2016年4月にシンガポールで前身のAdAsia Holdingsを創業し、2018年1月にAnyMind Groupを親会社とする組織改編を行った同社は、AI(人工知能)を活用した次世代型インフルエンサーマーケティングプラットフォーム「CastingAsia」や、採用プロセスの効率化を目的とした「TalentMind」など複数のSaaSソリューションで展開を広げつつある。そのAnyMind Groupのアドバイザーとして2018年1月に就任したのが、教育領域や異文化領域に特化した出資・起業支援に取り組むヒトメディアの森田正康氏。今回はAnyMind Group共同創業者兼CEO 十河宏輔氏と森田氏両者に新規事業に必要な要素をうかがった。聞き手は朝日インタラクティブの編集統括でCNET Japan編集長の別井貴志が務めた。
――ヒトメディアの成り立ちと、アドバイザー就任までの流れを教えて下さい。
森田氏:元々僕自身がヒトメディアの前に語学系出版社の上場に携わっていました。ネットを使った新規事業を手伝ってほしいというオファーを受け、インターネットと教育分野を融合させたEdTech事業の立ち上げとして、オンライン辞書の責任者や月間約1億PVのウェブ媒体の運用を指揮しています。当時は「オンライン辞書? 俺たち英語のプロが個人から集合知的に集めた辞書をネットで無料公開するのか?」とか、「ブログ? 個人のコンテンツが書籍よりも面白いのか?」と社内から多くのネガティブな意見を受けました。
新規事業というのは、最初は波風が立ちますが、認められると社内は大きく変化します。言葉は悪いですが手のひらを返したように。もちろん既存事業も大事ですが、新規事業創出にはエネルギーが必要です。小規模のエネルギーでいち早くテストケースを立ち上げられるかが重要で、のんびりと新規事業のアイデアをこねくり回しても意味はありません。中途半端でも構わないからまずは立ち上げることです。例えば当時の上司は、自らPL/SQLやASP(Active Server Pages)を学び、Oracle Databaseを独学で学び、自らコーディングをして、サービス開発を進めていました。プロになる必要はありませんが、新規事業創出には、未知を恐れずにトライする行動力が必要です。
僕は26歳で語学系出版社に参画しましたが、当時の語学系出版社は英語教育を主なビジネスとしていました。29歳の時に同社は無事にJASDAQに上場し、僕自身も教育分野以外の新規事業創出の面白さの追求と新しい刺激を求めて、2006年12月にヒトメディアを創業することになります。ちょうどその頃はネット全盛期のため、何でもネットでやれば(ビジネスが)変わるという気持ちを持っていました。
語学系出版社時代のつながりから教育系クライアントが多かったものの、僕らのスタンスは教育領域だけではない、『ひとの成長に、かかわる』新規事業創出コンサルティングを主な業務としていました。ただ、既存のコンサルと異なる部分は、ただ単にアドバイスや分析をするのではなく、一緒にリスクを背負って、ヒト・モノ・カネを提供していたことでしょうか。その流れから現在の投資やインキュベーション業務にもヒトメディアは事業領域を広げています。現在は約40社の超える出資先のスタートアップや合弁会社、大手クライアント関連企業への経営陣の提供など、数多くのスキームを通じて新規サービスを世に生み出しています。
僕はもう42歳ですから、これまでもたくさんの若い世代が未来を築き上げていく応援をしてきました。そんな矢先、投資家の先輩から十河さんを紹介してもらうことになり、彼の破壊力と突破力、“取りあえずやってみよう力”のすごさに惚れ込みました。「見ていても面白い。尻馬に乗ってみたらどうなるんだろう? 一緒に駆け抜けてみたい」と感じました。AnyMind Groupは今まで自分がやってきたような役割を十河さんが担ってくれるので、自分の過去の知見を全部、十河さんにぶつけてみたら面白いかも知れないと。また、十河さんは“一を聞いて十を知る”方で、そのまま走って帰ってきません。そこに惹かれました。
十河氏:ありがたいですね。期待に応えるように頑張ります。森田さんにアドバイザー就任をお願いした理由ですが、リクルーティングソフトウェアであるTalentMindが対象とするHR(ヒューマンリソース)は自身のビジネス経験で初挑戦の分野です。さまざまな知識を得て咀嚼(そしゃく)し、アウトプットする流れの中でアドバイスを頂ける方を探していたところ、知人から森田さんの話をうかがい、理想の人物だと思いました。
