1891年の創業から120年以上にわたってハミガキ剤や洗剤などの生活用品を広く手掛けてきたライオンだが、同社は今、社内外にイノベーション(変革)を起こそうとしている。2016年にはアクセラレータープログラムを実施し、今年2018年1月には組織改編を発表して、研究開発本部内に「イノベーションラボ」を新設するなど変化の兆しをみせている。ライオンが目指す新規事業創生の方向性について、同社 研究開発本部 イノベーションラボ所長 宇野大介氏に話をうかがった。聞き手はCNET Japan編集長 別井貴志が務めた。
――イノベーションラボができた背景は?
世の中には多くの人びとが存在し、それぞれの生活があり、皆何らかの課題をお持ちでしょう。その課題を1つ1つ見つけ出し、われわれは何ができるかを出発点にプロジェクトチームを一昨年に発足しています。
弊社は長年にわたって消費者製品を扱ってきましたが、120年以上の月日は高度な専門化・効率化に至り、それ以外のことができなくなっていました。もちろんR&Dのメンバーからはユニークなアイデアが創出されますが、製品化などの出口が見つからない状態が続き、皆が危機感を感じていました。その頃(2016年)に発足へと至ったのが、イノベーションラボ(以下、ラボと略)の前身です。そして2018年1月の中長期経営計画に伴い、現在の形になりました。
われわれの目的は研究開発の手法を変えることです。これまでは社内にある技術と顧客の需要をマッチングさせて製品を生み出してきました。しかし、それだけではもう一段インパクトのある新しいモノやコトは生まれません。ここを変えようとしています。
昨年まで私は歯磨き剤などの生産技術を開発する生産技術研究センター(現:プロセス技術研究所)に属していました。入社後20年間、オーラルケア研究所で歯磨き剤の開発に携わってきましたが、そこで「クリニカ」のブランドに研究員としてたずさわった後、先の生産本部の生産技術センターと配属されました。R&Dは研究所内で異動することはあっても本社に異動するのは珍しく、研究員としては少し特殊な経歴となります。
一昨年(2016年)に本取り組みが始まった時から私は強い関心を持って、準備室に顔を出していました。その時、偶然にも本社の社長や役員が同席し、「(プロジェクトチームへの参加が)羨ましくてしょうがない」と話をしたところ、部所設立後に所長になることが決まりました。これが所長に任命された理由でしょうか(笑)。
参加を熱望した背景には私の「新しもの好き」があります。歯磨き剤の製品開発時も、従来とは異なるとがった顧客向けの商品を提案するなどしてきましたが、既存ブランドで販売してもビジネス化しないという閉塞感を感じていました。その反発もあってラボに魅力を感じていたのだと思います。
――大企業ほどチャレンジに対する壁は高いと思います。その時の覚悟はどれほどでしたか。
もちろん私1人の覚悟では何もできません。トップのコミットが必要です。新規事業の創生が確実にビジネス化するケースは皆無でしょう。昨年(2017年)頃から、その点を理解してもらえる土壌が社内でできつつあり、チャレンジする風土が各部署で感じられるようになりました。
その背景には冒頭お話しした危機感が大きく関わります。現在の社会変革を目の当たりにすると、変化のない継続事業が永続的に続くとは思えない、という危機感を皆感じていました。
イノベーションラボは皆製品開発や基礎研究に携わっていた研究開発本部所属の人間です。正直なところメンバー選定に関わっていません。しかし、「閉塞感や危機感といった思い」を抱えている人材が集まりました。
――アイデア創出には共通言語が必要ではないでしょうか。チームワークなどの取り組みで努力した点は?
前述のとおり、私が長年所属していたオーラルケア研究所は本社(墨田区本所)の隣にありました研究開発本部(江戸川区平井)に顔見知りのメンバーは多くありません。そこで自己紹介を交えながら、ラボの目的を次のように語りました。
「ラボでやることは既存の研究員と異なる。新製品やサービス開発ではなく、新規事業をつくるのが使命」と。既存事業には一切関わらないと宣言し、その上で多くのアイデアを提案し合い、興味を持ったメンバーが責任者としてメンバー集めなども行います。職制は関係ありません。グループ分けなどはせず皆がフラットな関係にあることを意識しました。あとは会話しやすい雰囲気作りでしょうか。
――そのアイデアを生み出す仕組みですが、普段から意識していることはどんなことでしょうか。
基本は(デザインに必要な考え方と手法を利用して、ビジネス上の問題を解決する)「デザインシンキング」を用います。すべては顧客が出発点。顧客の課題に共感した上で何ができるかという観点で考えますが、それでもアイデアが出てこない場合は外部のファシリテーター(促進者)の協力を得ながら取り組んできました。今では自分たちだけで回せる(アイデアを生み出せる)状態になっています。
また、アイデアを思いついたメンバーが全員にメールで発信し、その内容に共感なり興味を持ったメンバーで会話するのがアイデア創出の出発点です。当面はどれだけアイデアを用意できるかが勝負の分かれ道となりますので、可能な範囲で気軽にアイデアを発信できるようにしました。
(ラボ内にあるガジェット類について)まずは雰囲気作りです。これらを見てアイデアが思い浮かぶ訳ではありませんが、ふっと目にした瞬間に思いつくかも知れません。ラボの異空間演出として用いています。
――多数生まれるアイデアからビジネス化を目指す選定基準は?
明確なルールは決めていません。ラボ設立から始めたものは荒削りなアイデアばかりで、ブラッシュアップが必要です。ただ、そこに期限を設けるのは拙速でしょう。各メンバーが意見をぶつけ合って形にしたものは残ります。それ以外のアイデアは他に吸収されて消えることでしょう。だからこそ明確なルールは不用で、判断を要する部分だけ私が下します。
そのため、「宇野さんはダメって言わない」とよく言われますが、決してイエスマンではありません。メンバーが持ち寄るアイデアはどれも面白く、私が思いつかない方法で顧客の課題を解決しています。前述のとおり荒削りですが、その時点で「ダメ」はあり得ません。「まずは考えよう」と皆に言っていますが、その時点で(持ち寄るアイデアが)数十とあるので大変です(笑)。
ただ、アイデアをテーマとして進めていくのは、我々(ラボのメンバー)だけではなく、外部の視点も欠かせません。客観性を持ってビジネスにつながるか、といった話も同時に進めます。
――自由と言いつつもアイデアを出す上で一定の枠組みは必要ではないでしょうか。アイデア創出の領域は定めていますか。
我々は2030年に向けて次世代ヘルスケアのリーディングカンパニーを目指し、2020年までの中期経営計画として「LIVE計画(LION Value Evolution Plan)」を推進しています。その文脈から、1つはヘルスケアという枠組み。もう1つは既存事業と異なるという点が、強いて言えば「枠組み」でしょうか。それでもメンバーからは、「直接ヘルスケアではないがやりたい!」という提案が出てきます。そこはダメと言わず、次のアイデアにつながるまで見守ることにしています。
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