アドビが収録した最も画数の多い漢字--居場所は“食”にあった

 クリエイティブプラットフォームの「Creative Cloud」を展開するアドビだが、デザインに欠かせないフォントメーカーの顔も持っている。同社では、1997年にオリジナルフォント「小塚明朝」「小塚ゴシック」を世に出し、2017年には「源ノ角ゴシック」や「源ノ明朝」、2018年には「貂明朝」と次々にフォントをリリースしている。

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(左から)収録された「たいと」と「びゃん」

 特に、源ノ角ゴシックと源ノ明朝は、Open Typeフォントとしてグーグルと共同開発しており、1つのフォントで日本語、韓国語、中国語(簡体字、繁体字)をカバー。アドビでは「Source Han Sans」「Source Han serif」、グーグルでは「Noto Sans CJK」「Noto Serif CJK」として同一のフォントを無償を公開している。

 これまで、各言語のフォントは似た字体(グリフ)でも微妙な差異があり、日本語、韓国語、繁体字、簡体字を混ぜてデザインしようとした際に、一貫性がないことが多かったほか、ディスプレイで文字を読む機会が増え、出版物やデジタルにも対応できるフォントの需要が高まっていた。また、グーグルの「Noto」は「no more tofu=適切なフォントがなく文字化けで表示される四角記号の撲滅」を意味しており、こうしたニーズからアジア圏で広く使えるフォントを目的として開発された。

 そんなマルチで使えるフォントだが、2018年11月のクリエイティブカンファレス「Adobe MAX Japan 2018」にて、源ノ角ゴシックのアップデートを発表。新たに1700文字の追加、1400文字のデザイン修正、簡体字、繁体字以外に繁体字の香港向け表記に対応した。さらに、日本最多の画数の漢字となる「たいと」(84角)と「びゃん」(56角)を収録することがTwitterなどSNSを中心に話題となった。

なぜ最多画数の漢字を収録したのか

 そもそも、5種類の言語に対応するグリフを1つのフォントにまとめるだけでも制約が多くあるのに、なぜ最多画数の漢字を収録することになったのか。アドビで日本語タイポグラフィシニアフォントデベロッパーを務める服部正貴氏は、フォント制作で使用したタイプツールに理由があったという。

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アドビ日本語タイポグラフィシニアフォントデベロッパーの服部正貴氏

 源ノファミリーでは、各言語に対応させるためグリフの一部を共用するなど効率化を進めることで完成に至っており、これを実現するために独自にタイプツールを開発している。服部氏は米国のフォントエンジニアと「最も多い画数のグリフが作れたら、どの漢字でも対応できるツールになる」と、ストレステストの意味合いで「たいと」と「びゃん」を制作したという。その後、正式リリースにあたり、5言語を網羅した源ノ角ゴシックという技術面、開発の革新性を同時に紹介できること、「せっかく作ったなら」という考えもあって収録することになったという。

 なお、びゃんは中国の文字であり、日本語版以外にも簡体字版を制作したという。一方、たいとは日本でしか使われていない文字であり、他言語はサポートしていない。また、Unicodeには登録されていないが、任意のリージョンに言語を切り替えるとグリフが出現するという。アドビの「InDesign CC」では「グリフパレット」から、IMEでは、パーツのシーケンスを並べることで出力できる。

「びゃん」と「たいと」はどこで使われているのか……

 正直、「びゃん」も「たいと」も生きていて目に触れたことがないのだが、日本だと一体どこで使われているのだろうか。そこで、アドビがメディア向けに漢字が使われている場所を案内するツアーを組んでくれたのだが、どちらも“食”が関わっていた。

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まさかのバスツアー

 アドビによると、びゃんは中国西安で食されている「びゃんびゃん麺(中国では麺を面と表記する)」でしか使われていないという。びゃんびゃん麺は、小麦ベースで幅の広さが特徴的であり、西安では昔から最も人気がある麺だ。また、びゃんという読み方の由来について、びゃんびゃん麺の専門店「西安麺荘 秦唐記」のオーナーである小川克実氏によると、麺を打つときの音が「びゃんびゃんするから」という説が有力だという。

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びゃんびゃん麺は、両手で上下させながら大きく麺を引き伸ばす。この時の音が由来になっているという
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びゃんびゃん麺は幅広なのが特徴。右側はさらにワイドな「ベルト麺」

 日本でもローカルな中華料理が入ってくるようになったが、オーナーによると中華料理の質が年々下がってきているという。「中国人が作った店だから中華料理」という認識のもと、本場を知らずに料理を提供するところも増えたとする。オーナーは麺好きで、こうした状況のなか単なる食としてだけでなく、中国料理にも地方ごとにさまざまなカラーがあるように、西安の食文化を伝えたいという想いから麺類メインの店を出すことになったようだ。

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「秦唐記」のオーナーに、アドビフォントチームから源ノ角ゴシックで出力された「びゃん」色紙が手渡された

 たいとの方も食に関連していた。本八幡にある「餃子楼おとど餃子食堂」では、たいとを「おとど」として漢字を使用している。この漢字は、由来がはっきりしておらず、誰かがこの文字を使って名前として名乗っていたといういわれがある程度だという。おとど食堂のオーナーである越智雄一氏は、日本で一番画数が多く、竜のように雲よりも上に行くという意気込みから名前を付けた。なお、この店舗は他に4店舗「肉玉そばおとど」として展開している。そういう意味では、麺類に縁があるのかもしれない。

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びゃんと同じく、「餃子楼おとど餃子食堂」のオーナーに「おとど」色紙が手渡された
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「肉玉そばおとど」のメニューとは異なるが、「餃子楼おとど餃子食堂」でラーメンを頂いた。あっさりしょうゆベースで、お腹が膨れた2件目だったのにも関わらず完食してしまった

 ちなみに、これらの文字はどうやって看板などに出力したのだろうか。小川氏は、中国の業者に発注したという。また、越智氏は、DFP極太明朝体で「雲」と「竜」をPDFに出力し、文字を組み合わせたとしている。今後は、源ノ角ゴシックを使うことで、スムーズに漢字を出すことができるだろう。

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