえば植物性由来?のお肉や養殖などですね。

 そして最後は「エクスペリエンス」。これは文字どおり、ものだけではなくではなくものも含めた体験に価値が生まれるということです。この3つを支点に未来の変化をブレイクダウンしつつ、食という文脈で何ができるか考えました。その後は3領域に沿って何十ものアイデアを出しました。市場規模や実現までのスピード感など照らし合わせながら優先順位をつけ、現在は3つのプロジェクトが走っています。

 この流れで実施したプロジェクトの1つが2018年12月に発表したインドのオンライン食肉マーケットプレイス「Licious」への出資です。もう1つはおいしさを可視化する分析技術の開発。そして最後は新しい完全栄養食の開発を手掛けるベンチャーとの共創です。

丸山氏:補足しますと、3つの社会変化説をブレイクダウンさせると11の変化があります。これらを基盤に社会や消費者の需要を鑑みつつ、事業アイデアを作成しました。

――インドの企業へ出資したお話をお聞かせください。

丸山氏:Liciousはインドで食肉を扱うEコマースのベンチャーですが、先ほどお話したテーマでは「ダイレクト」に分類されます。当初は食のパーソナライゼーションが進むことを前提に、インドで動物性フリーのカレーソースを販売することを想定していました。事業会社のニチレイフーズが扱っていた「Friendly Dining(フレンドリーダイニング)シリーズ」にカレーがラインナップされており、研究開発部門の人が「カレーならインドでも受けるのでは」とつぶやいたんです。

 Friendly Diningは動物性フリーですし、油も少なくヘルシーなカレーだから行けると思ってインドを訪ねてみましたが、まったく売れませんでした。インド人はレトルトに大きな拒否感を持っているようで、食品問屋や病院の調達部門、ホテルのケータリングやキッチン部門の方にお会いしましたが、その場で味見してもらうのも難しく、サンプルを渡してフィードバックをお願いしても結果は散々でした。

 彼らが健康的だと考えるのは、新鮮さや極力加工されていない食品です。そのためレトルトのような加工食品は難しかったのでしょう。ただ、インド人の健康観を理解できたのは大きな成果でした。

 その後もインドに進出している日系企業にヒアリングをさせていただいたり、関係するセミナーに参加し情報収集をしていました。その中でインド市場に詳しい方からちょうど資金調達を検討しているDelightful Gourmetの紹介を受け、創業者が来日したタイミングで直接事業概要をお聞きしました。

 当初は単なるECサイトと思っていましたが、話を聞いてみると、我々とは異なるモデルで消費者に食肉を届けており、その先進的なシステムと創業者の熱意に驚かされました。彼らは食品のバックグラウンドを持っていないものの、コールドチェーンや流通網の整備が不十分というインドの課題を解決したいという熱意からLiciousを立ち上げていました。

 先方からのお誘いもあり、オペレーションを見せてもらうためにすぐに現地を訪問しました。ここから我々は前向きな姿勢で取り組むことになりますが、帰国してからが大変でした。概要をまとめて出資計画を経営層に上げたところ、「なぜインドでEC? どのような相乗効果があるの?」といわれ、「これは新規事業ですから(既存事業との)相乗効果はありません」と説明しましたが通用しませんでした。

 また、経営層の海外ベンチャー企業への投資に対する意識的ハードルも高く、最初の説明段階では「情報を整理して出直しておいで」と追い返されました。そこから再び情報収集を行い資料修正を重ねました。

 我々事業開発グループとしては、Delightful Gourmetへの出資を何としても実現させたかったので、再び経営層に掛け合い、最終的には出資する方向で承認をいただきました。

――経営層の意識的ハードルを突破できた理由は何でしょうか。

関屋氏:事業開発グループが発足してからインドの案件に至るまで1年かかりましたが、この間は何をすべきか、次の1歩が分からず、どのようなルールで進めていくかさえ見えていなかった状態です。

 その中で出てきたインド企業の出資案件は事業そのものが魅力的に映ると同時に、新規事業開発を推進するという観点からもやるべき価値があるものだったと確信を持っています。これを通せれば社内の意思決定プロセスを構築できるのではないか、成功事例につながるという確固たる思いが3人の中にありました。指摘や指示にはプラスαで返すという姿勢で取り組みました。

 現地に赴く際は専門スタッフを一緒に出張させてもらい、具体的なアドバイスをいただくなど社内からもサポートしていただきました。我々3人の意思、直属の上司の理解そして社内のサポートにつきますね。

――新規事業創出の取材を重ねていると、担当者は「やりきる覚悟」と「絶対にやる」という熱量が必要になってきますね。さて、“おいしさを可視化する”取り組みについても教えてください。

