10月1~3日に開催された朝日新聞主催のイベント「朝日地球環境会議2017」。3日目の10月3日には、「仮想現実(VR)と芸術・文化の出会い」と題したパネル討論が行われた。朝日新聞ソーシャルメディアエディターの勝田敏彦氏をモデレーター役に、演出家の宮本亜門氏、唐招提寺副執事長の石田太一氏、東京大学大学院情報理工学系研究科 教授の廣瀬通孝氏が、芸術・文化分野におけるVR技術の活用と今後の可能性について話し合った。
3人のパネリストは、VRの最新技術についてプレゼンテーションを実施。それぞれの分野で取り組まれているVRの最新動向を紹介した。
“バーチャルリアリティ元年”と言われているが、システム工学が専門で、バーチャルリアリティ研究の第一人者である、東京大学大学院情報理工学系研究科教授の廣瀬氏によると、その歴史は20数年前まで遡る。
「VRの名称そのものが社会に登場したのは1980年代。米国の西海岸の『VPL』がシステムを発表したのが最初。古くは1987年にNASAが開発した『VIEW』や、1982年の米空軍による『VCASS』といった宇宙航空技術まにまで遡ることができる」と廣瀬氏。
そして、その歴史的流れからすると、現在のVRは第2世代。その技術的な特徴としては、"Mixed Reality(複合現実感)"が挙げられ、その代表的な例は「Pokemon GO」だと話す。
「VRに加えて最近は"AR"という言葉が使われることが多い。日本語にすると"拡張現実"ということになる、ARはちょうどリアルとVRの中間で、実際に見えている映像に重ねて表示される技術だ。その場でいろいろ体験できることを求めるVRに対して、ARは現場に行って体験することが目的」と廣瀬氏は現状を解説した。
続いて登壇した、唐招提寺副執事長の石田氏は、6歳で得度を受け、1995年から唐招提寺に勤める。唐招提寺では、1998年に金堂を含む唐招提寺の伽藍建築が世界文化遺産になり、建物調査を実施。2000年から金堂修理事業を開始した。約12年の工事期間中、一変した景観をVRで再現して、唐招提寺の本来の姿がわかるようにしたという。また、重要文化財である所蔵絵巻物をデジタルスキャンするなど、最新技術の導入にも積極的だ。
その理由を石田氏は「鑑真は奈良時代の人だが、戒律だけでなく、彫刻技術など当時の最新技術を日本に多数もたらした。そんな鑑真の遺志を継ぐ唐招提寺では最新技術ともしっかりおつきあいしなければならないと考えている」と話す。
また、文化財保護的な観点からもデジタル技術の活用は有用だと考えているとのこと。石田氏は「日本の文化財は非常に脆い。例えば唐招提寺には漆の仏像など日本の文化財を所蔵しているが、それらは不燃性ではないので火災があれば消失してしまうおそれがある。そうしたことから守るためにもデジタル化は素晴らしい効果がある。また、絵巻物に描かれる鑑真の姿は2~3cmの小さなものが多いが、デジタル化することで等身大ぐらいまで拡大して見ることができるなどの利点がVRにはある。文化財は公開すればするほど劣化してしまうので、なかなか公開できないが、最新技術を活用することで人々の目にしてもらえる機会を増やしていきたいと考えている」と語る。
3人目のパネリストとして登壇した宮本氏は、言わずと知れた日本を代表する舞台演出家の1人。舞台演出に映像を多用するなどVRに高い関心を寄せる演出家としても知られる。
宮本氏はその理由を「演出家というのは物語や異次元の世界に観客を没入させるのが仕事。そういう意味でVRに非常に興味がある」と語る。しかし、その使い方は次第に変わってもきているとも話す。
「例えば、VRの映像の中では我々は目の前のものに対して、手を差し伸べることができず、なす術がない。没入する時に自分の場所を明確に意識させられる。ニューヨークでは没入型のシアターが増えていて、体感型の演出も増えてきているが、ARやVR、MRをどういう風に使えばいいのかをこれからも考えていきたい」と宮本氏。
一方、廣瀬氏はVRとARの特徴と違いについて次のように評した。「AR(拡張現実)は本当は足し算。その一方でVRは消すという引き算が得意。必要がない、見たくないものは見ずに済む」。
VRを積極的に活用している唐招提寺だが、その主な目的は現時点では“文化財を遺す”ことに限られている。しかし、石田氏は今後の可能性として次のように語った。
「光の速度で飛んでいくデジタルの世界に対して、人間の処理能力は昔からそれほど変わっていない。情報の波がどんどん押し寄せていく中で、悠久の時間や瞑想といった仏教的な世界を、お寺が所蔵している資産によってVRで再現し、世の中が地球規模でよくなっていくことを期待したい」。
また、VR技術によって人間の感性自体が変わっていくと説いた宮本氏。それによる芸術の新たな可能性にも期待しているとし、「VRの映像によって、人間が意識、注目していなかったところに感性が集中し、高められることに感動した。VRによって芸術の新しい可能性が開いていくと感じている。いろんな可能性を一緒に探っていきたい」と話した。
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