前回、多くの企業の新規事業やオープンイノベーションへのチャレンジをご一緒しているなかで、「日本企業は新しいことが産めないのではなく、その商品化や事業化を阻害する要因・構図があるのではないか」ということに思い至ったことをお伝えしました。
今回は、100社以上の大企業の新規事業開発をサポートしている中で見えてきた、「大企業のなかで新規事業を創出するステップと陥りがちな課題、その突破口」をご紹介したいと思います。
まず、「新規事業を創出するステップ」には、以下の6段階があると私は考えています。
本日はこのうち、1.と2.についてご紹介します。
1.社内にある宝を発見する・掘り起こす(論理:企業の強み):市場展開可能性のある技術を掘り起こす
この最初のフェーズには大きく分けて2つのパターンがあります。1つは、自社の技術ポートフォリオを見ながら、市場ニーズがあるものを特定していくパターン。もう1つは、ある特定技術について市場展開の可能性を模索するパターンです。いずれにしても、競合や既存サービスの提供価値をベンチマークしながら、「勝てる」「磨いていける」技術を探索していくステージです。
このフェーズで起こりがちなことや、頓挫する場合に散見されるフレーズとして、「うちの技術はまだ世に出せるレベルではない」「まだ難しい」といったことや、「サービスレベルにするためには時間が必要」といったことがあります。一方で、ではどのレベルになれば出せるのかを言語化、ないしはKPIを設定できているかというと、ままならない企業が多いのも事実です。またこの段階では研究者自身も「ビジネスとして成立しうる技術なのか」という観点では心もとないと考えてしまったり、他部門からの批判的な意見や指摘に対し自信を持って推進していく気概が持てなかったりといったケースもあります。
上記の突破口としては、まずはマーケットの競合を調べ、実際に買ってみたり使ってみたりして、そのサービスが提供している価値と金額を見定めることで、「金額に応じた要求水準」を見立てます。そのうえで、「マーケットニーズを満たせるであろう技術レベルはこの程度」を特定し、技術を抽出します。この時、「できない理由」「できていない個所」にフォーカスするのではなく、プロダクト・競合の観点から、何にフォーカスすることが価値につながるのか、価値に見合った技術レベルはどの程度かを見定めること、難しい理由を一度脇においたうえで、現実的・具体的にどうしていけばよいかを議論の中心に据えて展開することです。
2.やりたいこと視点で着想する(感情:個人的なテーマ):個人的に興味があること・やりたいことから企画を抽出する
このフェーズは極めて重要であり、新規事業を推進していく上での核心とも言えます。なぜなら大企業内での新規事業は、苦労や困難、突破しなければならない高い壁にぶつかることの連続であり、「心からやりたいこと」でなければその突破していくエネルギーが得られないからです。
このフェーズを経ない新規事業プロジェクトにおいては、社内で方針を説明したり、厳しい指摘を受けたりしながら改善作業を進める際に、「なんでこんなに大変な、辛い思いをしてまでプロジェクトを進めなければならないのか?」という心持ちに担当者自身が陥ってしまいがちです。「ここまで大変な思いをしてこのプロジェクトを進めても、結果的に自分にとってはたいしたメリットにならない、ここから離脱したい」となり、本人も無意識にそれらしい理由や言い訳を考え出し、結果的に新規事業プロジェクトを頓挫させてしまうことが多く見受けられます。しかしながら、最初から強烈な問題意識をもち、推進していく意欲も能力もある、という人はまれで、プロジェクトの企画内容がおもしろくなってきたり、周囲から期待を寄せられるようになっていく中で自分の案に自信が持てたり、心強い応援者が現れてくるというのが一般的です。
突破口としては、まずは1.の技術を念頭に置きながらも、「『自分が』興味のあること・やりたいこと」を洗い出し、双方をいったりきたりしながら少しずつ紐付け考えていくことです。また、さまざまな人にアイデアを話すことで意見をもらい、「私はいったい何を価値と考えているのか。何が好きで、誰に喜んでもらいたいのか。誰を笑顔にしたいのか」という問いを自身に投げかけ続けることにフォーカスして企画をつめていくことで、段々とプロジェクトを進めていきたいという意思が形になっていき、それが困難に立ち向かい推進していく力になっていきます。
たとえばシャープの社内ベンチャー「TEKION LAB(テキオンラボ)」は2017年3月に「雪どけ酒 冬単衣(ふゆひとえ)」というプロジェクトで、Makuakeにてクラウドファンディングを実施しました。これは、液晶材料の研究で培った技術をベースに開発した、-24度から+28度の間の任意の温度をキープできる特殊な「蓄冷材料」の保冷バッグで日本酒を包むことで、-2度という「今までにない温度でその味わいを楽しめる日本酒を届ける」というコンセプトのサービスです。
このプロジェクトは、「TEKION LAB」のプロジェクトリーダー西橋雅子(にしはし・まさこ)氏、長年研究に携わってきた同CTOの内海夕香(うつみ・ゆか)氏から「蓄冷技術を活かせる商品を何か作れないか」と相談を受け、この特殊な蓄冷材料の市場展開可能性を探っていくところからスタートしました。1.の「社内にある宝を発見する・掘り起こす」という点では“特定技術の市場展開可能性を模索する”パターンに該当します。
このテキオンラボのケースでは、お二人の熱量が本当に高く、「なんとかしたい!」という想いが強かったものの、このユニークな材料の特性を活かして、「どのように魅力的な商品の企画に仕上げていくか?」というところが課題でした。
この蓄冷材料のユニークな点は、-24度から+28度の間の任意の温度をキープできるという点ですが、競合と比べた際に、(石油由来ではなく)水由来で安全であるという事が競合優位性のあるポイントでした。
まずは製品の「ユニークな特性」について整理し、このユニークな特性が活きる商品アイデアについて議論していきました。一般的な蓄冷剤の利用シーンをベースに、さまざまな可能性を議論していく中で、(水由来であるという)安全性が活きる分野ということで選択肢を洗い出し、その中でも食品のカテゴリがおもしろいのではないかとなっていきました。
そして特に西橋さん、内海さんが検討し、途中でスタックしてしまっていた「お酒」の分野で深掘りをしていくこととなりました。たとえばワインは、赤ワイン、白ワインなど、種類によって美味しく飲める適温が異なる、という特性があります。この、自分たちが強くこだわりを持てる「好きなお酒のジャンル」という事が、その後のさまざま課題を乗り越え、商品の魅力をブラッシュアップしていく際に、大きな力となりました。
さらにその後、3.に続く、「顧客ニーズや市場のトレンドに照らし合わせる」ことで、よりユニークな切り口を模索していくことになります。次回は3.以降について、説明させていただきます。
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