関屋氏:先ほどニチレイの創業期のお話をしましたが、食料が無い時代に食料を届けるといったような、「負の要素をゼロ」にしてきたけれども、「ワクワクするような価値提供」に至っているか。言い換えると、現在のようにモノが充足している時代には、その人自身も気づいていない様な価値提供が求められていると。そして、それぞれの人のおいしさの基準を数値化・見える化することが実現の第一歩になると考えました。

 弊社は長年にわたり、「人の心と食の関係」を調査してきた実績があります。そして、おいしさを感じる要素である「レトロネーザルアロマ」(食品がかみ砕かれて唾液と混ざり、口の中で揮発して喉から鼻に抜けていくときに感じる香り)を測定する分析機器「MS Nose」を保有し10年以上研究してきました。

 心理的な分析結果とレトロネーザルアロマの両者に加えて、パブリックデータを掛け合わせれば何かできるのでは、という観点から「おいしさの可視化」プロジェクトを開始しています。私たちは発足したときから3年間の時限を設けられているため、2020年度までには事業化を目指します。

「おいしさの可視化」のイメージ図
「おいしさの可視化」のイメージ図

――なるほど。しかし、3年という時間制限があると、ネクストジェネレーションの文脈で進めるプロジェクトは厳しいのでは。

関屋氏:3年間が良いかはまだ判断がつきませんが、企業としては継続的によいアイデアを生み出し、組織を活性化させるための流動性を担保するための仕組みであると思っています。次のメンバーが来たときは、過去の失敗例や経験を生かせる仕組みを引き継いでもらい、我々は新規事業を立ち上げて外に出て行くのがあるべき姿でしょう。その為にも他のグループ企業や関係者を巻き込みながら、同時進行でプロジェクトを進めていきたいと思っています。

――新規事業創出にアイデアは欠かせません。取材した方には常に考え続ければアイデアを生み出すことは難しくないという方もおられました。他方で社内の関係者を巻き込むのも重要な行動です。そのあたりのお考えをお聞かせください。

内田氏:ニチレイグループとしてはイノベーションの推進が課題になっていますので、現在我々が取り組んできた知見や失敗を踏まえて、その仕組み作りを検討中です。まだアイデア提案制度などは設けていませんが、グループ全体で展開を進めいけたらと思っています。

――となると事業開発グループは知見を集めるための一種の実験台のようですね(笑)

関屋氏:その側面はありそうですね。(笑)。直属の上司からは「ちょっと変わった3人」といわれていますし、私もそう思います(笑)。私が考えるにアイデア創出する初期段階は、各自異なる方向性に興味を示しながら、互いに関心を示すことが重要だと思います。

 ただ、現在は仕組みになっていないため、我々が作った種をベースに事業会社や、これまでニチレイが関わってこなかった専門領域の方々に参加してもらいながら育て上げなければなりません。

――たとえば危機が差し迫っている状態であれば、新規事業創出に取り組まなければなりません。しかし、現在の御社は物理的な危機状態にあるとはいないでしょう。その上で「新しいことに取り組む」価値とは何でしょうか。

関屋氏:企業における新規事業創出に限らず日常生活も同じですが、2パターンに分かれると思います。適確かつ高品質でやり続けなければならないルーティンワークと、好奇心や刺激といった自分や社会の成長につながる取り組み、流れる水は腐らずで両者が必要です。

 新たな刺激が絶えず必要です。そのための事業開発グループだと捉えています。私は好奇心が旺盛なようで今の仕事が好きです。イノベーションが生まれ将来のニチレイがどのように変化するのかが楽しみですし、ニチレイが社会に価値を提供し続けられるように私自身が取り組みたいと思います。

内田氏:企業経営を考えると持続的な成長が必要です。既存事業の維持や成長ももちろん重要ですが、それに加えて新規事業に取り組むことが真の企業の成長につながるのではないでしょうか。私も研究開発から事業開発グループに異動して、これまで触れてこなかった知識が求められるようになりました。

 この部署に異動してから業務の幅が広がり、自身の成長を感じます。多くの社員が同じように新しい経験をすることで成長していく機会が増えれば、おのずと企業の成長につながるのではないか、という意味で、新たな取り組みは必要でしょう。あと(今回事業開発グループを持株会社に作ったという)経営層の決断は大きいと思います。分社化後、グループを統括する持ち株会社のニチレイで新規事業に特化した部署を置いたのは初めてでした。3人で新規事業が持続的に創出できる仕組みを作っていくことを目指します。

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