森田氏:僕がAIや人材育成の知見を持っていても、知見をPDCAサイクルで試してくれるドライバーがいないとHRビジネスは立ち上がりません。今は十河さんが旗を振る中で、僕の知見がすごいスピードで活用されます。この知見を提供する役と旗振り役が両輪なって機能することが、新規事業創出ではもっとも重要な役割となるでしょう。
また、アイデア提供側としても嬉しいのです。アイデアを提示してもそのまま放置され、報告もないと寂しいものですが、(十河氏との関係においては)どんどん進んで結果が返ってきました。まるで自身が現場にいる感じで、AnyMind Groupの面白さを感じています。
――ヒトメディアが起業支援する上での重要なポイントはありますか。
森田氏:もちろんケースバイケースですが、アイデアの生み方を重視します。僕はデザインシンキングや、デザインを起因としたiPhoneなどのプロダクト開発手法に代表される「データ重視ではない」「感性や感情を重視した」モノ作りのアプローチを信じてきました。僕がかかげる新規事業創出の基盤は、「人の感情のマクロな流れ」です。技術が進化しても感情がついて行かないものは、うまく行きません。人の感情が(サービスを)使いたいと思っている時、そのサービスが存在するタイミングが重要です。
例えばミネラルウォーターを販売しようとしても、「水道から飲める」と誰も手に取らない時代がありました。一方、自動販売機の前で「糖分もカフェインも摂取したくない。ただ、暑さを紛らわすために何かを飲みたい」という要望は以前からあったはずです。仮に僕が20年前からそのことに気づいていても実行しません。人の感情が沸騰するまで待つことが大事です。
さらに販売アイデアが何百とある場合は、沸騰したタイミングで販売に挑戦する企業を見つけ出し、一緒に取り組むのが主な流れとなります。僕がこれまで考えてきた知見と企業の目的が交わるケースは多く、同じ世界観は資金調達する上でも「使えるストーリー」なのです。
この例を挙げるとすれば、メルカリもスマートフォンファースト時代だからこそ、既存企業との競合を横目にうまく行くのであって、背景にはリユース(再利用)が感情的に必要だと気づいたからでしょう。時代と感情が追いつき、人が進化したからこそ、それまで意識の高い人が行っていたリユースに、誰もが取り組むシステムが可能になりました。
現在の企業は人材採用基準を「優秀」という軸で計らない傾向があります。企業文化に合致するなど、「以前から漠然としてあった価値観と照らし合わせたい。アナログでは見えてこない」といった感情が、人事や経営層で沸騰しているから、TalentMindの可能性を感じます。
僕の中には100~200年先に来るものが大まかに分かっていても、今取り組む意味はありません。もちろん、未来を引っ張る力や時間軸を湾曲させる力を持つ起業家なら別です。僕の役割は未来を予測して、共に起業家や新規事業担当者と一緒に旅をするインキュベーターです。ヒトメディアは未来を創造したい方々を支援します。
――「感情が動く」をマーケティング用語に置き換えるとインサイト(洞察)ですが、森田氏は「自身の知見で判断」とおっしゃいました。その知見はどのように蓄積するのでしょうか。
森田氏:予測する力です。例えば「なぜミネラルウォーターがヒットしたのか」の答えは「今までなかった感情の隙間を埋める商品」だからでしょう。このような議論を日々のトレーニングとして続けてきました。その際には過去にあったものや、ミネラルウォーターの登場で何を代替したのかなど、思考トレーニングを重ねることでアイデアは生み出しやすくなります。
僕はパートナーに対して、「知見=知識ではない」と伝えています。どちらかといえばインテリジェンスの方が近いでしょうか。日々考え続けられない方に、新規事業の創出はできません。逆にこの仕組みが分かれば、取りあえず走ってみる根拠が生まれます。普通の方が新規事業に取り組む場合は(サービスの)前後を話し合い、過去と未来をつなげて、少しだけ動かすための取り組みを始めてみるといいでしょう。
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