AI(人工知能)で我々の生活は劇変する。そう感じさせるのが、2014年にフランス・パリで設立されたスタートアップのShift Technologyである。同社は損害保険・生命保険などの保険金詐欺検出にAIを利用したソリューション「Force(フォース)」を中心にグローバルで展開してきた。2016年9月にはシンガポール、2017年1月には香港に進出し、2018年2月には日本で法人登録をしている。2017年11月には約2800万ドル(約30億円)の資金を調達し、現在の株主資本は約4000万ドル(約44億円)。
グローバルで50社以上の保険会社と契約し、東京都が2017年11月に開催したアクセラレータープログラム「フィンテックビジネスキャンプ東京」では、Shift Technologyが最終的に選ばれた8社のうちの1社となり、都内進出第1号となったことも記憶に新しい。2018年4月には、MS&ADインシュアランスグループの三井住友海上火災保険と、あいおいニッセイ同和損害保険との提携を発表し、両社はForceを用いた保険金業務高度化を図ることを表明した。
スタートアップが数年で高額な資金調達や、国内大手保険会社との提携を実現したのは、アクセラレータープログラムの受賞が大きいとShift Technology Japanは語る。「先のプログラムには各保険会社が助言者として名を連ね、ファイナリストになったことで一定の信頼を得た。もう1つは日本法人を設立し、国内でのビジネスを可能にしたことが信頼を勝ち取ったと考える」(Shift Technology COO APAC, Peter Haslebacher氏)。
では、Forceとはどのような仕組みだろうか。Shift Technology Japanの説明によれば、損害保険会社・生命保険会社から受け取った過去3~5年分の保険金請求データを分析し、学習モデルのマッピングを最初に行う。もちろん受け取ったデータは誤記や欠落のあるケースも少なくないため、クリーニング処理が必要だ。その上で保険金請求内容の不正判断理由を契約企業ごとに作成する“シナリオ”作成プロセスに移るが、ここまでの手順で4カ月を要する。その結果、不正な請求を発見すると、不正率を示すスコアとその理由を文章で提示するアラートを対応部署に送信する仕組みだ。「本格運用後はデータを日々受け取るため、そこに機械学習を活用して、さらなる正確性の向上を実現する」(Haslebacher氏)。保険会社側から見れば、Force導入における初期投資の回収がポイントとなるが、同社は「弊社の顧客は12カ月以内に初期投資を回収し、導入メリットをすぐに得られる」(Haslebacher氏)とアピールした。
例えば10件の保険金支払い案件があるとしよう。単独ではそれぞれ正常な保険金請求に見えるが、個々の情報をつなげていくとそれまで見えなかった図が見えてくるという。実際に起きたケースでは、被害を受けた運転手と整備工場の電話番号が同じで、調査したところ被害者と整備工場が家族関係にあったそうだ。身内や関係者に事故を起こさせ、整備工場は自身の収益増を謀ったという。これがわかったため、保険会社は無駄な保険金支払いを免れることができた。「異なる請求者なのに同じ携帯電話番号、同じ住所といったケースが重なると、そこに不正請求の可能性が出てくる」(Haslebacher氏)という。
だが、不正が同じ損害保険会社に対してであれば不正検知は可能であっても、詐欺を働こうとする輩が複数の保険会社を利用した場合は対応不可能だ。そこでShift Technologyは業界団体との契約を積極的に進めており、フランスやイギリス、シンガポール、香港といった市場では各業界団体と契約している。残念ながら日本での取り組みは始まっておらず、規制当局との交渉はこれからとなるが、犯罪抑止の観点からも関係各者の尽力を期待したい。
分析に利用するデータは損害保険会社・生命保険会社の保険金請求データ以外にも、ウェブのデータや過去に不正請求を行ったブラックリスト情報、企業情報など多岐にわたる。「弊社は合法的に入手可能なデータは広く扱う。先のケースで言えば整備工場が本当に存在するのか判断するために企業情報を用いる」(Haslebacher氏)そうだ。その1例として示したのがフランスで実際にあったケースだ。「BMWが中古市場で半年も売れずにウェブに掲載されていたが、そのデータがウェブから消えた2日後には火災発生による支払い請求が発生した。調査した結果、中古車販売業者は『売れなかったので燃やした』と説明」(Haslebacher氏)し、詐欺被害を免れることができたという。これまでベテランのスタッフが対応していた部分をForceに置き換えることで、更なる調査への注力やリソースを他の業務に振り分けるなど、保険会社にとっては社内資源の有効活用が可能になるだろう。
ForceはMicrosoft Azure上のSaaSとして稼働し、クラウドサービスとして顧客企業に提供される。数あるクラウドサービスプロバイダーの中からMicrosoftを選んだ理由についてShift Technologyは、「我々は業界最強レベルのセキュリティを必要としているが、Azureは条件を満たしている。また、グローバル展開を可能にしている点も大きい」(Haslebacher氏)と語る。保険業務では顧客データを国外に持ち出せないケースが多いものの、世界140カ国から利用できる52リージョン(2018年6月現在)が決め手だという。なお、インドネシアのようにリージョンがない国では、Microsoft Azure Stackを設置し、プライベートクラウドサービスを実現している。
最後に日本市場について尋ねたところ、「グローバルに見た不正な保険金請求の割合は5%から10%といわれているが、日本は1%以下のレベルと考えられている。だが、日本の保険市場は大きい。各保険会社もここ1年で意識が変わり、『正しく精査できていないのでは』と考えるようになったところもある。他方で各保険会社もデジタルトランスフォーメーションを推進しており、保険金支払いの短縮化・効率化が求められている。そのためには正しく検知することが不可欠だ。日本は世界第2位の保険市場だが、顧客反応や契約状況を鑑みると、弊社にとっては第1位になる可能性もある。もしかしたら(本社がある)フランスよりもだ」(Shift Technology Japan, Business Development Director, 木須靖昭氏)と述べた。CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
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