オーストラリアの東に位置するニュージーランドは、日本と同じく島国の先進国だ。約27万K㎡(日本は約38万K㎡)の面積に対して、国民の数は約480万人。そして、イギリスの植民地だったため公用語は英語である。つまり、“国民の数が少なく英語圏の先進国”という条件を満たした、数少ない国ともいえる。
そのため、企業が新製品や新サービスをグローバル展開する前の実証実験の場として同国が選ばれることも少なくないという。たとえば、グーグル共同創業者のラリー・ペイジ氏が支援するベンチャー企業のキティホークが、3月に空飛ぶタクシー「CORA」の試験飛行をニュージーランドで実施したことは記憶に新しい。
同国内でも高い技術力を持つ企業が生まれている。たとえば、最新のスマートフォン「iPhone X」に搭載されているワイヤレス充電機能は、アップルが2017年10月に買収を発表したPowerbyProxiが手がけている。また、着用して全身を撮影するだけで採寸を測れるボディースーツ「ZOZOSUIT」の初代モデルは、ソフトセンサ開発企業のStretchSenseがスタートトゥデイと共同開発したものだ。
筆者は3月にニュージーランドを訪れた際に、政府機関であるインキュベーション組織「クリエイティブHQ」の最高経営責任者・ステファン・コーン氏に、同国ならではのスタートアップの特徴や起業について聞く機会を得た。なお、コーン氏自身もオラクルやHPに勤めた後、15社もの企業を立ち上げ、そのうち5社を軌道に乗せた連続起業家でもある。
クリエイティブHQが支援する企業の中には、政府関連のテクノロジである“ガバテック”に取り組むスタートアップが多いことが特徴だという。たとえば、政府がこれまで紙で管理していた資料をデジタル化したり、外国人がIDをスマホカメラで読み取るだけで入国カードに記入せずに入国できるようにするプロジェクトなどが、スタートアップとの連携によって進んでいるそうだ。
ガバテック企業が多い理由は、クリエイティブHQがニュージーランドの首都ウェリントンに拠点を置いていることも関係しているそうだが、それ以上に大きな要因となっているのが資金調達だ。同国は先進国とはいえ市場規模は大きくないため、日本のように大規模な資金調達をすることは難しい。そのため、数年前にはスタートアップ各社がベンチャーキャピタルや投資家から資金を調達することが困難になり、政府に助けを求める事態に陥ったという。これをきっかけに、スタートアップが政府から支援を受けられるプログラムが生まれ、ガバテックに取り組む企業も増えたとコーン氏は話す。
ガバテック以外の領域では、AR・VR事業に取り組むスタートアップも多いという。同国は全世界で大ヒットした映画シリーズ「ロード・オブ・ザ・リング」などのロケ地として知られており、同作をはじめとする人気ハリウッド映画の製作会社「WETA」のスタジオもウェリントンにある。そうした背景もあり、映画やゲーム産業に力を入れるスタートアップが自然と増え、AR・VRなどの最新技術にも高い関心を持っているという。このほか、食物ベースのプロテイン、大豆の加工肉など、酪農大国ならではのスタートアップも生まれているという。
クリエイティブHQでは、約3カ月の期間でスタートアップの成長を促すアクセラレータープログラムを、これまでに10回ほど開催してきた。テーマごとにパートナー企業と組んで参加企業を募り、その中から支援先を選ぶものだ。毎回70〜160社近い応募があり、アイデアの新規性やマーケット規模、収益の見通しなどを基準に審査した上で、最終的に10社を選出するという。支援対象になった企業には2万ニュージーランドドル(1NZDあたり約76円)が与えられ、コーチやメンターなどによる支援も受けられる。
同プログラムでは、まず1カ月目にアイデアの実現可能性を検証し、2カ月目からプロトタイプを制作して実際にテストユーザーに使ってもらう。事業のピボット(方向転換)も認めているが、その場合も他のスタートアップと同様に3カ月以内にすべての工程を終了させる必要があるという。そして、3カ月目に成果を発表するデモデイが開催され、シンガポールやオーストラリア、中国など世界中から訪れた平均250人の投資家の前でプレゼンをする。デモデイの結果、優秀な企業は最大8000万円ほどの資金を得られる。コーン氏によれば、これまでに卒業生の56%が資金調達に成功しており、累計の調達額は約14億6000万円におよぶという。
筆者が3月に訪れた際には、34社のスタートアップがクリエイティブHQの施設で活動していた。アクセラレータープログラムのテーマが「金融」だったこともあり、そこでは多くのFinTechスタートアップが支援を受けており、中には日本向けにも展開するサービスも2つほどあった。
1つ目は、ブロックチェーン技術によって小売店の取引手数料の削減を目指す決済システム「Choice」。手数料の一部を、仮想通貨の「NEM」によってチャリティ団体に寄付することで、社会へ還元する仕組みを構築している。3月にはNEM財団から100万ニュージーランドドルを調達した。2つ目も仮想通貨をテーマにした「INVSTA」というサービス。ニュージーランドでは日本ほど仮想通貨への投資は加熱していないそうだが、安全に投資できるようにガイドするポートフォリオを提供しているという。
資金調達が容易ではない環境でありながら、同国ならではのアプローチでアイデアを形にしているニュージーランドのスタートアップ。今後も、クリエイティブHQのアクセラレータプログラムなどから、世界にインパクトを与えるプロダクトが生まれることを期待したい。
取材協力:ニュージーランド大使館 エデュケーション・ニュージーランド(ENZ)、ニュージーランド航空
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