アシックス、スマイルズ、Z会が考えるブランド構築術--CMOはCGOへ - (page 3)

大切なのは理念でありブランド「計画は信じない」

--次はパーソナライゼーションの話をしましょう。その具体例としてOne ASICSの話を聞かせてください。

マイルズ氏 シューズやアパレルを購入する顧客は、多様な需要をお持ちです。マラソンを走る方やジムで運動する方、普段履きなど各需要を持つ顧客を知ることで、より良いサービスや商品を個人レベルでエンゲージメントを高めることができるとの思いから、One ASICSを立ち上げました。まだ、試験中ですが商品購入時に店舗やECサイトでSSO(シングルサインオン)IDを導入して情報をキャッチします。また、プライベートDMPによる情報収集から1 on 1のコミュニケーションで顧客行動を理解して信頼を深めることを目指してます。現在は欧州で稼働中ですが、今後は米国や日本などグローバルの展開を目指します。

--一般的な飲食店はクーポンによる集客に走りがちです。しかし、Soup Stock Tokyoでは行わないと聞きました。また、事業として出店計画は欠かせないと思います。その上でスマイルズの戦略をお聞かせください。

野崎氏 一応、大まかな出店計画はありますが、「計画は信じない」が基本スタンスです。KPI(重要業績評価指標)をそこに設定すると、(出店を)達成するために行動しかねません。アシックスさんもZ会さんも同じですが、1番大切なのは理念でありブランドです。場合によっては(出店行動の)一挙手一投足がブランドを毀損しかねません。過去には我々も出店計画のためだけの出店を行ったことがありましたが、そのような店舗はほぼすべてなくなりました。

 今は「現地に足を運び、感じる」ことを大事にしています。少し気持ち悪いですよね(笑)。ただ、例えば京都なら薄味の出汁を楽しむなど、場所に顧客の心理的状況を作り出す要素が必ずあります。トラフィックベースだけでは、顧客が確実に弊社ブランドを選んでくれるか分かりません。我々が(その場所を)好きかどうかを踏まえつつ、定量的な情報を加味して出店を決定しています。

 広告出稿ゼロの理由ですが、顧客が惹かれるコンテンツや情報を提供すれば、大きな熱量を持って集まり、発信してくれます。クーポンを提供しても、その人が再び来店する確率とは関係ありません。例えばSoup Stock Tokyoでは2年前から、年に1日、カレーだけを販売するイベントを設けましたが、そこから3カ月間は売り上げが上昇しました。これは「スープのない1日」というプロモーションに興味をもって頂けた結果です。

 自分たちの意思を通わせて、「我々のカレーは美味しいから是非食べていただきたい」と打ち込むことができれば、割引せずともお客様は足を運んでくださいます。ブランドと顧客のエンゲージメントを結ぼうとすれば、新しい価値を付与もしくは提供していく連続体として取り組むのが大事だと思います。

野本氏 (教育業界とは)逆だな、と思いました(笑)。通信教育や学校、教育分野は2〜4月でほぼ年間の売り上げ見通しが決まります。(商機を逃さないために)価格を変えずアドオンで価値向上を図るケースや、スペシャルオファーなど多様な方法を選択してきました。野崎さんの話に共感するのが、「顧客へ何かを提供することで価値を最大化」する点と、「ブランドの毀損」です。現在の弊社は時期に応じた(適時適切に)異なるメッセージ開発に注力していることを、頭の中で整理できました。

マイルズ氏 企業としてはマーケティングへの投資額を抑え、商品開発に投資したいと考えるのは当たり前です。他方で今の若い方々は(企業が消費者に発信する)オウンドメディアを信頼しておらず、(企業が費用を払って広告出稿する)ペイドメディアの効果も懐疑的になりました。となると(ソーシャルや口コミで発信する)アーンドメディアになりますが、セレブリティやインフルエンサーがアーンドメディアを重視するのはあるべき姿といえます。それを実行できるのが羨ましい。

 割引も同じく実施したいと思う企業は皆無です。ただ、今はそれを選択せざるを得ない状況でしょう。だからこそ、より良いブランド、強いブランドを構築すれば値引きする必要も、マーケティング活用も必要ありません。マーケティングのROI(投資利益率)はどの企業も低く、マイナスとなることも珍しくないでしょう。ライフタイムバリュー(客生涯価値)の観点から見ても、(両社の活動は本来)あるべき姿で素晴らしいと正直に思いました。

野崎氏 我々は割引に代表される販促施策や、顧客へリーチする広告展開という選択肢が(企業として)ないため、価値を作り出す手段しか残されていません。ただ、弊社ブランドは価値交換されるものが明確なので価値づくりに注力できますが、教育という分野は体験しないと分からないものが多分に含まれているのでその点はアプローチが異なりますよね。

 企業活動としては製品に向き合い、(顧客へ)伝えるときに押し込むのではなく、我々は引き気味というか歩み寄りすぎないようにして来ました。ブランドコミュニケーションを考える上でペルソナ(外的側面)ではなくブランドそのものを人と捉えながら、「ブランドが誰か(=顧客)と出会って会話している状況」と考えています。押しの強い方より引き気味の方が人は惹かれやすいですよね。その状況を作り出すのが理想的だと思います。

 企業活動としては製品に向き合い、(顧客へ)伝えるときに押し込むのではなく、我々は引き気味というか歩み寄りすぎないようにして来ました。ブランドを考える上でペルソナ(外的側面)ではなく人そのものと捉え、「(顧客=)誰かと出会って会話している状況」と考えています。押しの強い方より引き気味の方が人は惹かれやすいですよね。その状況を作り出すのが理想的だと思います。

Soup Stock Tokyoでは接客マニュアルを推奨しない

--少し方向を変えて社内に注目しましょう。皆さん経営理念というメッセージに沿って活動していますが、社内における意思統一は重要です。例えばスマイルズさんは、皆それを理解しているように見えますが?

