――今度は事業家である十河氏にお聞きします。新規事業のアイデアや、Goサインを出すタイミングを教えて下さい。
十河氏:大前提としてAnyMind Groupの拡大を目標に掲げており、ビジネスモデルの可能性よりも市場規模を優先してきました。まず市場規模と可能性を見極めた上で、森田さんと同じくタイミングや感情は重視しています。どんなに素晴らしいプロダクトを生み出しても、タイミングが悪いと広まりません。
なぜ今HR分野に取り組むのかといえば、自分たちの企業経営で人材に課題を感じているからです。慎重にレジュメ(職務経歴書)を分析して採用に至っても、企業文化と合致しないケースは少なくありません。企業は人がすべてです。採用そして入社した人材の将来もデータで最適化が必要でしょう。
ですが、現在市場を見渡しても類似するソリューションは存在しません。また、多くの企業に人材投資を推進する流れが起きつつあります。このようにタイミングと感情が合致したというのが、HR分野に進出する理由です。
――人材採用では、どこに注目していますか。
十河氏:モチベーションが高く、仕事を好きな方ですね。しかし、(採用してきた人材に)共通しているのは「良い人」。そうしないと弊社の企業文化が崩れてしまいます。弊社の人材は皆若く、できる限り責任を与えて成長を促してきました。それでモチベーションが高まるタイプでないと務まりません。100%の教育体制を用意するのも現時点では不可能です。そのため面接では、良い人か否かを判断材料に加えつつ、自ら取り組もうとする勢いのある方を選んでいます。
森田氏:新規事業は一定のストーリーがありつつも、途中に多くの枝葉があり、思いどおりに進みません。障壁にぶつかった際に素早く方向転換できるのは、モチベーションの高い方です。僕らも経営陣として「この方向が世の中の感情的にあっているはず」とまい進し、霧が晴れたところで再判断してきました。「霧が濃いから進めない」という方は向いていません。
――大企業“あるある”ですが、企業で新規事業の企画を通す際は上長や役員など多くの障壁が存在します。その際の対応策を教えて下さい。
森田氏:僕は人に期待していません。自分の取り組みがある程度うまく進むと、勘のよい人はついてきます。それを信じて(新規事業創出を)進められるかが大事でしょう。最初から皆で取り組むと決断を下す人が増えてしまい、皆の発言を受け入れなくてはなりません。だからこそ一定のラインを超えるまでは1人の方がいいでしょう。僕らの場合、社内ではなく社外のエンジニアに手伝ってもらうケースは少なくありません。周りを巻き込もうという意識自体が不必要です。賢い裸の王様が一番、新規事業には向いています。
十河氏:同感です。弊社は大企業ではありませんので、新規事業は(十河氏)直下で意思決定は自分が担います。さらにトップが関与しないと皆ついてきません。TalentMindも熱量が高く頑張るタイプが事業責任者を務め、リードエンジニアを含めた3人体制で取り組んでいます。皆同じマインドを持っているのでやりやすく、自分たちのビジネス立ち上げに集中できるため、小規模体制を意識してきました。
森田氏:話は変わりますが、現在デジタルアートを作っています。いくつかの理由はありますが、市場的文脈では、現在地球上で一番高い絵画は約500億円で、その次も300億円程度。その2つは石油主要国の王族が所有していますが、彼らが高額な買い物をする理由の1つに侵略を受けた際、土地(と石油)は捕られますが、数百億円の絵画は丸めて持ち出すことができるという感情的な理由があるのではと思っています。
グラム単位で見ると絵画は地球上でもっとも高価な資産となるところに面白さを感じました。次の資産構成管理の1つとして絵画に注目が集まるのではないかと。昔は節税対策として絵画を購入していましたが、今後は贋作(がんさく)の是非もブロックチェーンで保証できる時代が来ます。そのあたりにも新規事業の匂いがします。
「ARS ELECTRONICA FESTIVAL 2018」(毎年9月にオーストリア・リンツで開催する世界最大規模のメディアアートフェスティバル)で僕らの作品が展示されますが、このプロジェクトも数人で回してきました。ここから先はどんどんメンバーも関わってくると思いますが、社員の大半はきっと「社長がアート? ついに道楽へ走ったか」と思っていることでしょう(笑)。けれども、早期のタイミングで説明しても誤解されるだけ。だからこそ初期メンバーの選定が重要ですし、リーダーは裸の王様になることを恐れてはいけません。
――社長直轄で新規事業に取り組むと、「失敗できない病」にかかります。もっとも失敗・撤退の見極めは難しく、新しい取り組みに対する評価は難しいものですが、その辺りはいかがですか。
森田氏:「とりあえず前に進める=評価が高い」という数式が成り立つと思います。これまで起きたケースですが、社長を任命したところ「辞めます」といった若者が2人ほどいました。責任を負うことで辞めるタイプも少なからず存在し、誰もがリーダー・社長を目指すという時代ではありません。だからこそ(新規事業創出に)手を挙げるだけで褒めるべきでしょう。
リーダーが優秀である必要はなく、重要なのはモチベーションの高さです。僕の憶測ですが、裸の王様が右腕・左腕となる人材に方角を示せば、とりあえず走ってくれる人が本当にありがたい。新規事業は勢いを持つ人が担い、市場や数値分析は誰でも、つい最近ではAIでもできるので、機械に任せれば済む話です。
十河氏:現在、新規事業に取り組んでいるメンバーは森田さんが説明するタイプですね。もちろん彼らを信用しているからこそ、コミュニケーションコストが発生しません。新規事業は事前に議論を重ねても、客先を尋ねないと分からない部分があるため、アポイントメントから学ぶ部分は大きいですね。僕らはよいサービスを開発し、顧客に提案してフィードバックを反映させるPDCA的サイクルを回し続けます。