野崎氏 我々の理念は「世の中の体温をあげる」なので、「目の前にいる誰かが心震える体験を作ろう」という姿勢を持っています。経営陣も数字ファーストではありません。例えばとある店舗が昨対ベースで2%の売り上げダウンとなっても(もちろんその原因も分析しますが)、ある日のお客様とのやりとりの中で「こんな良い話がありました」といったエピソード(結果)を重視して来ました。これは1つの体験ですが、1は2を生み出します。(売り上げの)2%ではなく、具体的な事象が積み重なることで、ブランドは5年後も10年後も続く可能性が高まるでしょう。

 今、我々は各店舗で、世の中の体温をあげるプロジェクトを実行し、その成果発表会として「Soup Stock Tokyoグランプリ」を開催しています。接客マニュアルなどは用意せず、お客様や働く仲間の体温を上げるために、一人ひとりが考えて実行することを後押しするための施策です。接客マニュアルを用意するのは簡単です。しかし、思考を停止させてしまう可能性もあるため、推奨していません。

野本氏 Z会も近いところがあり、数字よりも個々の学習体験の話になると、会議が長引いてしまうことも少なくありません。(Z会に)入社して1年程度ですが、マーケティング部門と教材を作成する指導課、事業戦略を担う部署が共に議論するのが有用であると気づきました。例えば教材作成時も指導課は言葉を尽くして想いや考えを伝えようとしますが、マーケティング側は1文字でも削りたい。そこに対話が生まれて一問一答に対する強いこだわりが生まれてきます。

マイルズ氏 入社時から(アシックスは)企業理念と活動に対する理解度が高い企業でした。創業者の「鬼塚イズム」を全員強く信じています。今の課題は、そのメッセージが強すぎるため、21世紀でやるべきことをパーソナライズできていないのかもしれません。全員がブランドのアンバサダーであり、問題点を踏まえつつ企業自身を変化させるために、メッセージをパーソナライズする必要がある、と発信し続けています。

野崎氏 課題という文脈ですと、我々が事業開発や創造で大事にしているのは「自分の言葉」で発信しているかです。その人の背景を含めてアウトプットできるか、スタッフも自身の解釈をパートナーさんに伝えているか、に注力しています。数年前ですが「全社員社長会議」というものを行いました。自分が社長だったら何を課題としてとらえてどんなことをしたいか、プレゼンしました。それによって視座が上がったり、日ごろの仕事とは違う視点で会社や組織、事業をとらえることができます。

野本氏 教育業界においては、社会変化に対応するため、教材開発面に課題があると感じていました。デジタルであれば、学習者の学びを蓄積する学習履歴は容易に管理できるため、このデータを活用したより良い学習への取り組みが可能となります。しかし、「今勉強する気分ではない」といった個人の感情は汲み取れません。この感情に寄り添って学びをエンゲージメントする方法を模索しています。また、通信教育を辞める理由を探るのも難しいのが現状です。センシングの範囲は個人情報に関わるため難しいものの、そこまで取り組まないと"最適な学びの環境"を顧客に届けることはできません。

--最後に本日の感想を聞かせてください。

マイルズ氏 皆さんの話が非常に面白い。アプローチが異なっても同様の挑戦に取り組んでいることが分かりました。繰り返しになりますが(聴講者へ向けたアピールとして)身体を動かしてください。モビリティ社会を迎えた今は文明の利器で移動できますが、だからこそ身体を動かしてほしいと思います。

野崎氏 社会において「すべきこと」が増えているように感じました。弊社が得意とするのは「『すべきこと』を『したい』に変える」ことです。(マイルズ氏が提唱した)1つ前の駅から歩くといった運動も我々なら実現できるので、一緒に面白いことをやりたいと思いました。

野本氏 本音を述べれば、お二方と自分が同じ場に立つのはおこがましいと思っていましたが、多くの学びがあり、多様な業種の方々と教育に対する取り組みをカジュアルに話したいと感じました。体験が学びにつながる場面は多く、ワクワクすることから始めるためには、教育関係者だけでは不可能という持論があります。業界を横断して取り組みたいと思いました。

Z会 ICT事業部 マーケティング課 課長 野本竜哉氏
Z会 ICT事業部 マーケティング課 課長 野本竜哉氏

---今回のパネルディスカッションは、いわゆるマーケティング系イベントで語られる内容と異なりましたが、社内へのメッセージングに必要な共通言語化など有益なお話が聞けたと思いました。モノ・コト・ヒトの価値を押し上げつつ、その活動を周りへ伝播するのがマーケティング活動ではないでしょうか。本日はありがとうございました。

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