――今度は逆に、協業を辞めようと思った企業はありますか。
森田氏:弊社の利点は投資会社ながらも、エンジニアやマーケティングなど100人規模の人材をそろえている点でしょうか。先ほどお話しできませんでしたが、我々の特殊な投資基準として「スタートアップがダメになった時」、僕らが代替できるか否かがあります。もちろん投資先がダメになることは願っていませんし、そのままユニコーンになればベストですが、自分たちがハンズオンでターンアラウンドできるかという基準は、他のVC(ベンチャーキャピタル)ではあり得ないのではと思います。
過去には実際、とある教育系企業に3%ほど投資したら、3人いた代表が1年半で辞めることになりました。(ヒトメディアの)皆と相談した結果、弊社が出資比率を50%近くまで高めて取得し、黒字転換後に売却しています。このような表現が適切か分かりませんが、スケールできなくてダメになる可能性を持つスタートアップも結構好きです。アイデアが面白ければ、とりあえず走ってくれればいいし、ダメなら一緒にやればいいと思っています。
一般的な企業なら社長が抜けたら失敗ですが、(ヒトメディアと協業する企業には)社長が抜けたまま走っているスタートアップもあります。リーダーは完全無欠である必要はありません。突破力は大事ですが、中途半端に小ずるいよりも鈍感な方が応援しやすく、その意味では僕はVC失格かも(笑)。多分、僕というよりは、ヒトメディアの自体がエンジェル投資家なのです。
――パートナーの選定は重要です。後から「あの人とは組まなくてよかった」というケースはありましたか。
十河氏:従業員の採用でも失敗はあります。弊社は11カ国300人という規模で走っています。1カ国だけなら企業文化を社内に浸透できますが、11カ国となると企業文化の伝達が難しく、そもそも人の価値観が異なるケースも少なくありません。人材採用については各国のカントリーマネージャーがレポートを上げていますが、国によってはマネージャー次第という課題も残ります。先日まで会社大好き人間だったメンバーが、「十河さんが私のことを見てくれないから辞めます」というケースもありました。
――人は承認欲求の塊だと思います。それが満たされないと理由を人に押しつけかねません。だが、そこを受け入れないとコミュニケーションに食い違いが発生します。このバランス感について、どのようにお考えですか。
森田氏:インターネットがない時代は、小中学校は同じ人と同じ会話を続け、下手すれば高校生になっても同じ社会(コミュニティ)で暮らさなければなりませんでした。すると生物的な反応で波風をできるだけ立てずに、コミュニティ内のやり取りにおいては、承認されるために我慢しながら従順な対応をし続ける手法を選択するようになってしまいます。だが、現在はバーチャルとリアルの境目も不明確になり、多様なコミュニティに所属することで「いろいろな人」になることが可能になりました。表現を変えれば「個人のクラウド化」ですね。
承認欲求のポイントも多様な場面で満たせるようになったため、企業もすぐ辞めて、すぐ戻ろうとする軽い存在になりました。一昔前なら“いい加減”と断言されますが、現在は当たり前と捉えるべきです。上司側から見れば「この会社で成功することが明るい未来につながる」という前提だからこそ部下を叱れるし、褒めることが承認欲求を満たすと考えているでしょう。
しかし、時代が変化した今、上司は「自分の承認力は思った以上にない」と認識すべきでしょう。逆に自分が(部下を)否定しても、想像以上に響きません。この自覚を持って部下に接した方がいいと思います。コミュニティの流れを見ると精神が分散している人は少なくありません。一方ではオタクな発言をし、他方では真面目な発言を繰り返す方も。僕の中では複数人格を持つことは「是」であるため、この時代や生き方を受け入れるのが一番です。
十河氏:そうですね。働き方もそうですが、人も多角化して多様な側面を持つようになりました。ただ、海外ではそれが当たり前です。人の多角化を否定するようなマネージメントはうまく行きませんし、企業側も多様性を受け入れる必要があるでしょう。
森田氏:このような時代だからこそ、TalentMindのように各コミュニティでの発言内容を分析し、人と人との関連性を可視化するソリューションに需要を感じます。
――最後に新規事業創出に挑戦する方にメッセージをお願いします。
十河氏:新規事業のアイデアは自身の考えですから、それを信じることが大事です。その次はやってみるということ。人を巻き込まなくても自分1人でやれることは沢山あります。それができないのであれば新規事業創出は不可能でしょう。もちろん、その一歩を踏み出せる方は多くありません。テクニカルな市場分析やビジネスモデルの構築も重要ですが、一番大事なのはマインドです。森田氏:どんなビジネスもリアルに落とし込めますが、仮に「このビジネスモデルで3人集めなさい」という試練を突破できない方が、10万人規模の事業計画書を出しても信ぴょう性を疑わざるを得ません。多分「新規事業」という単語に酔ってしまう若者が多く、自身を優秀だと勘違いしているのでしょう。
新規事業は「街中でパンツ一丁になり、裸の王様になることを恐れずに突き進んでいくこと」が仕事だと思っています。アイデアがあれば、まずは動いてファーストユーザーを獲得し、その姿を見てくれている社内の仲間が必ず手助けしてくれます。それができずに空想だけを語るからうまくいかないのではないでしょうか。
十河氏:恥を捨てられるかは大事です。最初は泥臭く取り組まなければなりません。我々も起業当初は同じでした。そこからビジネスモデルを構築し、証明に至るのです。CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
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